10話「今度はメイドの襲来!」

 シルヴィアが決闘を一樹に言い渡して教室から出て行った後、望六達は再び頭を抱えていた。

 望六は主に親友が海外美女に手を出していた受け入れがたい事実と寮部屋のカードキーについてだ。


 そして一樹に至っては机に何度も顔を擦りつけて声にならない苦悶とした音を出している状態。

 恐らくシルヴィアが言っていたプロポーズやホームステイ中の出来事について考えているのだろう。


 こればかりは一樹の招いた自業自得と言う奴で一切同情の余地はないのだが……何故だろうか。

 望六には心の底から嫉妬と言うか妬みと言うか禍々しい負の感情が湧いてきてしょうがないのだ。


「本当に幾ら何でも一樹はモテすぎだろ。それはもうアニメやラノベの様な主人公補正のような感じで」


 一樹の覇気の無い背中を見て望六は呟くと自分だってそろそろモテ期と言うのが来ても良いのではないだろうかと思わずには要られなかった。


 彼にだって人並み以上にモテたいと言う願望はあるのだ。

 だけど初っ端からクラスの女子達から誹謗の眼差しを受けていたら、モテる所か話し掛けられる事もないだろう。望六の学園生活は初日してハードモード開幕なのだ。


「ああ、マジで本当に辛いぜ……」


 彼は色々な事に思いを巡らせて深い溜息を吐くと、周りでは女子達が二人を見ながらヒソヒソと何やら小言を言ってるようだった。

 

 そして望六は取り敢えず教室から出ようと一樹の肩を掴んで引っ張ろうとしたのだが、一樹は机にしがみついて一体化していて微動だにしない。

 余程プロポーズの件が彼の中で響いているのかも知れない。


 ……それから一樹を机から引き剥がすのを諦めて数分が経過すると再び教室の入口から声が聞こえてきた。


「失礼します! この教室にお嬢様を泣かしたが居ると思うのですが、何方かご存知ありませんか?」


 その声からは独特の日本語のイントネーションが伝わってくる。恐らく日本人ではないだろう。

 しかしいきなり現れて豚野郎を探しているとは何事だろうか。

 神聖な学舎でSMプレイをしているカップルでも居るのだろうか。


 望六はその聞きなれない言葉に興味を惹かれると、つい顔を声のした方へと向けた。

 すると教室の入口に立っていたのは浅緑色の短い髪に赤銅色の瞳を持っている白人系の女子であった。


 しかもその女子の佇まいはまるで一流のホテルマンのように綺麗に背筋が整っていて、その場に立っているだけで気品を感じるほどだ。

 望六はそんな彼女に暫く視線を奪われていると、


「あーそれならあそこに居るが泣かしてましたよー」

「「「そうそう」」」


 一人の女子がそう言うと、その周りに居た女子達までもが頷いて同じ反応していた。


「えっちょ!? 俺は関係ないだろ! 変な言い掛かりだ!!」


 望六は咄嗟に否定したが、ふと脳内に先程の情景が浮かんできた。

 あれは確か一樹をフォローしてやろうとシルヴィアに「こいつが凄い鈍感なのが悪いんだけど」っと声を掛けた時だった。


 その時、確かにシルヴィアは青筋を額に立てながら目には少量の涙を溜めていたような気がしないでもない。つまり実質泣かしたのは自分と言う事になるではと。

 望六はその事実に気がついてしまうと、その場で狼狽えてしまった。

 

 そしてクラスの女子達の言葉を聞いて浅緑色の髪をした女子は真っ直ぐ望六だけを見て歩いてきた。それはまるでシルヴィアが先程一樹に向かってきたように。

 

 だけど一つ違う点があるとするなら、その女子は望六を睨みながら近づいて来ていて明確な怒りを顕にしていると言う事だ。


 さらにその女子を見ながら彼は一体この学園に足を踏み入れてから何が起こっているのか、自分は何か悪いことでもしのかと誰かに聴きたくなるほどの衝動に駆られていた。


「貴方がお嬢様を泣かした豚野郎ですか?」


 望六の目の前で女子が立ち止まると、家畜を見るような視線と共にその声色は凄く冷たいものであった。


「ぶ、豚野郎って……。って違ーう!! 俺は泣かしていない……筈だ!」

「それは本当ですか? この教室に居る人達は皆して貴方を指名していましたけど?」

「ぐっ……。だ、だったらそこで項垂れている一樹に聞いてみるがいい! そしたら真実が分かる筈だ!」


 勢いをつけたまま望六は相変わらず机と一体化している一樹に指を向ける。

 女子達に責めれらながらも何とか”冤罪”であることを証明できる手段を見出したのだ。

 

 それは事の発端でもある一樹が自らの口で望六は関係ないと言えばいいだけの事だと。

 ……だが、彼の放った一樹という言葉に女子はピクッっと体を反応させていた。


「今、一樹とおっしゃいましたね? その方はもしかして、そこの机に顔を擦りつけている方ですか?」

「あ、ああ。そうだけど……」


 どうやら女子の興味は急に望六から一樹の方へと移ったみたいだった。

 そしてその女子は一樹の席の前へと近づくと、


「お手数ですが一樹さんこちらを見てください。そして思い出して下さい、あの夜でのお嬢様との出来事を!!」

「あ、貴女は確か……シルヴィアさんの所のメイドの……な、名前は……」


 一樹は女子の問いかけに顔を上げると、その口調からは面識があるように伺えた。


「そうです! お嬢様に仕えているメイドの【メリッサMellisaハウエルHowell】です!」


 これは思いがけない所で女子の名前が判明したようだ。

 という事は一樹はホームステイ中に、メリッサとも出会っていると言う事で間違いないだろう。

 そもそもシルヴィアに使えているメイドだから当然と言えば当然だ。


「ああ、そうだ! メリッサさんだ! 何で直ぐに浮かんでこなかったんだろう……」

「それよりも!! 何でお嬢様との大事な出来事を忘れてしまったんですか! お嬢様が今日と言う日をどれだけ楽しみにしていたか……一樹さんには分かりますか!!」


 メリッサは両手を机に乗せると身を乗り出して一樹を問い詰めている様子であった。

 しかし、今の一樹にはその大事な部分の記憶が抜け落ちている状態だ。


「ご、ごめんなさい。本当に俺も分からないんだ……」

「そうですか……。ならメイドとしてもう何も言うことはないです。それにお嬢様は最終手段の決闘を行使して、一樹さんを手に入れるようですしね」


 メリッサは一樹にそれだけ言うと再び望六の方へと顔が向いた。

 その表情を見るにまた豚野郎呼びでもされるのかと身構えるが、それは考え方次第ではご褒美にもなりうるのではと望六は不思議と楽観的な気持ちになっていた。


「まあ、私が本来ここに来た目的は一樹さんの記憶を確かめに来たわけじゃなくて、そこに居るお嬢様を泣かした白髪のを挑みに来ただけですしね」

「……えっ。け、決闘だと!?」


 望六はメリッサから言われた言葉についオウム返しをしてしまう。

 その瞬間に彼の脳内は一樹に全ての非があって自分は関係ない……と思いたいと言う思考のみであった。


 だけど望六自身もまたそれを完全に否定出来る訳ではなかった。

 何故かシルヴィアを泣かした犯人は彼と言う事になっているからだ。


「そうです。お嬢様を泣かした罪は重いんですよ? 本当なら極刑に値するぐらいなんですが……私も魔術士候補生です。ならば魔術の対決で貴方を方が魔術士としての技量も磨かれるし、何よりも私がこの手で直々に刑を下させるので最高なのです」


 極刑、それはつまり死刑を意味しているのだろうか。

 それに甚振ると言う単語は普通の女子高校生からは絶対に聞けない言葉であろう。

 流石は第一WM学園だけの事はある、個性派過ぎて既に普通の学校がどれほど穏やで平和だったことだろうと実感出来るほどだ。


「も、もし……それを拒否したら?」

「そもそも拒否権なんてないんですが……そうですね。学園中にある事ない事を言いふらしまくりましょうかね? 例えば性的に襲われたーとか口では言えないよな事をされました……とか?」


 メリッサは不敵な笑みを浮かべながら言うと、その手口はここが女性だらけのWM学園だからこそ効果のあるやり方で尚も質が悪かった。


 もしここで本当にそんな事を言いふらされたら、まず停学か退学は免れないだろう。

 仮にそれが回避できたとしても学園内からの視線は相当厳しいものになる筈だ。


 それらを踏まえても望六は認めなくなかったが、この華やかしい学園生活は初日にから破綻が決定したと自覚せざる得なかった。だがそれでも今この状況を乗り切るにはメリッサから突きつけられた決闘を承諾する他ないだろう。


 彼は生唾を飲み込んでから……、


「わ、分かったよ……。その決闘受けるよ」

「当然ですね。では日程はまたお嬢様と話し合ってからお伝えします」


 取り敢えずその場凌ぎで決闘を承諾するとメリッサはその言葉を最後に軽い足取りで教室から出て行った。だが望六の心中はもはや穏やかとは程遠く、この先の事を考えだけで堪らなく憂鬱で仕方なかった。


 殆ど一樹のとばっちりのせいだがシルヴィアを泣かしたと言う部分だけ言われると、事実そうかも知れないと事象が彼をさらに追い込んでいるのだ。


「ああ、まったく……。何でこんな事に……」


 そのまま望六は全身の力が抜けるように項垂れて全てに絶望していると前からそっと肩に手が乗る感触を感じた。

 彼は反射的に顔を上げて確認すると一樹が軽い笑みを見せながらこう言ってきたのだ。


「一緒に頑張ろうぜ! あと……何かすまないな本当に」

「……お前は俺が思っていた以上に嫌な奴だよ」


 初めて一樹に対して本気に怒りそうになったが、ここで怒ってもまたクラスの女子達に何か言われるといけないので望六はぐっと堪える事にした。

 すると教室に木本先生が颯爽と入って来て、辺りを見渡してから望六達の方に近寄ってきた。


「おっと、まだ居たか。すまんな二人とも、これを渡すのをすっかり忘れていたぞ」


 そう言って望六と一樹に差し出してきたのは番号の書かれたカードキーであった。

 先程まで決闘やら豚野郎とかで望六は忘れかけていたが、自分達は寮のカードキーを貰っていなかったのだ。


 職員室に行って聞くべきかと悩んでいる矢先に色々と起こってしまったからだ。

 しかし、これでようやく自分達の寮部屋に行けると言った所だろう。


「あ、それと二人は男子寮じゃなくてになるからよろしくな~」

「「えっ!?」」


 木本先生から突拍子もなく告げられた言葉に二人は無論驚いたが、それよりも望六は周りの女子数人から何とも形容し難い視線を向けられているのをいたのだった。

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