3話「妹は病んでいる」

「今日からお前達は学園に入学するまで、ここで過ごして貰う。異論は認めない。お前達は常に私の言葉だけに従っていろ」


 訳もわからない状態で七瀬に拉致されて連れこられたのは、とある部屋の一室だった。

 この部屋は見た所どこかのホテルだという事は分かるが如何せん内装が不穏だ。

 

 まず窓という窓は全てをシャッターを下ろされて外の様子を遮断。

 次にコンセントを類は全て基盤を出されて使用不可能となっているのだ。

 一体これらに何の意味があるのだろうかと望六は気が気ではない。


「「は、はい……」」


 だが望六達は七瀬から漂う般若のような形相を見ては何も聞けずに、ただ返事をすることしか出来なかった。口答えしよう物なら即座にその場で背負い投げされそうな雰囲気すら感じるのだ。


「……って違う違う!! 何で姉貴が急に俺達を拉致したんだよ! そしてここは何処!? それに学園入学まで過ごせってどういうことだよ!? ……あとまだ洗濯物が家に干しっぱなしなんだけどぉ!!」


 一つの間が空くと一樹は思考がようやく体に追いついたのか、取り乱した様子で七瀬に事情を訪ねていた。だけど洗濯物云々は気にしすぎじゃないだろうか。

 

 しかし望六は知っているのだ。一樹は家庭科が全般的に得意で、炊事、洗濯、掃除、何でも完璧にこなせる超家庭的な男だと言う事を。


 恐らく七瀬が家事が出来ない影響で一樹が上達したのだろう。兄弟とは何かしら欠けた部分を補うように持っていたりするから、これは典型的な例だろう。


「一樹よ。そこは重要か?」

「当たり前だっ! 何時間も屋外に出しっぱなしだと、紫外線の影響で色柄物が色褪せしやすくなったりすんだよ!」


 彼が何気なく零した言葉に一樹は食いついてくる。

 最早ここまで来ると神経質な主婦のようにも思えなくもない。だが一樹はイケメンの男だ。

 女装したらまだ可能性はあるかも知れないが。


「うるさいぞ愚弟共。今から全てを説明するから安心しろ。まずはお前達の身に起こっている事だが……大変な事を仕出かしたと言う自覚は流石にあろうだろう。そして国の規定によりお前達は魔法を学ぶべく学園に入って貰う」


 七瀬から般若のような雰囲気がなくなると、そこには望六が普段知っている落ち着いた七瀬へと戻っていた。黒色の長髪にクールな顔立ちをして全身を黒色のビジネススーツに包んだ女性である。付け加えるなら胸が平均の女性より遥かに大きいと言う事ぐらいだろう。


「が、学園ってなんだよ姉貴?」

「ったく、それぐらいしってお……いや何でもない。知らなくても当然だからな。おい望六説明してやれ。お前なら知っているだろう?」


 七瀬のその言い方はまるで、お前なら答えられて当然だと言わんばかりの言い方だった。

 だが事実それを知っているからこそ望六は特に言い返すつもりもなく、一樹の方に顔を向けて渋々学園について話し始めた。


 ――この日本と言う国で魔法を学ぶには国家認定魔術士学校、通称WM学園と言うのに入学しないといけないのだ。そしてWM学園とは第一~第四まであり、それぞれの学園によって校風や指導法権も大きく異なってくる。


 第一は変わった者が集まりやすいとされている個性派主義学園。

 第二は完全に実力派主義学園で大会でも常に優勝を収めている。

 第三は資産家の孫や大手企業社長の子供が多く通う地位派主義学園。

 第四はお金がなくて第一と第三に通えない人用に設立された人情主義学園。


 ざっと説明しただけでもこれぐらいあるのだが、七瀬が望六達に何処の学園に入れようとしているのかは分からない。

 恐らく現時点では学園に行くことだけが決定していて具体的なのはまだなのだろう。


「まじかよ!? WM学園ってそんなに数があって色々と異なってくるのか……」

「まあな。だから一概に何処が良いとか、そういうのは無いな」


 一樹は望六から学園の説明を受けると何やら難しい顔をして悩んでいた様子だった。

 そして彼が説明を終えたタイミングで七瀬が改めて口を開いた。


「つまりお前達がその学園の何れかに入学するまでこのホテルにて監禁させて貰う。それから分かっては要ると思うが外には一歩も出るな。あと明日からは安全の為に外部との連絡も一切遮断する。友人達に何か伝える事があったら今のうちにしておけ」


 そう言うと七瀬は伝えるべき事を一通り話し終えたのか、部屋の出入り口付近で待機している黒服を着た女性達の元へと向かった。

 多分だがあの黒服の女性達は望六達のボディーガード兼監視役だろう。


「れ、連絡するたって……急に言われてもなぁ?」


 一樹は肩を竦めさせながら望六の方を見てくる。

 だがしかし、望六は既にスマホをポケットから取り出していて、


「俺は取り敢えず愛しき妹達に電話するぞ。七瀬さんの言っている事が本当なら明日からスマホは使えないだろう。それにこの部屋から出られないと言う事は家には帰れない。それ即ち妹達から後々何をしていたか根掘り葉掘り聴かれて俺の死を意味するっ!」


 この時、望六の心にあったのは急いで妹達に連絡をすると言う一点のみだった。

 別に妹達が大好きだからとかそんな事ではない。

 それよりも連絡を怠ると恐ろしい結果が待っているのだ。


「ああ、なるほどな。……んじゃ、俺は月奈に一応連絡しとくかな~」

 

 望六の言葉を聞いて一樹は何となく事情を察したのか、無表情ながらも納得している様子だった。それから一樹も徐にスマホを取り出すと幼馴染の月奈に連絡しようとしているみたいだ。


「頼むぞ……! まだ時刻は十三時だ。ならば稽古の時間ではないはず! あとは妹達が電話にさえ出てくれれば……!!」


 望六は妹達が直ぐに電話に出てくれる事を祈りつつコールボタンをタップした。

 スマホからコールが流れ始めると望六の額には脂汗が溜まっていく。


 なぜこんなにも望六が妹達に対して焦りの姿を見せているのかには理由があるのだ。

 それは彼が突然外出や友達の家で泊まったりして居なくなると、妹達から怒涛の不在着信とメッセージが送られてくるのだ。……しかし、それだけならまだマシな方だ。


 酷い時には二分置きに電話が掛かってきたり、家に帰った途端に風属性の魔法と氷属性の魔法を使って尋問してきたり……本当に気が休まらないのだ。

 だから帰れないと分かったなら直ぐにでも連絡が必要だと望六は妹達に電話を掛けたのだ。


『……どうした望六兄さん』


 コールが鳴り止むとスマホの向こうからは妹の声が聞こえてきた。

 彼の事を望六兄さんと言うのは柳葉家長女の【柳葉美優やなぎばみゆ】だ。

 

 美優は精神状態が不安定になると風属性の魔力が漏れ出して周りの物を浮かせたりして、後片付けは望六がする事になるのだが……自慢の妹の一人なのだ。


 しかしどうにもスマホ越しで聞こえる美優の声色は朝食の時と比べて異質に感じる。

 まるで怒っているようで冷静な、そんな感じに望六には聞こえるのだ。


「じ、実はな。少々面倒事になっていて今日は帰『言わなくても知っている。全てお母様から聞いた』そ、そうか……」


 望六はこのままの雰囲気で話を続けると色々と面倒事になりそうだと考え、早口で要件だけ言って電話を終わらせようとしたのだが……それは失敗に終わったようだ。

 

 だが一体何故、美優の母が望六の今の状況を知っているのだろうか。

 彼が適性を測ってここに連れてこられるまで大凡、四時間ぐらいあったと言うのに。


 幾らなんでも情報が回るのが早すぎる気がするのだ。

 例えそれが柳葉家の現家元【柳葉優佳やなぎばゆか】……美優の母だったとしてもだ。

 確かにある程度の魔術士界隈の情報は行くだろう。だがそれにしても不自然だ。


「なあ美優。なぜ優佳さんは俺の状況を知っているんだ?」


 互いに無言状態で続いていた電話に望六はそっと話を切り出す。

 どうしても確認しておきたかったのだ。

 ……そこからまた暫く空白の間が出来ると、


『七瀬さんからお母様に電話があったんだ。……そしてお母様は望六兄さんを……」

「あっ!? そ、そうだった。七瀬さんは……」


 美優が感情の篭っていないような声で言うと、望六はとある事を思い出した。

 というより完全に忘れてたのだ。そう、優佳と七瀬が師弟関係だったと言うとを。


 望六は自分でも何でこんな些細な出来事を見逃していのか瞬間的に考えるが、それはきっと七瀬がここ最近柳葉家に関わっていなかった事と、唐突にも起こったAランク適性という衝撃的な出来事のせいで無意識に記憶領域が狭くなっていたと悟った。


『ッ……それよりもお母様が言っていた。望六兄さんは私が合格している第二WM学園ではなく、第一WM学園に入学させると』

「なっ!? もう話しはそこまで進んでいたいのか? だが、まさか俺が第一WM学園とはな……」


 美優が続けざまに新たな情報を教えると、望六は衝撃的な事実を聞かされ思わずスマホを握っている手に力が掛かる。


 なんと彼の知らない間に勝手に話は進んでいて、既に第一WM学園に入学させられる事になっていのだ。だがそこにはある問題点が存在する。それは一体誰が決めたかと言うものだ。


「くっ……質問ばかりですまない美優。もう一つだけ教えてくれ。それは誰が決めた事だ?」

『……そんな事、分かりきっているだろ。お母様だ』


 確認の為に望六が質問を投げかけると、美優は声に怒りの様なものを孕ませながら返してきた。

 きっと何度も質問ばかりで怒っているのだろう。もしくは望六が家に暫く帰れないから起こっているのかも知れない。


『なあ望六兄さん。私の話を聞いて何か思わなかったか?』

「いや……特に何も思わな『ふざけるなッ!!』」


 美優から変わった質問をされたと思い、望六は素直に浮かんだ言葉を言ったのだがそれは間違いだったようだ。急に美優の声質が怒声へと変わっていたのだ。

 望六はそれを聞いて何か地雷でも踏んでしまったのかと直ぐに謝ろうとしたが、


『その言葉の意味が分かっているのか! 望六兄さんは魔力適性があったのにも関わらず、私と優希が行く学園とは別の学園に行こうとしてるのだぞ! それがどういう意味なのか分からないのか!!』


 矢継ぎ早に美優から言われた言葉に望六は何も言えなくなってしまった。

 そして美優が怒りながら放った言葉に入っている優希と言うのは、望六のもう一人の妹で名前は【柳葉優希やなぎばゆき】と言う。美優と違って何処か抜けている性格をしてるが、無論自慢の妹だ。


「美優……。お前はもしかして、あの時の約束を俺が破ると思っているのか?」

『ああ、そうだ。でなければ望六兄さんがそんな簡単に私達から離れるような事に納得しない筈だ! 例えそれがお母様の決めた事でもだ!!』


 恐らく美優の中でこれがずっと引っかかっていたのだろう。

 それで電話に出た時から声色が変だったのだと彼は確信した。そして一方で、自分がまだ幼い時に妹達と交わした約束がここで影響している事も望六は自覚した。


 その約束とは、望六を柳葉家に引き取り尚且つ優佳の夫であった【柳葉淳史やなぎばあつし】が不慮の事故で他界した時に交わした兄妹の固い約束。それは決して忘れてはいけないモノ。


 ――俺が淳史の代わりにずっと妹達に、寄り添い、守り続け、成長を見守る。


 どんなにこの身が危険に晒されようと、何が起ころうとしても必ず果たす約束。

 が、しかしそれでも望六は……、


「だけどな美優。それが優佳さん……いや、家元の判断なら俺達は何も言えない。ただ従う事しか出来ないんだ。次期家元を継ぐお前なら分かるだろ?」


 美優の傍に居る事は出来ないと告げた。仮に一時的な物だとしてもこれは仕方のない事。

 何故なら優佳が決めたことに逆らえる訳がないからだ。

 望六はこの歳まで育てて貰った恩がある。しかし板挟みと言うのもまた事実だ。


 妹達との約束、育てられた恩、どれもうまくこなせるほど彼は器用ではない。

 だからこその決断しなければならなかった。

 だけど望六は何処でこれは良い機会なのではないかと思っていた。


 何故なら妹達は過度に自分に対して依存や信頼している傾向にあるからだ。

 だが百歩譲って信頼は良いとしても、依存はこの先大きな障害となりる可能がある。

 次期家元を継ぐ美優なら尚更それは直しといた方が良いのだ。


『そんな事言われなくとも分かっている! 分かってはいる……けど納得なんて出来ない。……なあ、頼むよ望六兄さん……私と優希を見捨てないでくれ……。私は望六兄さんまで失ったら、とてもじゃないが耐えられそにない……よ」


 スマホの向こうから涙混じりの美優の声が聞こてくると、望六は心臓が張り裂けそうな感覚を覚えた。……だがこれは何時か訪れる筈だっただけの事。そう割り切るしかないのだ。

 彼はそう自分に言い聞かせるようにして美優に言葉を掛けようとすると、


「すまない美優。だがこれはきっと……。あれ? お、おい美優?」


 突然として向こうからの音が一切聞こえなくなったのだ。泣いている時特有の吐息や鼻をすする音。それが一瞬にして無音となたったのだ。

 一体何が起こったのかと望六はスマホを耳から離して画面を確認してみると、


「う、嘘だろ……。何てタイミングで充電が切れてやがるんだ……」


 そう、スマホから音が聞こえなくなったのは彼のスマホの充電が切れたからだ。

 しかも一番重要な場面でだ。


 きっと向こうからしたら「すまない美優」としか伝わっていないだろう。

 だしたらこれは非常にまずい。あの錯乱状態でその部分だけ聞いて電話が途絶えたら、諦めてくれと解釈されてもおかしくはないからだ。


「や、やばいな……。おい一樹! スマホの充電器あるか!?」


 一部の望みを掛けて望六は一樹に尋ねると……、


「あー。俺が持っているように見えるか?」


 その結果はこれだった。どうやら一樹は既に月奈との電話を終えていたらしく、スマホを持ちながら両手を上げて持っていないアピールを見せてくる。


 これで完全に望六は連絡を取る手段を絶たれてしまった。

 充電器を買いに行こうとしても部屋の出入り口には黒服の女性が二人待機している。


 そして明日には電話の使用が禁止される。

 更には使える電源コンセントがあるのかどうかも不明だ。……つまり詰だ。

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