第10話
昼食を終え、グラウンドに集合した二組の少年少女達は、午後の担当教官から訓練内容の説明を聞いていた。
どうやら午後は一組と合同でやるらしく、残りの前半組の三、四組は合同で屋内訓練所で訓練をするようだ。
「準備運動が終わったら早速走ってもらうぞ。グラウンド二十周だ」
担当教官のテリーは爽やかな風貌の中年男性だった。
しかし、言っていることは穏やかじゃない。一周八百メートルはあろうかというグラウンドを二十周させるというのだ。
「一時間を目標に頑張ってくれ。よーい、スタート」
学生らの抗議をまるっと無視してテリーはスタートを告げる。
勢いよく飛び出したのはレオを筆頭とした獣人とヨークやベネットだ。
彼らはぐんぐんと加速して後続を引き離していく。
そんな中最後尾を独走しているのは案の定フィルであった。
(いや、二十周とか無理…)
午前中は早朝から錬金術工房での手伝いに、午後は自宅で鍛冶仕事をしていたフィルにランニングをするような時間は週に一度の休みの日ぐらいしかなかった。
ちなみにフィルは、養成学校に通っている間も錬金術工房の手伝いと鍛冶仕事は続けるつもりでいる。
「おう、頑張れよ」
早くもバテバテのフィルに僅か数周で追い抜いて行ったのは先頭をひた走るレオだった。
彼が汗もかかずに軽快なピッチで足を運び走り抜けていくと、後続の獣人達に混ざって、ヨークとベネットもフィルを追い抜いていく。
「ふん、軟弱な」
一体何を勘違いしているのかと、ベネットは先程追い抜いた少年のついて考えていた。
あの程度の体力で探索者になれると思われているなど、幼少期より鍛錬を行ってきたベネットには許し難いことであったのだ。
フィルの事情を知っていればそのような考えも変わっていたかもしれない。
自分は孤児院育ちとはいえ、何不自由なく鍛錬をできたのに対し、フィルは幼い頃から鍛冶の手伝いをしていたし、一年前に父が病で亡くなってからは生きるために仕事をしてきていたのだから。
当然、探索者になるという選択をしたのはフィルであり、事前の準備ができていないということはフィルの過失に他ならない。
探索者にならず、鍛冶職人として生きていくならなんら問題にはならなかったことだ。
だから舐めてると思われるのも仕方がないことで、自身の生い立ちなどということは言い訳にはならないのも事実だ。
ともかく、ベネットがフィルのそういった事情を知るのはまだ先の話で、現時点での印象は最悪といってよかった。
(わかっていたけどしんどいなあ…)
フィルは先程、自分を追い抜いて行った自己紹介時に憧れの感情を抱いた少女に投げかけられた言葉を思い返していた。
体力がない、身体能力が低い、努力が足りない。
それらはフィルが自覚していることであり、周りから言われることも覚悟していたことだ。
それでも気になる異性から辛辣な言葉を投げかけられるのは心に来るものがあった。
(それでも、僕は…)
例え馬鹿にされても探索者になるため、それらを埋めるためにここに来ているのだから頑張るしかないなとフィルは歯を食いしばって走る。
「ほら、あんたも頑張りなさいよ」
自分も相当バテ気味のエリスがフィルに声をかけて追い抜いて行く。
普段、運動をしていなさそうな見た目のエリスにも周回遅れにされたことにフィルは悔しさを感じたが、同時に励ます言葉をかけられたのが嬉しかった。
「ありがとう、頑張るよ」
とはいうものの、結局レオ達には何度も周回遅れにされ、十二周目にフィルはぶっ倒れることになる。
「よーし、そこまでだ」
テリーは、砂時計で一時間がたったことを確認し、ランニングの終了を告げる。
レオは、いまだに倒れたままのフィルを回収に行く。
「おい、大丈夫か?」
「な、なんとか」
レオはフィルを小脇に抱え、テリー達の待つ場所へと運んでいく。
「まだいけるか?」
「きついけどやるしかないよね…」
まだやる気がありそうなフィルを地面に降ろすレオの顔はどことなく嬉しそうだ。
訓練開始前には心が折れないか心配していたものの、食らいついていく気概が見えたからだ。
「よし、それじゃ腕立て百回、腹筋百回、背筋百回を五セットだ」
テリーは全員が揃ったことで、次のメニューを開始した。
フィルは腕立てでは善戦したものの、やはり途中で脱落した。
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