7話「新入生総代表はイギリス少女!」

「では次に、一年の保健室担当の先生です。これから多くの実践授業でお世話になるでしょうから、しっかりと覚えておくように」


 司会の女性がそう言うと望六は妙に納得してしまった。

 恐らくそれはこの第一WM学園が特殊だからゆえにだろう。

 なんせ個性豊かな生徒しか居ないと言われている程で、噂では授業中に死んだ生徒も居るとかだ。


「あ、あの……初めまして! 【谷中葵やなかあおい】と言います!」


 その自己紹介の声は突然聞こえてきた。だが声色を伺うに焦っているように伺える。

 しかしそれもしょうがない事だろう。


 何しろあの七瀬の後での自己紹介だ。未だにそのインパクトのある熱烈とした余韻が会場内に残っている中で自己紹介をしろと言うのは酷だ。

 だがしかし、望六だけはそれよりも違う所を見ていた。


「なんだと!? あの先生よく見ると髪はおさげで黒柿色、瞳は茶色で大人しそうなイメージをしている。だが……この一見地味そうな容姿をしているのに、何故だろう、本当に何でだろう。もの凄く甘えたくなる、そんなオーラを放っている気がするんだ!」


 周りに聞かれない程度に力の篭った声で彼は言うと、これは最近ネットで知ったバブみというやつではないだろうかと推測した。

 

 そしてそれを確たる決め手と足りるう物が谷中先生の圧倒的な巨乳である。

 保健室の先生と言うだけでも響きがエロいと言うのに巨乳とは、これまさに理想の保健室の先生ではないだろうかと。


「谷中先生、名前だけではく担当と何か一言お願いします」


 望六のオタク的思考の脳内がそう答えを導き出していると、すかさず司会役の女性からアナウンスが入った。


「ひうッ……す、すみません! た、担当は保健室です! 初めての勤務なのでど、どど、どうか優しくお願いします……!」


 谷中先生は噛みながらも自己紹介を言い切ったようで勢い良くお辞儀をしていた。

 

 望六はそれを凝視しながら見据えいている。

 何故ならあの巨乳でお辞儀をするとなると自然と谷間が寄って、さらにおっぱいが強調されるからだ。一男いちおとこであるなら、それは当然見過ごす事はできないだろう。

 

「まあ、胸元が見える服装じゃない事が悔やまれるがな」

「……お前はさっきから何を独り言をブツブツと言っているんだ?」


 望六の独り言が月奈には聞こえていたらしく小さく声を掛けられると、


「あ、いや何でもない。気にするな。月奈は既に充分なほどに巨乳「ふんっ!!」ぐえがっ!?」


 咄嗟に谷中先生と月奈の胸を比べてしまい、不意に出てしまった言葉のせいで望六は鳩尾辺りに彼女の拳を諸に受けてしまい両手で腹を抑えた。


「ぐあぁ……っ。女がグーで殴るなよ……まじで……」

「望六は例外だ。謂わばこの拳はお前専用の特別な拳と言って良いだろう。お前そういうの好きだろ? ほら、感謝してそのまま泣いても良いぞ」


 蹲りながらグーパンチは辞めろと弱々しい声で望六が言うと、月奈の口振りはまるで彼だけは絶対に拳で殴るという意思に聞こえた。

 本当にこの大和撫子は一樹以外には容赦のない女子である。

 

「し、失礼しますぅー!」


壇上からは谷中先生が焦りの声色と共に壇上をそそくさと下りていく足音が聞こえた。


「次の紹介は一年一組の副担任の紹介です」


 司会役の女性がそう言うと望六は腹の痛みを抑えつつ壇上へと再び視線を向ける。

 魅惑の美人女教師を見つけるまで彼は諦めない気でいるのだ。

 最早それは執念にすら近いだろう。


 そのまま望六が壇上の一点を見つめていると視界に映ったのは、洋紅色のツインテールを左右に揺らしながら歩いている女性の姿だった。


 ……だが望六はそのツインテ女性が何処かで会った事がある人だと思いながら見ていると、彼はほんの数ヶ月前の記憶を曖昧に呼び起こして肝が冷えた。

 何故ならそのツインテールを左右に揺らしている女性は――


「あーっ。初めまして一年一組の副担任を任せられました【木本理絵きもとりえ】と言います。無事に全員を進級させることが目標です。よろしくお願いします」


 あの日、望六が受験を受けに行った高校で何の因果か適性を受けた時に居たあのツインテ女性だったからだ。望六はその記憶を思い出すと、一樹の方は一体どんな反応しているのか気になり確認しようと顔を横に向ける。


「お、おぉ……やっぱそうなるよなぁ」


 すると一樹は口を大きく開けて時が止まったかのように静止していた。

 あの能天気の一樹ですら覚えているのだから、あの日の出来事はそれ程までに印象が色濃く残っているのだ。


「ま、まさかあのツインテールの女性がこの第一WM学園で教師をやっていたとはな……。通りで俺と一樹を捉えた時に七瀬さんに電話をしていた訳だ。こんな所であの日の謎が解明するとは思わなかったぞ」


 そう呟いている内に木本先生は自己紹介を終えたらしく壇上を降りて行った。

 そしてそれからも他の組の担任や副担任が紹介されていくと、


「次は工学科の担任を紹介します」


 というアナウンスが入った。そう、WM学園は魔法を学ぶ魔術科の他に工学科というのも存在するのだ。これは聞いての通り魔装具の開発や整備をするのが目的の科である。

 

 主に魔力が無い人が多く在籍していて、卒業と同時に国家資格である魔装具技術認定書が貰えるらしいのだ。魔術士の育成も確かに大事だが魔法を発動する為に使うデバイスのメンテナンスをする人材も、また必要ということだ。


「なっ!? う、嘘だろ……なんで……」

「あ、あれは……」


 望六が自分の思っている事に対して頷きながら納得していると、隣からは月奈と一樹の困惑した声が耳に入った。反射的に彼は月奈の方へと顔を向けると、


「こ、こんなの嘘だ……。だってあの人は一度も私に……」


 月奈は壇上を見つめて全身を震えさせながら声を絞り出していた。

 これはどうにも様子がおかしいと考えるまでもなく、原因を探す為に望六も壇上へと視線を向ける。


「やぁやぁ一年生諸君! さんだよ! する事になったから、よっろしくねー! ニャハハハ!」


 するとそこには水着の上に白衣を着た撫子色のショーヘアをした女性……いや、月奈の姉さんことがホワホワした声と佇まいで壇上に居たのだ。

 

 望六が亜理紗と顔を合わせたのは中学一年の頃に一回だけだ。

 しかしあの特徴的な雲のように軽い声に聞き間違いはないだろう。


「うぉ!? なんだあの奇抜な格好は……いや待て。これは意外とありかも知れんな」


 それを見た瞬間、望六の脳内には幾ら個性豊かな人が集まる学園だからと言って痴女は駄目だろうという一般的なモラル思考だったが、冷静に考えてしまうとこれもアリなのではないかと思えてしまった。


 理由を述べるとするならば亜理紗の着ている露出度の高い服が痴女を彷彿とさせているのだ。

 ただでさえ月奈の肉親と言うのが、あの豊満な胸を見て分かるぐらいだと言うのに。


「まったく、姉妹揃って反則級の胸ってか。本当にありがとうございます! 眼福です感謝します!」


 水着という胸を強調するのにこれ以上にない服を着てくれた事に望六は感謝の念を捧げていると、会場内からは少なからずこんな声が聞こえてきた。


「えっ本当なの!? あの日本が生んだ奇才とまで言われている天才魔装具エンジニアの水崎様がこんな所に!?」

「そうよ! あれは本物の水崎様よ! 水着と白衣はあの人しか着こなせないコーディネートよ!」

「うぅッ……宮薗様の相棒の水崎様だぁ……本物だぁ……ここに入学して良かった……ひぐっ」

 

 最後の一人はもはや神格化し過ぎて泣いているようだが、こんなにも亜理紗を称える数々の声が周りから聞こてくるのだ。まさにその人気ぶりは七瀬に引けを取らないと言った感じだろう。

 だが何故だろうか、この学園の女子達には宗教に近いそれを望六は感じていた。


「んじゃ、詳しい事はまた後でねー!」


 亜理紗は軽やかにステップを踏みながら壇上を下りて行った。

 だが、これだけ亜理紗が人気者なら月奈もさぞ鼻が高くなる事だろう。

 望六はそう思い月奈に声を掛けようとすると、


「くッ……何故なんだ姉さん……。何で一言も言ってくれないんだ……」


 月奈は右手で顔を抑えながら口元を歪ませて呟くと、恐らくこれは隣に居る一樹にも聞こえているだろう。


 この時、友達として何か声を掛けるべきだなのかも知れないが今の望六には何をどう言うべきなのか言葉は見つからなかった。血の繋がった家族の関係は彼にとって分からない事だからだ。 


 確かに望六にも家族は居る。だけどそこに血の繋がりは一切無い。

 だから彼には分からない。……しかしきっと一樹なら分かるだろう。

 ちゃんとした血の繋がりがある姉が居るからだ。


 これは人任せになってしまうが、ここは一樹に任せて自分は傍観している事が最善だと望六は確信したのだ。そして彼の読みは当たると一樹は月奈に声を掛けて励ましている様子だった。

 そのおかげで月奈の表情は先程よりも少しだけ穏やかに戻ったようだ。


「さて、いよいよ最後となりますは新入生総代表【シルヴィアSilviaローウェルLowell】さんの挨拶です」


 そのアナウンスと共に一人の女子が壇上へと上がっていくとその優雅な立ち振舞いはまるで何処かの国の貴族を彷彿とさせるようで、望六は自然とそれを目で追っていた。

 また、アナウンスで名前を言われて気がついていると思うがシルヴィアは日本人ではない。

 所謂白人系だろう。

 

 その容姿は瑠璃色の長い髪をして瞳は綺麗な紺青色をしている。

 それに黒タイツが良い感じに、その綺麗な容姿を引き立てているようでエロい。

 だがやはり海外の方は日本人と比べて発育が良いのか既に胸はかなりの大きさだ。

 

「……まあ先生達に比べると劣る部分もあるが、これからの成長に期待と言った所だろう」


 何故か上から目線の望六はそう言うと、この学園は密かに巨乳の人達も集めているのではないかとも思ったが多分偶然だろうと両肩を竦めて考えを払拭した。


「んー? シルヴィア・ローウェル? その名前どっかで聞いたことあるような? うぬぬ……思い出せん」

「なんだ? 一樹はあの女子と知り合いなのか?」

 

 すると一樹の方から気になる言葉が流れてきて望六は姿勢を前のめりにして訊ねた。

 間に月奈が居るから仕方がないのだ。


 ……だが気のせいだろうか。一樹があの女子の名を出した瞬間に月奈からは怒りの空気というか雰囲気が漂ってきた気がするのだ。

 しかし月奈はもう元気……というより感情が収まったのだろうか。

 だしたら幼馴染一樹パワーは流石の効果だ。

 

「いやぁ……? どうなんだろう。あーでも多分、洋画とかで似たような名前を聞いただけだと思うから気のせいかな」

「一樹……それは本当だろうな? 言いたくはないがお前は他の女にモテるからな。どこかで知り合っていた何て事はないか?」

「ないない! あんな綺麗な女性と知り合ってたら覚えている筈だぜ!」


 一樹は小さく笑って答えていたが、それをだってことに気付いた方が良いぞと望六は黙って二人の会話を聞きながら思った。


「そうか、ならば安心だな」

「あ、安心? ……ぐえがっ!?」


 月奈は口ではああ言っているが、さっきの一樹の言い方が気に食わないのかにめり込ませていた。それを見ていた望六は自信の中で前言撤回し、月奈も一樹に対して普通に容赦がないと心に刻んだ。


 そして望六は幼馴染同士はこういう時に遠慮がないから怖いなと感じながらも、次からはちゃんと言葉を選んで発言した方が良いぞと言う意味を込めて一樹にグッドサインを送った。

 ――と、そんな事をしていると壇上に立ったシルヴィアが喋り出したようで望六は耳を傾ける。


「初めまして! 私はイギリスから来ましたシルヴィア・ローウェルと言いますの! この日本のWM学園で私達は共に切磋琢磨して、立派な魔術士及びエンジニアになる事を誓いますですの!」


 するとシルヴィアは噛まずに新入生総代表としての挨拶を言い切ると会場内から拍手が鳴り響いた。もちろん望六達も拍手している。

 

 そしてシルヴィアはそれで満足したのか誇らしげな顔をしてお辞儀をすると壇上を後にした。

 その去り際までもが上品な動きで、想像するなら彼女の歩く周りには薔薇の花びらが舞っているように優雅なのだ。


 ……だが望六はそれよりも気になる部分があってしょうがない。

 それはあの特徴的な語尾の『ですの』口調だ。


 数々のアニメを見てきた望六だからこそ、あの口調は凄く気になるのだ。

 まるで日本語を覚える為に参考としてアニメを選んでしまい覚えたかのような喋り方に。


「一体誰がシルヴィアさんに日本語を教えたのかは分からないが良い仕事してくれたな。機会があれば是非とも彼女とお近づきになりたいぜ」


 彼の脳内がアニメ的な思考に切り替わって呟くと、隣では月奈と一樹が何やら溜息を吐いている様子だった。しかし望六は何もそこだけを称えている訳ではない。

 

 ちゃんと日本語をマスターした事にも素直に凄いと思っている。

 外国から見れば日本語は難しい言語の一つと言われているからだ。

 

「以上で入学式を終わります。このあとは各自の担任の指示に従って下さい」


 やっとこの長い入学式の終わりを告げるアナウンスが流れると、望六は変に固まった体を伸ばして軽いストレッチを行った。と言っても腕を真っ直ぐ上に伸ばしただけである。

 それにずっとパイプ椅子に座っていたせいでお尻も痛くなっているのだ。


「よーしお前らが一組の奴らだな? 荷物を持ったらこのまま列で私について来い。良いな?」


 そう聞こえてきた方に望六は顔を向けると、そこには一組の副担任木本先生が仁王立ちしていた。そしてその口振りから推測……いや、推測しなくとも自分達が一組のクラスでこの列はクラスメイト達で構成されていたのだと彼はバッグを抱えながら思った。


「俺はあの木本先生と言う人と何か不可思議な繋がりでもあるのか? なんで事ある毎にあの人が絡んでくるんだ……」


 望六が溜息混じりの声で言うと一樹も何か思う事があったのか若干遠い目をしている様子だ。

 ――それから望六達、一組の全員は教室を目指して移動を始めたのだった。

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