8話「1組の自己紹介――クラス女子達――」
望六達一組の全員が入学式の会場を後にするとそのまま自分達の教室へと向かった。
わりかし体育館から一年学の校舎までは、そう遠くはないみたいだ。
……それでも、普通に歩けば十分程は掛かるかも知れないが。
それから一組の全員が教室に入ると、副担任の木本先生から放たれた開口一番の台詞がこれだった。
「席は自由だ。手早く好きな所に座れ」
何とも個性派主義学園らしい。席すらも自由とは……もうそこまでいくと個性豊かどうこうの問題ではなくただ単に面倒だからなのではと望六は少なからず思えてしまった。
だが自由なら自由でそれに越したことはないだろう。
望六がそれなりに危惧している事の一つに席順と言うのがあったからだ。
それは最悪な結果両脇だけではなく、前後、更には斜めにも女子達に方位される可能性があるからだ。いくら彼が歴戦の変態だとしても奇怪な眼差しを送ってくる女子達に四方を囲まれたら普通に怖いのだ。ゆえに自由席は本当にありがたい提案なのだ。
「よっしゃ、俺は窓際の更に後ろの方の席を選ばせて貰うぞ!」
席の狙いを定めた望六は背負っていたバッグを逸早く机の横に置くと、他の誰かに先手を取られないように唾を付けたのだ。それから彼はゆっくりと陣取った席に腰を下ろす。
そう、望六が狙ったのは窓際の一番後ろの席。これなら下手に注目を浴びる事はないだろう。
そして何故か前の席には一樹が何食わぬ顔で座ったのが謎であった。しかも隣には月奈が若干、そわそわした感じで座っている。どうやら望六の前の席は幼馴染ーズらしい。
「てか何だ、この一樹へと集まる好奇な視線の数々は……。俺に向けられる視線とはえらい違いだ……」
望六は後ろの席だからこそ分かるのだが、既に周りの女子達の視線の色味が恋のような春色を帯びているような気がしたのだ。それは勿論だが月奈も含まれている。
まだ入学式を終えて初日だと言うのに、やはりイケメンと言うのが大きな要因なのだろうか。
「よし、全員席に着いたな? では今から軽い自己紹介を順番にしていくぞ。ちなみに担任の七瀬先輩は職員室でやることがあるらしいから、今日は会えないと思ってくれ」
木本先生が手に出席簿を片手に全員を見ながら言うと、そう言えばこのクラスの担任は七瀬であることを望六は思い出した。如何にも自然な流れで木本先生が指示を出していた事から担任だと勝手に錯覚していたが、そうではないのだ。
けれど七瀬が担任と言う事は確実にこれは望六と一樹の身を近くで守る意味合いが強くなってくるだろう。何故ならここは多国籍学園だ。
多種多様な人達が在籍しているからこそ、その中にスパイや内通者が居たとしても不思議ではないのだ。特に入学式で見た限りでは大勢の海外勢が居た筈だ。
「えーっと、じゃあ最初は結月柚南だな。出来るだけ簡素に頼むぞ」
「は~い」
そんな事を望六が思案していると、いつの間にか自己紹介が開催されたようだ。
木本先生に名を呼ばれた女子は軽い返事をすると真ん中の方の席から立ち上がった。
「おや? あの女子は電車に乗っている時に見かけたような?」
何気なく視線を向けると望六の視界に映ったのは、学園に向かう時に同じ車列に乗っていたあのギャルの様な見た目をした女子であった。
まさか同じクラスになるとは、変な繋がりもあるものだと望六はしみじみ思う。
「初めまして~。あーしは【
柚南はギャル語っぽい事を言って自己紹介を手短に終わらせていた。
…………しかし待って欲しいのだ。
今望六の耳にはアニメで出てくるギャル系のキャラが幾度となく使ってきた一人称”あーし”という言葉が鼓膜で木霊しているのだ。
「はっ……! マジかよ最高かよ」
流石は個性派主義の第一WM学園。本物のあーし語が聞けただけでも入学した価値はあるだろう。
望六は静かに微笑むように口角を上げると喜びと歓喜に足が震えていた。
だがこの足の震えは単に喜びの物だけではない。
彼にはもう一つ危惧している事があるのだ。それは自己紹介後の質問タイムだ。
望六は自慢ではないが良くも悪くもこの白髪せいで目立ってしまうのだ。
だから中学の時の自己紹介でも必ずと言っていい程に突っ込んで質問してくる輩が居たのだ。
その度に毎回同じ事を何度も言わないといけないのが本当に面倒で憂鬱になりそうになるのだ。
「……いや、もしかたらこれはワンチャンあるのでは?」
だがここで望六はある事に気が付く。それはこの学園には色んな海外の人が居ると言う事にだ。
それは即ち、多様な髪色をした人が沢山居ると言う事だ。
ならば白髪ぐらいで質問されないのではないだろうかと言う可能性が見えてきたのだ。
「よーし、次は水崎月奈だな。……ん? 苗字が水崎ってことはあの亜理紗さんの妹さんか?」
木本先生が出席簿を見ながら口を開くとクラスの大半が一瞬にしてザワつき始めた。
周りからは小声で「えっ嘘、亜理紗さんに妹さんって居たの?」や「でも、亜理紗さんとは似てないよねぇ?」とか聞こえてくる。
やはり水崎と言う名字自体が珍しいから、知る人が見れば直ぐに勘づいてしまうのだろう。
それに対して月奈は静かにゆっくりと席を立つと、
「そ、そうです。姉は水崎亜理紗です……」
「ははっ。やっぱりそうか! いやぁ懐かしいな……。亜理紗さんは学園時代の先輩だからな。いつも七瀬先輩と一緒に行動していて、何かしら問題を起こしては二人は一緒に怒られていたのを今でも覚えているぞ」
「えっ!? ……そ、そうなんですか?」
木本先生が息を吐くように驚愕の事実を言ってくると、月奈を含めクラス全体が呆気に取られている様子であった。だがそれも無理はないのかもしれない。
何故ならあの二人は今や
しかも付け加えるならここはWM学園だ。
きっとこの学園に通う多くの者の目標がその二人への憧れが少なからずある筈だ。
「そうだぞー。てか、亜理紗さんから学園の事とか詳しく聞いてないのか?」
「え、えぇ……。あまり会わないものですから……」
「なるほどなぁ。確かにあの人は多忙だし仕方ないか」
望六の席からは後ろ姿しか見えないからよく分からないが、見た感じ月奈は亜理紗という言葉が出る度に声色が弱くなっているように思えた。
だがそれと同時に望六は、木本先生が七瀬達の後輩だった所に驚きを隠せないでいる。
しかし言われて見れば喋り方と言うか雰囲気が何処となく七瀬に似ている気がした。
だけど学園時代から七瀬と亜理紗は問題児だったのだろうか。
……いや、多分違うだろうと望六は頬を掻きながら思う。
彼の予想では亜理紗が面倒事を引き起こしては、それに七瀬を巻き込んでいたと見るべきだろうと。何故なら亜理紗の常にホワホワしているあの声は恐らくトラブルメーカーあるあるの声質だからだ。
「んじゃ、そのまま自己紹介を頼む」
「はい……。初めまして私は
木本先生に促されるままに月奈は自己紹介を述べると直ぐ席に腰を下ろしていた。
傍から見れば元気が無さそうで済むかも知れないが、これは相当なダメージを受けている可能性がある。
その月奈の微妙な変化にはきっと二、三年の付き合いがある一樹や望六でないと分からないだろう。彼女は基本的に人に頼らず、一人で抱え込んで何とかしようとしてしまう傾向にあるのだ。
「……まあ今回は入学式で月奈が言っていたように、亜理紗さんが何も言わなかった事が原因だろうなぁ」
彼女の家庭事情が分からないから望六は憶測でしか語れないが、同じ学園に行くのなら事前に月奈には一言伝えておけば良かったのにと。
そうすれば月奈がこんなにも気落ちする必要はないと言うのに。
「ほうほう。見かけによらす刀を扱うんだな。きっとそれはこれからの魔力実技で発揮できると思うぞ。よーし、残すは二人だけだな。……お、この宮薗一樹とは七瀬先輩の弟だな?」
「はいっ! ……てか、先生とは適性の時に会ってますよね?」
「まあな。だが学園と言う新たな場で仕切り直すと言うのは大事な事だ」
木本先生が一樹の名前を読み上げると何故か得意げな表情でそう言ってきた。
もちろんクラスの女子全員が月奈の時と動揺にザワついていて、周りからは小声で色々と聞こえてくる。
「ま、まさかあのイケメンが七瀬様の弟さんなの!?」
「姉弟揃って美形って……ほんと羨ましい……」
「あっそうだ!! どっかで見た事ある人だなって思ったら、この前テレビに映ってた人だ!」
「って事は男性初のAランク適性者ってこと……?」
女子達は全員が一樹へと視線を向けていて、流石の能天気野郎な一樹でもこれには堪えるらしい。席を立った直後から一樹の足は生まれたての子鹿のように小刻みに震えているのだ。
「全員落ち着け。聞きたい事や知りたい事が山ほどあるのは分かる。だが質問タイムは後だ。まずは自己紹介が先だ」
木本先生が全員に対して静止を呼び掛けると、ひとまずザワつきは収まったようだった。
「は、はい! 初めまして
一樹は軽く深呼吸をしたあと相変わらずのイケメンスマイルをクラスの全員に見せながら自己紹介を述べていた。けれどそのイケメンスマイルのばら撒きは辞めといた方が良いぞと、望六は思ったが時すでに遅し状態であった。
望六は覚えているのだ。あの中学二年の頃に起こった惨劇を。
あの日は今日と似たような自己紹介の時だった。
一樹が今と同じようにイケメンスマイルを見せびらかして挨拶をすると、放課後には女子達による
あれは本当に怖くて今でも彼は記憶の端で鮮明に覚えているのだ。
一樹が女子達に腕を引っ張られたり制服のボタンを取られたりしていると、その様子を月奈がしっかりと見ていたらしく教室に乗り込んできてその後は――――
駄目だ、これ以上は言えない。思い出したくない。思い出せなかった。
ここで望六は本能的に記憶を封じたようだ。
それは自我を保つ為の人体のファイアウォールが起動したのかも知れない。
「その趣味が料理ってのは七瀬先輩が料理出来ないから覚えたって感じか?」
「はい、そうです! よくご存知で!」
「あ、ああまあな。あの人の料理特訓に付き合わされて何回焦げたカレーを食べさせられた事か……」
そう言った木本先生の顔は何故か蒼白に染まっていた。
どうやら話を聞くに七瀬は学園時代から家事スキルが皆無だったのだろう。
「あーっ……。な、なんかすみません」
「いや気にするな。今では良い思い出だしな……多分」
一樹はそれを見て深いお辞儀をして謝っているが、木本先生の顔色は依然として優れない。
恐らく木本先生の中で何かの光景がフラッシュバックしているのだろう。
「にしても、姉の尻拭いを弟がするのか……」
望六は目の前の一樹を見て呟くと、やはり兄妹と言うのは片方が掛けている部分を補うようになっているのかも知れないと改めて考えた。
そして一樹はお辞儀の姿勢を戻すと席に座ろうとしていたのだが、
「はいはーい! しっつもーん!」
手を上げてアピールしているのはギャルの格好をした柚南のようだ。
「ったく、時間が押していると言うのに。はぁ……手短に頼むぞ」
「はーい!」
木本先生が溜息を吐きながら言うと柚南は席を勢い良く立ち上がって顔を一樹の方に向けた。
「やっぱり男性初のAランクだとモテたりするのー?」
「えっ!? そ、そんな事は別にないけど……」
これは望六自身の直感だが、一樹からは焦りのようなものが滲み出ている。
恐らくギャルという属性持ちの女子と初めて会って戸惑っているのだろう。
だが望六は幾度となくアニメで会っている事から問題ないと謎の自信が湧いてきている状態だ。
「マジで~? ふーん。あ、質問は以上でーす」
柚南は期待していた返事が来なかったのか、つまらなそうにして席に座った。
一樹は手の甲で汗を拭う仕草をすると続いて席に腰を下ろす。
「……なあ一樹。私もさっきの質問気になるから後で本当の事を教えてくれ」
「えっ?」
月奈は一樹が座るな否や、直ぐに声を掛けている様だった。確かに一樹はモテるからきっとライバルも多いだろう。
もしくは先程の自己紹介で既にライバルが多数出来てしまった可能性すらある。
だがそれでも幼馴染同士は結ばれる運命であると望六は切に願っている。
そう、彼は密かにこの幼馴染ーズを中学の頃から応援しているのだ。
がしかし、そんな期待と応援の気持ちを裏切るかのように木本先生が酷な事を言ってきた。
「よしよし次で最後だな。えーっと白戸望六。素早く頼むぞ」
等々来てしまったのだ。もっとも彼が嫌悪する自己紹介の時間が。
あわよくばそのまま忘れられて終わる事を期待していのだ。
だが名前は呼ばれた以上、最早逃げる事は叶わず。
……であるならば、当たり障りない事を言って即行で切り上げるしか手はないだろう。
望六は席から立つと、これ以上にないぐらい目立たないように自己紹介を淡々と始めた。
「は、はーい……。えっと初めまして
自己紹介を言い切ると彼は頭を動かさずに視線だけ動かして周りの女子達の様子を伺った。
ざっと見た感じ、ザワつく様子もなく望六には興味が無いっと言った感じが伝わってくる。
これなら完全に望六の勝利と言えよう。見事に当たり障りない自己紹介作戦が功を成したのだ。
彼は胸の中で高らかに勝利の雄叫びを上げようとすると、
「そう言えばお前もAランク適性だったんだよな。どうだ? 非日常に足を踏み入れた気分は?」
……たった今、その非日常から永遠にログアウトとしたいと望六は言いそうになったが必死に堪えた。本当に何を急に言ってくれているんだと。
折角穏やか終わりそうな雰囲気だったと言うのに何を仕出かしてくれているんだと。
木本先生のその不用意な発言のせいでクラスの女子達がヒソヒソと話し出すと、その声は無論だが望六の耳にも入ってくる。
「えー? あんな冴えない木偶の坊みたいのがAランクなの?」
「あんなの一樹くんと同じランクってだけでイキってるただの陰キャだよ」
「しかもあの白髪って何? 高校デビューのつもりなの?」
一樹の時の反応とは比べるまでもなく、正反対の言葉ナイフが次々と望六を襲ってくる。
確かにこれは彼が予想していた事ではあるが……ここまで直球に言われると心が砕け散りそうになる。
だけど、何故こんなにも誹謗されるのかと言う理由は分かっていた。
こんな地味で冴えない男が何故、Aランクを持っているのかと言う事だ。
普通に考えれば魔術士とは
ならば当然、面白くないし妬ましい存在なのは明白だろう。
「ほう、お前は意外にも映画鑑賞が趣味か。なるほどな、よし座「はいはーい! しっつもーんでーす!」……はぁ。またか? 手短にな」
木本先生がようやくこの公開処刑を終わらせてくれると思った矢先に、あの柚南が再び手を上げてきた。
「もっちろーん! ねえ、望六のその髪って自毛なの?」
柚南は椅子を引きずって床と擦れる音を鳴らしながら席を立つと、望六が一番嫌な質問を的確に尋ねてきた。だがいきなり下の名前でしかも呼び捨てにしてくるあたり、この柚南と言う女子はさぞかし名のあるギャルなのだろう。謂わばコミュ力の塊だ。
しかしここで変に誤魔化すと、いよいよ高校デビューがなんちゃらと言われること間違いない。
ならばここは素直に答えるが吉と彼は見た。
「あ、ああ。これは自毛だよ。気付いた時には既にこんな色だったしな」
望六は純日本人の筈なのだが、いつ頃からこんな髪色になったのか皆目見当がつかない。
時にはこの白髪が嫌になって黒染めもしたことがあった。
だがそれも二日ぐらいで落ちてしまうのだ。理由は今でも分からない。
「うっそぉマジィ!? 羨ましいなぁ。あーしは家が厳しくて金髪しか許してくれなかったし。あ、質問はそれだけだよ~。ありゃ~とね~」
家が厳しくてもネイルと金髪は許されるのかと言う疑問が彼の中で湧いたが、今は逆に質問していられる程状況は良くないだろう。周りの女子達の視線が殺伐としていて怖いのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「よし、これで全員の自己紹介が終わったな。では今からざっくりと今後の予定を話していくからしっかりと聴くように」
地獄のような自己紹介が全部終わると木本先生はクリップボードを持って今後の予定を話すようだ。取り敢えずの現状としては早々にクラスの大半の女子達から望六は敵視されているという事だろう。やはり世間はイケメンで家庭的な男じゃないと許してくれないらしい。
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