11話「女子寮とモアイ像」

「なんだ? 事前に七瀬先輩から聞いていなかったのか?」

「「き、聞いてないです……」」


 木本先生は不思議そうな顔を見せながら二人に寮のカードキーを渡してきたが、望六はそんな事はなに一つ七瀬から聞いていない。

 しかも寮のカードキーの情報すら教えて貰っていないと言うのにだ。


 だが教えてくれなかった理由として彼には心当たりがあるのだ。

 それは度重なる寝不足の影響でそこまで頭が回らなかったと言うこと。

 ……しかし何にせよ、七瀬には教員としてしっかりとして欲しい所だと望六は思う。


「それじゃぁ私は渡す物もしっかりと渡した事だし職員室に戻るが、お前達も早く自分達の寮部屋に行けよ?」

「「はい……」」


 木本先生はツインテールの髪を揺らしながら教室から出て行くと、望六は背後からヒシヒシッと感じる女子達からの視線に恐怖を抱いていた。


「さ、さてっと……俺達も早速、寮の部屋に向かうとするか! なあ一樹!」

「おお、おーう! そうだな望六!」


 二人は顔を合わせると互いに額からは変な汗が浮き出ていた。

 そして望六は無駄な行動を一切取らないようにして机の横に掛けてあるバッグに手を伸ばすと、これ以上とない速さで一樹の腕を引っ張って教室から飛び出した。


「ちょっ望六!?」

「何も言うな! このまま俺達は女子寮を目指すぞ!!」


 一樹の腕を掴みながら廊下を全力で走っていると、途中で眼鏡を掛けた女子に何やらニマニマとした表情で見られていた気がするがきっとそれは望六の勘違いだろう。

 

 ――そして一学年の校舎から外に出て暫く道沿いを歩いていると、二人の目の前には女子寮と書かれた看板が姿を現した。


「意外と寮は校舎と離れた位置にあるんだな」

「これは慣れるまでは迷子になりそうだ……」


 望六が看板を見て呟くと一樹は迷子の心配をしていた。

 だが迷わない為にも、このあとは月奈と共に学園見学を行う予定なのだ。


「……とは言え、この学園には庭師は相当に腕が良さそうだな」


 ふと望六が視線を周りに向けると道沿いの花壇には小さい木や花が綺麗に植えられ装飾が施されていて、色とりどりの植物を見ているとまるで柳葉家の庭に居るような感覚がして心が和む感じがしたのだ。


「それに、こんな綺麗な花達を美優が見たらきっと喜ぶだろな」


 一輪の花ハシバミを見ながら不意に口から言葉を零すと、望六はそのまま視線を再び寮の方へと向けた。


「さて、いよいよへと行くとするか!!」

「あ、ああ……。そうだな」


望六が気合を維持する為に自分が好きな言葉を並べて言うと、一樹は何処か緊張している様子だったが二人はその足でいよいよWM学園の禁断の地……そう女子寮へと足を踏み入れた。

 そして寮の建物は外見も綺麗であったが、中もそこそこ綺麗で清楚感はあるようだ。

 

 ……だが、ここで何度目かの問題が発生している。

 こうも寮の中を男がまじまじと見たりしながら歩いていると、嫌でも周りから女子達の視線が突き刺さってくると言うと事だ。


 しかも女子達は事前に知らされていたのか特に悲鳴とかを上げる様子もなく、ただ二人を好奇心で見ているみたいで何とも言えないのだ。


 というより一層声を掛けて来てくれた方が望六的には楽に思えてくるほどだった。

 そうすれば自然の流れで事情を説明出来る上に怪しまれる事はなく、自身の精神的負担が減ると思われるからだ。


「はぁ……何で俺達だけ女子寮なんだ……」


 望六の横を歩く一樹は憂鬱な雰囲気を漂わせながら息混じりの声を出している。

 確かにこれは一樹には少々辛いかも知れない。

 唯でさえ彼は女性の薄着姿とか水着が苦手だからだ。


 だけど一方で望六からしたらこの状況は別にそこまで嫌ではない。

 寧ろ感謝感激とも言えるだろう。


 そう、何故ならこれから三年間ここで過ごすなら必ず一回は”ラッキースケベ”というイベントが発生するのではないかと考えているからだ。

 なんせ学園の女子達の殆どがここで暮らしている訳で、可能性としてはかなり高い筈だ。


 彼はそんな淡い期待に心踊らせていると寮のカードキーに書かれている番号の部屋の前に到着した。基本的にこのWM学園の寮では一部屋を二人で使う相部屋仕様となっているらしい。

 という事は必然的に望六の部屋の相方は一樹という事になる。

 

 本当に何処へ行っても常に一樹と一緒とは……最早ある意味呪いの類なのではないかと望六は疑いたくるほどで、そんな事を思いつつ制服のポケットからカードキーを取り出すと、そのままドアノブ近くの機械にカードを翳した。


 すると機械はカードを読み込んだのかドアノブ辺りから鈍い音が聞こえてきた。

 恐らくドアのロックが解除されたのだろう。


「んじゃ、これから一年お世話になる部屋とご対面だな」

「茶化してないで早く入ろうぜ……。この視線に俺はもう耐えられないぞ……」


 望六がドアノブに手を掛けて一樹の顔を見ながら言うと、彼は額から冷や汗らしきものを滲ませていて確かに限界点を突破していそうだった。


 イケメンの一樹は自分と違って好奇な視線だけを向けられていた訳ではなく、むしろ好奇な視線を浴びていたのを望六は知っているのだ。

 

 何故なら寮の廊下を歩いている時に女子達の様子を伺おうと顔を覗き見たら、皆一様に一樹へと顔を向けて固まっていて「あの男子……すごく良いっ!」「まさかWM学園に来て中々の男に出会えるとはね!」等の声が少なからず彼の耳に入ってきたのだ。


 だが当然の事だが望六に対しての黄色い声は一度も聞こえる事は無かった。

 

「それもそうだな。じゃさっそく入ろうぜ!」


 彼はそんな事を頭の片隅に追いやると部屋のドアを開けて漸く自分達の寮部屋に入る事が出来た。


 本当にここまでの道のりは深く険しい物であり、主に海外美少女と遭遇してからが特にだ。

 改めて望六は思案すると風評被害と言うよりも勘違いも良いところだと言いようのない感情が腹の底から湧き起ってきたが――


「おおー、凄いな! これが本当に寮の部屋かよ!」


 部屋に入るなり望六は部屋全体を見渡すと直ぐに物色を開始した。部屋の内装が彼の想像していたよりも遥かに良い物であった事から先程までの小さい考えは何処かへ吹き飛んだのだ。


 こういう所の学園寮は大抵の場合使い古されていて傷だらけや劣化していたりするのかと望六は勝手に想像していたが……どうだろう、この部屋からはそんな感じが一切伝わってこないのだ。


 壁には綺麗に白い壁紙が貼られていて床は落ち着き感のあるフローリング仕様だ。

 しかも見るからにふかふかそうなベッドが部屋の両脇に置いてあり、その奥には自習用らしき机にパソコンが設置されているのだ。


 まさかパソコンまで無償で貸出してくれるとは……流石はWM学園と言った所だろう。

 太っ腹過ぎて望六は感服すると同時に、これがあれば休日や暇な時にはアニメとゲームができると勝利の確信をした。

 

「お、しっかりと荷物は部屋に届いてたみたいだな」


 部屋に入った事で一樹は精神的に回復したのか、早速キャリーバッグを広げながら荷物の確認をしているようだ。実は事前にこうやって学園に荷物を送っておくと勝手に部屋に置いていってくれる仕様らしいのだ。


 本当になんとも親切精神の高い学園である。

 おかげで望六達は重い荷物を抱えて入学式に出なくて済むのだから。

 

「さてさて、俺も一応は確認しとくかな」


 望六もその場でバッグを広げると荷物が全部入っているか確認を始めた。

 といっても彼が事前に送っておいた殆どが着替えと小物の生活用品ぐらいで、残念ながらアニメやラノベは持ってくる事は叶わずだ。

 

 だがしかし望六はまだ希望を捨ててはいない。

 その理由としては外出した際に街で調達すれば良いと言う至極簡単に話だからだ。

 ちゃんと学園近くの街にアニメショップがある事もリサーチ済みで抜かりはない。


「よし望六。手早く模様替えだけしたら月奈と昼飯食いに行こうぜ!」

「……はぁ?」


 一樹から唐突にも放たれた”模様替え”という言葉に望六は正気を疑わずには要られなかった。

 なぜ今このタイミングでそれをしようと思ったのか、もしかしてそれは一樹の家庭的な性格が影響しているとでも言うのだろうかと。


 だがここで望六が何か文句を言った所で一樹は一人でも模様替えを実行する気だろう。

 一度決めた事を何としてでもやり遂げようとするタイプ。それが一樹と言う男だ。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 そのあと二人は素早く模様替えを行った。具体的に何をと聞かれると主に家具の配置や持ってきた荷物を移したりとかだ。

 しかし一樹の行動が的確過ぎて尚且つ無駄がなく、望六はただ傍観しているだけだであった。


「ところで望六、こいつを見てくれ。こいつをどう思う?」

「すごく……硬そうな……モアイ像だなそれ」


 二人は玄関近くの棚の上に置いてある物を見ながら話し合っている。

 何故かその棚の上にはらしき置物があるのだ。

 だが当然モアイ像の置物何てこんなナチュラルな部屋には似つかわしくない事から撤去しようとしたのだが、


「うぉぉーー!! ……う、動かないぞこの置物!」


 一樹がモアイ像を両手で掴んで引っ張っているがびくともしない様子なのだ。

 

 望六はその意味深な置物をじっと見ては普通に恐怖を感じていた。

 一体何の目的で置かれているのか何故びくとも動かないのか……これは下手した呪い系の物だったりするのではないだろうかと。


「ちょ、ちょっと望六も手伝ってくれないか!」

「絶対やだ」

「なんでだよ!?」

 

 誰が好き好んでそんな得体の知れないモアイ像を触らないといけないのだ。

 絶対に呪われている。そもそも動かない時点でおかしいと望六は心の中で断言している。


「てかこんな所で時間を使っていたら、月奈と学園を見て回る時間なくなるぞ」

「ああっ!! そうだった! ……すっかりモアイに気を取られていた」


 一樹は望六に言われると約束事を思い出したようで、もしかしたら最悪の場合ずっとこのモアイと戦う羽目になっていたのかも知れないと望六は別の意味でさらに恐怖した。

 そして二人は財布とスマホだけポケットに仕舞うと急いで部屋から出ようとしたのだが――――

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