第13話
翌朝、案の定寝坊しかけたフィルは、手早く朝食を作って錬金工房へと向かう。
ひどい筋肉痛で機械仕掛けの人形のような動きで歩くフィルは、数軒隣にある錬金工房につくまでには汗だくになっていた。
ようやく着いた錬金工房の入口のドアを開けるとカランと鐘の音が鳴る。
職人街では珍しく、この錬金工房ではポーションなどの商品を店内で販売している。
ちなみに普段フィルが作成している鍛冶品は、習作としてビギナー、初級探索者向けの商品として安価で武具店に卸している。
「おはようございます」
「おはよう、フィルちゃん。あらあら大丈夫かい?」
フィルの挨拶に答えたのは、この錬金工房の主にして、御年五百歳を超えるエルフのお婆さんのマーサだ。
長寿を誇るエルフでも老いが目立ってきたマーサだが、まだまだ元気で背筋も通っており声にも張りがある。
マーサは、自分とは逆によぼよぼの老人のようなフィルの様子に目を丸くして駆け寄ってきた。
「あはは、昨日無理しちゃって…」
弱弱しい笑みを浮かべたフィルは、マーサに昨日の養成学校の訓練について語った。
「そうかい、大変だったんだねぇ。でもそんなんじゃ今日は動けないだろう? ヒール」
マーサがかざした両手から緑色の光が溢れ、フィルの体内に吸い込まれていく。
すると、あれほど痛かった筋肉痛が引いていき、フィルは普通に動けるようになっていることに驚いた。
回復魔法のヒールだ。自然治癒力を強化するヒールは、筋肉の成長を阻害しないので訓練の成果が無駄になるということはない。
魔法の才能に恵まれたエルフの中でも長い年月を生きているマーサは、精霊魔法はもちろんのこと様々な魔法を習得しており、回復魔法も容易く扱える腕を持つ。
「あれ、もう痛くないや。ありがとうございます」
「いいんだよ。今日の仕事にも支障が出ちゃうからねぇ」
筋肉痛を治してくれたマーサにフィルがお礼を言うと、マーサは春の陽だまりのような笑顔で手を振った。
フィルの父が亡くなった後、金銭的援助を受けようとしないフィルに給金を出すから錬金術を学んで手伝いをしてくれないかと声をかけたのがマーサだ。
"レシピ"による新技術の噂を聞いてヨシュアに居を移した祖父の代からお世話になっているマーサは、フィルにとってはもう一人の祖母のような存在で、マーサも孫のようにフィルを可愛がっている。
フィルが初めて探索者になると言い出した時には難色を示していたマーサも錬金術を続けることを条件に、今では応援してくれている。
仕事に支障がと言っていたが、今日の訓練もできるように治してくれたのだろうとフィルはマーサに感謝した。
「それじゃあ今日は魔力回復ポーションを作るから、そこの薬草の束を合成してくれるかい?」
魔力回復ポーションに限らず、ポーション類は回復効果のある薬草数種類を錬金術の合成で固形物にしたものを魔力水と呼ばれる魔力を込めた水で溶かすことで作られる。
ポーションの質は、魔力水の質で変わるのでこれはマーサの担当だ。
数百年に及ぶ熟練の技で作られるマーサの魔力水はヨシュア随一だ。従って、ポーションの質も最高であり、この錬金工房に通う探索者の数は多い。
ちなみにフィルは未だに魔力水を作ることすらできない。
「わかりました。合成」
フィルは世間話をしながら、一晩寝たことで全快した魔力を使って合成をしている。マーサはそれをにこにこしながら聞いていた。
そこには本当の祖母と孫が触れ合っているような暖かな空間が広がっていた。
「終わりました」
「はい、お疲れ様」
マーサの用意していた分の薬草の合成が終わり、フィルは背を伸ばしながら報告した。
「じゃあ今日は終わりだね。学校頑張っておいで」
「はい、いってきます」
「いってらっしゃい。明日も頼むね」
「はーい」
フィルは元気に店を出て、レオの待つ自宅へと走っていった。
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