5話「ギャルさんとの遭遇」

 世界中と国内に適性が明るみになってから一ヶ月と数週間が経過すると、その日はあっという間に訪れた。そう、少年二人が第一WM学園に入学する日だ。


 この日を迎えるには色々な困難が二人に襲いかかって容易ではなかった。

 まず適性の情報が拡散された時点で、謎の女性集団や生物研究所の人達が多数部屋の前まで押しかけてきたのだ。


 一体どうやって厳重な警備を掻い潜って来たのかは分からないが、望六は凄く恐怖していた事だけは覚えている。だが無論のことだが、七瀬や黒服の女性達が追い返してくれたので直接的な被害は受けていない。


 ――そして、いつも通りに朝起きると望六はやっとホテルでの缶詰生活を終えて自由になれると言う、何処か嬉しいような気持ちを抱えていた。

 そして隣では珍しく一樹が二度寝しないで一度目の起床で起き上がっている。


「おはよう望六! やっとこのホテルからもおさらばだな!」

「ああそうだ! 俺達はやっとこのホテルから解放される! ……そして俺達の後ろ盾になってくれるWM学園にいよいよ出発だ」


 寝起きだと言うのに少しテンションが上がっている様子の一樹は小さくガッツポーズを作りなが言うと、望六もテンションが上がっていてガッツポーズ見せて返していた。

 何故ここまで望六が学園に行くのに乗り気かと言うと、それは後ろ盾という意味が強くなってくるからだ。


 七瀬は事前に学園の校則に『他国の干渉を受けない』と言うがある事を二人に告げていたのだ。

 それは第一WM学園が多国籍学園ゆえに、他国の干渉を受けると面倒事になるから作られたのかも知れない。だから今の望六はそれだけで身の安全が多少なりとも上がった事に喜んでいるのだ。


「さて、素早く着替えて準備だけは終わらせておくか」

「姉貴が来る前に着替えとかないと、まーた怒られるかも知れないしな」


 二人は学園から前もって郵送で届けられた学園指定の制服に身を包むと、後は七瀬が迎えに来るのを待つだけとなった。だが望六はネクタイを一度もしたことがなく、首元が不格好になっている。


「おいおい望六、なんだそのネクタイの縛り方は? したことないのか?」

「あー……ないな。俺別にそういうかしこまった場所とか出ない主義だし」


 すると一樹がその不格好なネクタイが気になるのか声を掛けてきた。

 望六は柳葉家に暮らしていてそれなりに格式張った場所は知っているが、一度もその席には出席していない。何故なら彼の存在は柳葉家では正式な子の扱いになっていないからだ。

 

「はぁ……。しゃあないな、今回は入学式もあるから手伝ってやるけど、明日から気をつけろよ?」

「おお、まじでか!! 流石は親友頼りになるぅ~!」


 どうやら一樹は入学式という大事な行事の為に、望六の歪な縛り方をしているネクタイを直してくれるらしい。やはり家庭科が得意な男はこういう事もそつなくこなせるのだろう。

 ……もしかたら望六が普通より遅れているだけかも知れないが。


「にしても制服のネクタイカラーで学年を表って中々に洒落た学園だよな」

「えっ、そうなのか? 俺は普通に制服のデザインかと思っていたんだけど……」

「……一樹はもう少し第一WM学園という学校の事を覚えおいた方が良いぞ。ちゃんとパンフレットだって制服と一緒に入ってたんだから」


 一樹がネクタイを綺麗に縛り整え終えると、望六は整ったネクタイを触りながらネクタイが学年カラーを表している事を呟いた。

 実の所、学園から送られてきた物の中には学園案内と書かれたパンフレットが同梱されていたのだ。


 そのパンフレットによるとネクタイカラーが赤色。つまりは望六達が付けている色は一学年を指しているのだ。そして緑色が二年で青色が三年といった感じらしい。

 あとこれは彼らには関係ないのだが、女性制服だとリボンネクタイも選べるみたいだ。


 更に第一WM学園だけに限った話ではないが全てのWM学園は原則的に全寮制を採用していて、在学生は三年間学園の寮にて生活をしなければならないのだ。


「全員起きているな。うむ、予定通りだ。では今から学園に向けて出発するが、途中からは学園が所有している電車に乗ってもらう事になる。その理由は今更必要ないな?」


 暫くすると部屋の扉が開く音が聞こえて、二人の前にいつもの黒色のビジネススーツを身に纏った七瀬が現れた。恐らくこの服装は仕事着なのだろう。

 教師たるものスーツ服は基礎だと望六は思っている。それは教師物のAV然り、同人誌然り……。


「はいっ! 大丈夫でっす!」


 色々と思いつつ望六はきっぱりと返事をすると、横では一樹が一瞬だけ眉を顰めて何かを考えている様子だったが何も言わなかった。多分だがここで「分かりません!」とでも言ったら七瀬に怒られると悟ったのだろう。


「よし、全員荷物を持って外に出ろ。まずは専用の電車に乗る為に東京駅を目指す」


 七瀬がそう言って背後に立っている黒服の二人に何やら合図を送ると、黒服達は急いで部屋から出て行った。望六達はそれを不思議そうに見ながら、一ヶ月近くお世話になったホテルに別れを告げて静かに去っていった。



◆◆◆◆◆◆◆◆

 


 それから黒服の女性が運転する車に乗せられて望六達は東京駅を目指した。

 ホテルを出た時は望六が予想していた通りマスコミや人だかりが多かったが、先に出て行った黒服達が偽物を装ってくれたおかげでそこまで影響はなかった。


 寧ろ安全に出れたと言っても過言ではないだろう。

 望六は名もしれない黒服の女性達に感謝を捧げながら今は車の後部座席に揺られている。


「もうすぐで駅に着くが恐らく勘のいいマスコミ連中は張っているだろうな。だから車を降りたら真っ先に学園の電車に乗れ。そうすれば奴らも手出しは出来ないからな」


 と、そこに全部座席に座っている七瀬が振り返りながら二人に言ってきた。

 確かに所在や学園入学が既にリークされているなら、その学園通ずる駅には少なからずマスコミが張っている可能性はある。


「分かりましたっ!」

「了解だぜ姉貴!」


 二人は七瀬から言われた策を把握して返事をすると、車は直ぐに駅のロータリーと入っていき停車した。そこからはコメディ映画さながらの展開だ。


 望六達は黒服の女性に送迎の礼を言って急いで車から降りると、七瀬の推測通りマスコミ連中待機していてカメラやマイクを持って一斉に近づいてき来たのだ。

 

 それを何とか捕まれないように走り抜けて駅へと入って行くと、マスコミ連中も必死なのか望六達の走りに食いついてくる。


「くそっ! あいつら何であんな機材抱えて走れるんだよ!」

「それが仕事だからじゃないかぁ! はぁはぁ……!」


 望六が走りながら後方の確認をして愚痴を吐くと、息を荒らげた一樹から的確な突っ込みが飛んできた。そして望六達が駅構内を全力疾走していると横から七瀬が、


「この列車だ! これに乗り込め二人とも!!」


 目の前に止まっている電車に人差し指を向けて望六達に学園行きの電車であること教えた。


「「了解っ!!」」


 二人はその電車に視線を向けて確認すると全力の駆け込み乗車を決め込んだ。

 事前に七瀬が東京駅に「マスコミと鬼ごっこになるかも知れないから、改札口と駆け込み乗車は見なかった事にして欲しい」と頼んでおいたと車内にいる時に話していたから一連の行動はきっと大丈夫だろう。


「はっ、どうだマスコミ共!! これならもう手出しは出来まい! 俺達の勝利だぜ!」

「はぁはぁ……。よくあんだけ走ってそんな余裕な事を言えるな望六。流石だぜ……」


 望六達が乗り込むと同時にドアが閉まると、マスコミ達はドア越しにカメラを向けてきたが駅員が奥から大勢出てくるとマスコミ達は分が悪くなったのか蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 

「まったく、本当にマスコミ連中は魔術士にとって天敵でしかないな」


 横から七瀬が息一つ荒げないで呟くと、本当にこの人は人間なのだろうかと望六は疑った。

 だがそれと同時に魔術士の天敵という言葉にも何となくだが共感出来た。


 それは以前優佳が美優達と話している時に偶然望六が聞いた話だが、テレビ局関係やマスコミ連中は裏でいるらしいのだ。

 その奴らとは”反魔術士団体=ネメシス”だ。

 

 そこで望六はネメシスについて気になり情報検索すると、あまりヒットする数はなかったのだがネット記事でこんなのがあったのだ。


 ネメシスとは魔力を持たない人達によって形成された組織。

 魔法を忌み嫌い、時にはテロを起こしてその意思を拡散させようとする。

 悲しい事にネメシスのテロによって中学生の女子が亡くなるという悲惨な事例もあると。


 そこで彼は優佳にそのネメシスについて尋ねると、奴らの明確な目標や行動は未だ不明な点が多いが優佳曰く頭のネジが外れた者達の終極場所らしいのだ。


 ――しかし電車が走り出すとそんな考えは直ぐに消え去り、望六は失ったスタミナを回復する為に椅子に腰を下ろした。


「あとは学園に直行となっているから安全だ。それと私はここ最近お前達の対応のせいで碌に寝ていなから少し仮眠をする。学園についたら起こしてくれ」

「りょ、了解です……」


 七瀬が目を閉じて両腕を組みながら言うと、望六は返事をしてから視線を外した。


 学園で勤務しているから自分達のせいで色々と無理をさせてしまったのだろうと望六は思い、横で一樹と喋るのは辞めておくことにした。少しでも休んで体を癒して欲しいのだ。

 ちなみに席は横長の椅子タイプで左から順に、望六、一樹、七瀬、となっている。


「さて……特にやることもないし、外の景色でも眺めとくか」


 そう呟きながら窓の外に映る海の景色を望六は眺め始めた。

 実は第一WM学園は海の上に作られた人工学園で、またの名をウォーターフロント学園と呼ばれている。故に車では行けなく必然的に電車となる訳だ。

 

 それと学園に隣接する他のウォーターフロントにはお台場やディズニーもあって、東京駅から学園専用の電車が出ているのにはこのような理由があったのだ。

 これも望六が事前に読んでいた学園パンフレットに書いてあった情報である。

 

 しかし何故、海の上に学園を作ろうとしのか望六には皆目見当がつかない。

 そのまま電車に揺れる感覚に身を任せて彼は海を眺め続けていると、突然車内の扉が開いた。


「マジやばい。初日から遅刻かますとこだったしー」


 そのギャルっぽい言葉遣いが聞こえてくると望六は自然と声のする方へと視線を向けていた。

 彼に興味を抱かせるのにはその言葉使いだけでも十分で、恐らくこの女性は後方の車列から来たのだろう。

 

 ギャルっぽい女子はそのまま近くの座席に座りスマホを弄りだすと、望六はそれをマジマジと気づかれない程度に見続けていた。


 容姿は金髪で褐色肌をしていて胸はそこそこ大きい感じだ。それによく見ると爪にはネイルと言われる装飾が施されている。美優達も一時期やっていた気がすると望六は懐かしく思う。


 そんなギャルを望六は依然として見続けていると、ギャルは突如スマホを弄る手を止めて顔が彼の方に向いた。


 その行動に望六はドキッと心臓が蹴られた様な衝撃を受けて咄嗟に顔を逸らした。

 もしかしたらずっと見ていたい事に気づかれたのではないだろうかと思ったのだ。


 しかし彼は内心焦りつつも気づかれていない事を、引いては気のせいであって欲しいと願いながら背けた顔を再びギャルへと向ける。


「くっ……!! なぁ!?」


 だがしかし……ギャルは先程から変わらず望六の方を見て微動にしていない様子だった。

 その瞬間、望六の中には謝罪の言葉が嵐の様に舞降ってきた。

 

 別に悪気があって見ていたた訳ではなく、興味本位で見ていただけだと。

 だけど興味本位とか言うと失礼なのではないだろうと思うが、とにかく本当に申し訳ないと。

 女子高生を視姦してしまい本当に本当に申し訳ないと。


 これらの謝罪の言葉が望六の心で木霊していると……そこで彼はある違和感に気が付いた。

 先程からギャルの視線の先が何処か若干違うような所を見ている様に思えたのだ。

 望六は試しに前のめりだった姿勢を正す様に背もたれに背を付けると、


「あーーっ!! やっぱりあのイケメンって前にテレビで映ってた人じゃん! すっごーい本物だし!」


 ギャルはどうやら一樹の方を見ていたらしい。

 しかし今の一樹は隣で姉弟同士仲良く寝ている最中だ。一体いつの間に寝たのだろうか。

 

 だがテレビなら自分も映っていたと望六は抗議したかったが、実際に映っていたのはモザイク処理が加工されたような彼の写真である。


 実は彼は幼い頃から写真や動画を撮影されると絶対的に、顔の部分だけがブレて顔がモザイクのようになってしまうのだ。最早それは呪いの一種なのではないかと思われる程にだ。

 

 そして望六は出来る事ならこのまま何事もなくやり過ごしたい所だった。

 何故なら相手はあのコミュ力抜群のギャルだ。ゆえに何を言われるか分かった物ではない。

 それにギャルの眼中には彼は認識すらされていない可能性が高いだろう。



◆◆◆◆◆◆◆◆



 そんな出来事が車内では起こりはしたが、やがて電車が学園へと到着すると望六達は学園の地に両足を付ける事が出来た。


「私は職員室に向かうが、お前達はちゃんと式に向かえ。良いな?」

「「はーい」」


 七瀬はそう望六達に言い残して体を左右にふらふらと揺らしながら学園の中へと入って行った。  

 多分だが寝不足の影響で電車の仮眠では足りなかったのだろう。

 だが今はそんな事よりも……、


「ああ、本当に俺は今日からここに入学するのか……?」


 こうして少年二人は色々な経緯をしてから学園の校門前に棒立ちしていた訳だ。


「早く行こうぜ望六! じゃないと式に遅刻しちゃうぜ」

「あ、ああ。そうだな」


 望六は女性達から向けられる物珍しそうな視線を身に受けながら、一樹と共に校門を潜ると学園内の敷地を歩き始めた。


 だが流石は女子が大半を占めると言われているWM学園だけの事はある。

 何処を見ても女子生徒しか居ない。

 

 それに二人がテレビで放送された影響もあるのかも知れないが、歩く度に周りの女子達の顔と視線が二人に注がれていて望六は相当に気まずい気持ちになっている。

 ……というよりこれは確実に変に注目されて見られているだろう。


「な、なあ一樹。そう言えば入学式って何処でやるんだ?」

「へっ?」


 望六が気を紛らわせる為に歩きながら尋ねると、一樹は変な声を出すと同時に足を止めた。

 その表情と言葉はまるで一樹本人も知らない様な雰囲気を醸し出していて、望六は焦りの心をじわじわと募らせていくのだった。

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