4話「少年達は狙われる身となった」
その後、望六はどうしようも出来ないと言う絶望感に苛まれながら七瀬が渡してきた弁当を手に持って抜け殻のように部屋の隅で項垂れていた。
弁当は七瀬がこのホテルの一階で売っている物を適当に買ってきた物で、今から遅めの昼食との事らしい。時刻は既に十四時を回ろうとしている。
「……そんなに悄げるなよ。学園に入ってからでもちゃんと連絡すれば美優ちゃんも分かってくれると思うぞ?」
一樹は弁当のおかずを食べながら望六の方を見てさり気なく声を掛けてくる。
だが今の彼には何を言っても左から右へとすり抜けていくように言葉は届かない。
何故なら今望六の心の中にあるのは妹達の好物……そう、モナカアイスになりたいと言う願望のみ。最早、人を辞めたいと思うほどに彼の心はズタズタなのだ。
「お前に何が分かるんだ一樹。さっきまで月奈と電話していたお前に、俺の何が分かるんだぁぁぁ!!」
望六は未だに蓋を開けていない弁当を近くの机に置くと、一樹に向かって血涙を混ぜたような声で言い放つ。それは単純に先程まで幼馴染の月奈と電話していた一樹が羨ましいとかそんな事ではない。……いや、それもあるかも知れない。
「急に叫ぶなよ。……あ、そうだそうだ。月奈の事で言い忘れてたんだけど、どうやら月奈も魔力適性があったらしいんだ!」
一樹は望六の叫び声に顔を歪ませると、これ以上この話題を続けるのは避けようと思ったのか話をかなりの角度から変えてきた。
「露骨に話題を逸らして逃げようとしたな貴様。……だがまあ良い、続けたまえ」
それに対して望六は、どの道こうなってしまったのはもうどうしようもない。
ならば後は学園に入ってから何とかするしかないと無理やり自分を納得させて、一樹の話に耳を傾けることにした。
「キャラとんでもないな。……それで月奈の事なんだけど、今日学校の方でも魔力適性があったじゃないか? それで月奈は親に言われて無理やり受けに行ったら、そこでBランクと特質属性って言う結果だったらしい」
一樹は箸を止めて月奈に魔力適性があったこと言うと、先程の電話の内容は恐らくこれだったのだろう。望六はやっと弁当の蓋を開けて食べようとした矢先に、そんな事を言われて思わず手が止まってしまう。
「おいおい。それって本気で言ってるのか? だとしたら、それは結構な大事な気がするのだが」
「そうなのか? 俺には魔法関係なんてさっぱりだから良く分かんないぜ。でも月奈に魔力適性があったのは嬉しいな! もしかたら俺達と同じく第一WM学園かも知れないし!」
一樹は再び箸を持っている手を動かしながら言うと、望六は今のタンパクとした反応とは裏腹に心の中では凄く驚いていた。その理由は月奈の出した特質属性と言われるものにある。
特質属性とは既存の属性、所謂雷属性や無属性といった形のある属性ではなく完全にオリジナルの属性となるからだ。
望六が昔テレビを見ていた時にこんな特集をやっていたが、これが最も分かり易いだろう。
とある
医師達が治療を放棄するぐらい絶望的状況なのに、その特質属性持ちの魔術士が現れて魔法を掛けると数分後には元気な姿でベッドから起き上がる青年が居たと。
既存の回復属性の魔法を使ったとしても、植物状態の人間を完全に復活させることは不可能だ。
しかもこの魔法は現代の魔術社会においても未だに開発されていない。
だからこれは、その魔術士にしか使えない特質属性だと結論づけられた。
これが最初の特質属性の存在が確認出来た事例で、後に【
「まあ適性があったものは仕方ないな。俺達も人の事を言えた義理ではない。……にしてもまさか一樹が俺と同じく第一WM学園で、更には七瀬さんがそこの教師をしているとはな」
そう、実は一樹は望六と同じで第一WM学園に入学する事が決定していて、その学園には七瀬が教師として勤務しているそうなのだ。
これは七瀬が弁当を持ってきた時についで感覚でさらっと言っていたことで、一樹がその場で「えっぇぇ!?」と大きな声を上げていた。
「本当にな。姉貴は何一つ俺に教えてくれないから困るぜ。教師をやっている事自体は聞いたけど、まさか第一WM学園でとは知らなかった」
どうやら七瀬は社会人としての基本、報連相の相談の部分が出来ていなようだ。
一樹はその辺りの事も弟として心配しているのか、ブツブツと文句を言いながら白米を頬張っている様子だ。
――それから遅めの昼食は終わって、再び七瀬が大事な話があると言って望六達の前に現れた。
先程から部屋を出て行っては戻ってくるを繰り返していて忙しそうだが、もしかてそれは自分達のせいなのかと望六は少しだけ思った。
「今から大事な話をする。しっかりと聞いておけ、これはお前達の今後に関わってくる問題だ」
「「……はい」」
望六達が床に正座しながら返事をすると、七瀬は二人の前で仁王立ちしながら大事な話とやらを始めた。
――望六は七瀬から次々と語られる言葉の数々に最初こそ楽観的に聞いてたが、話は後半になるにつれて雲行きが怪しくなった。
そして七瀬が全てを話し終える頃には、望六は正座の影響で足が痺れているにも関わらず、立ち上がり全身を震えさせて洗面所と向かった。
「つっ……あぁ!! はぁはぁ……ほ、本当に最悪な展開だ……」
望六は洗面所の鏡に写る自分を見ながら呟く。
彼がこんなにも怯えている訳は、七瀬が二人に語った事がもっとも最悪な展開を告げていたからだ。
それは――、
「世界が俺達を狙ってくる……」
この言葉が全てを物語っている。七瀬が話した限りでは、彼らの適性はタブレットを通じて通知されていて政府の魔術行政機関、つまりは魔導省がその事実を知って明日にはその情報が日本中に……いや、世界中に拡散されると言っていたのだ。
……望六は分かっている。
男性初のAランクを出した事が世界に伝われば自分の身が危うくなる事が。
世界は恐らく望六達を狙ってきて人体実験かモルモット……最悪は解剖までしてAランクを出した秘密を探るのだろう。しかしそれだけではない。国内でも危険が付き纏う事になるのだ。
それは日本魔術委員会という魔導省だ。そこは女尊男卑の思考に染まっている。
ならば男性がAランクを出した事については必然的に遺憾でしかないだろう。
今の望六にはそれらの言いようのない恐怖が背中に這いずっている状態なのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
あれから望六と一樹は突きつけられた現実に呆然としてしまい、互いに喋る余力もなくそのまま夜を迎えた。望六はベッドに横になると一時でも現実から逃れようと意識を簡単に手放す。
――そして翌朝を迎えると、
「起きろ二人とも。昨日は色々とあってまだ納得の出来ていない事もあるだろう。だがそれでも朝はちゃんと起きろ」
七瀬の落ち着いた声が望六の耳に入ってくる。たった数時間でも現実を忘れられていた彼は目を開けたくないと思っていたが、七瀬に怒られるのも怖いと苦渋の決断を強いられて起きる事を選んだ。
「お、おはようございます……」
昨日から不運続きの彼は起きたばかりのぼやけた視界で七瀬の方を見る。
すると横からも一樹が起きたのか、ごそごそと布同士の擦れる音が聞こてきた。
「おはよう姉貴……ってまだ七時じゃないか。もうちょと寝か「駄目だ。二度寝したら殺す」……はい」
起き上がって一樹が目を擦りながら時計を確認すると再び寝よう背中を倒していが、七瀬の低音声を聞いた瞬間に背筋が綺麗に張っていた。
これが噂に名高い姉弟関係かと望六は見ていて思ったが、そう考えると自分と妹達の関係はまだ良い方なのではと比較してしまう。例えたまに美優達が情緒不安定になるとしてもだ。
「はぁ……。では早速ですまないが、まずはこれを見てくれ」
七瀬はそう言ってテレビのリモコンを持つと、それをテレビに向けて電源を入れた。
二人はそのまま言われた通りに視線をテレビへと向けていると、
「「なにっ!! こ、これは……!?」」
同じ言葉と反応をしてしまうのは親友あるあるなのかも知れない。
と、同時にテレビに映ったニュースに二人の視線が釘付けとなった。
「そうだ。見ての通り、お前達の所在と適性が世に明るみになった。……しかも何処から入手したのかさっきから学園の方に問い合わせの電話が相次いでいる状態だ。無論、諸外国の魔導省からも情報提示を求められているが粘っている」
テレビに視線を向けながら七瀬が今何が起こっているのかを説明すると、テレビに映っているのは『世界初の男性Aランク適性者現る!?』と言う見出しと共に望六と一樹の顔写真が使われて晒されている場面だった。
しかし望六の顔写真に至ってはブレブレで、見た感じモザイクが顔全体に掛かっているような状態だ。
「畜生がっ! 何で昨日から良くない事がばかりが起こるんだよ!!」
「お、落ち着けよ望六。今ここで声を荒らげた所で何も変わらないだろ? 今は冷静になる事が大事だ」
望六の中で何かが弾けると不幸続きに嫌気が差したのか、ベッドの上で立ち上がって文句を吐き捨てた。だが横からは珍しく一樹が知的な事を言って彼を落ち着かせようとしていた。
「愚弟の癖に良い事を言うではないか。そうだ望六、今は冷静さが大事だ。それからお前には柳葉家からとある荷物が届いているぞ。しかも速達便でな」
望六が一樹に宥められてからベッドに腰を下ろすと、七瀬は横に置いてあるダンボールに軽く視線を向けて教えた。
一体何が送られてきたのだろうかと望六は戸惑いながらダンボールの置かれている元へと近づくと、
「こんな大きいダンボールに何が入っているんだ? しかも柳葉家って事がまた何とも……。いや待て。これはもしかして……俺、適性ランクのせいで家を追い出されたか?」
彼は脳内でもしかしたらという可能性を考慮して考えた。
何故なら目の前のダンボールは大きく、それはまるで衣類や生活用品、その他諸々が余裕で入りそうな程なのだ。
「そんな訳ないだろ馬鹿者。さっさと中身を確認しろ」
「あ、はい……」
横で望六の様子を見ていた七瀬が冷たく言い放ってくると、やっぱりそんな事はないよなと思いつつ望六はダンボールを開封し始めた。
すると中に入っていたのは……、
「なんだこれ? 刀袋? しかも中身が入っているかやけに重たいな。それにこっちは手紙か?」
ざっと見た限りではやはり、衣類や生活用品が大量に入っていた。
しかしその中でも異色を放っているのが今彼が持っている刀袋と手紙である。
手紙はまだ連絡手段として分かるが、刀袋しかも中身入りは本当に意味が分からない。
「と、取り敢えず手紙から確認してみるか……」
ひとまず刀袋を横に置いてから望六は手紙を開封すると、中から出てきたのは何かの毛の様な物と真っ白な紙にぎっしりと赤文字で『望六お兄ちゃん』と隙間なく書かれている物であった。
「うっ。この字は優希だな……。これ全て赤字だけど血とか使ってないよな? はぁ……気が休まらん」
そう呟きながら手紙と何かの毛が入った物を、そっとダンボールに戻すと次は刀袋に手を伸ばした。実は望六の中で一番気になっているのはこっちの方なのだ。
ゆっくりと刀袋の先端を縛ってある紐を解いていくと……、
「なんだと!? これは刀なんて生易しい物じゃないっ! こ、これは魔術デバイスだ!!」
望六が刀袋を紐解いて中身を確認すると、袋から出てきたのは何と魔法を発動する為の必須武器。通称【魔術デバイス】が出てきた。
そのデバイスは片手剣型デバイスで、刀身から全てが漆黒色をしていて微かに光を帯びている。
「魔術デバイス……? なんだそれ?」
「あ、ああ。魔術デバイスってのは魔術士が装備して魔法を発動するために使うアイテムのことで剣型やブレスレット型、他にも槍や銃があるんだが……。これは見たところ片手剣型だな」
目を細めながら一樹が魔術デバイスとは何の事か聞いてくると、望六は自分の持っているデバイスを一樹の方に向けながら説明した。だが説明をしている内に何故こんな身に余る物を、柳葉家は送ってきたのだろうかと彼は疑問が増えていくばかりであった。
「ん? おい望六。袋の中から紙が落ちてきたぞ」
「えっ? あ、本当だ」
七瀬に言われて望六は片手剣を出したと同時に落ちてきた紙を拾うと、それはまたもや手紙であった。しかも字面を見るに優佳の書いたものである事が分かる。
「うぅ、優佳さんから手紙か……。見るのにものすんごい勇気が要るが……今はそんな事言っている場合じゃないな」
家元が一体何のようがあって手紙を書いたのは分からないが、優佳からと言うだけで望六の緊張は一気に高まる。だがそれでもこの刀袋に一緒に入っていたなら魔術デバイスについて何かしらの情報が書いてあると彼は思ったのだ。
「えーっと……なになに?」
一枚の手紙を開けて視線を恐る恐る向けると、そこにはこう書かれていた。
『望六がAランク適性を出した事に未だに驚きを隠せません。ですがあの日、淳史さんが貴方を連れて来たのは何かの運命なのではないかと今では思います。そして大量の荷物をいきなり送った事に望六もさぞ驚いているでしょう。その荷物の大半は学園で使えるように私が選んで入れました。それから今一番気になっているのは魔術デバイスについてでしょう。このデバイスは名が【
どうやらこの大量の荷物は学園で使えるように優佳が詰め込んだ物らしい。
そして彼が気になっていた魔術デバイスが淳史の形見である事が分かると、より一層デバイスが重くなるを望六は感じた。
「なあ姉貴? その魔術デバイスとか良く分かんないけど、俺にもそういうのあるのか?」
一樹は望六の説明を聞いて魔術デバイスに興味を抱いたのか七瀬に質問していた。
「ああ無論だ。がしかし、それは学園に入学してから学ぶ事だ。今はそれがあるという事実だけ覚えていろ。取り敢えず今のお前達は無事に学園に入学するその日までこの部屋で過ごす事だ」
しかし七瀬の言っている通りその辺の専門的な事は学園で学ぶ事になるのだから、今はこの部屋で来るべき日まで大人しく過ごす事が優先事項だろう。
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