第5話 休日の終わり
正直、ホッとしている。
じつは今日、ぼくは〈ぼく〉に会いたくなかったんだ。
だって考えてもみろ、
※二人のTSがバレると……
↓
・サッチもメガヨも「男かよ!」と相手してくれなくなる
・親もなんとなくよそよそしくなって家で肩身がせまくなる
・クラスではいっそう孤立する
・ウワサが広まってマスコミ殺到
…………わるいことずくめじゃねーか‼‼
ゾッとするね。
そう――ぼくたちを襲っているこの〈異変〉は、周囲には秘密でなければならないってのを、あらためて自覚できた。
(なんでドタキャンしたのか、そこは気にはなるけど)
あとで本人に確認しよう。
まーどうせ寝坊したとか、そんなんだろ。
それより今を楽しもうぜ。
男1女2の非対称勝ち組デートの、カラオケをな。
「~♪! ーー~ッ!!! ……!」
意外だった。
ショートボブ小柄妹系のサッチが、歌うときはソファの上に立つタイプだったなんて。
(しかも、絶妙にヘボい)
ちょうど愛おしくなるサジ加減の音痴具合。
これこれ。こういうのがいいんだよ。女子のこんな一面を、男子は見たいんだ。
ぼくのほぼ真横に、ソファをふみしめるサッチの白とピンクのしましまのソックス。
思わずクンカクンカしたくなるぜ……と妄想してると、
「は~~~~、この乙女の
しとる!
逆サイドから、メガヨがでかい体を横たえて、鼻を密着させる勢いで。
「♪♪、らら、~~~~ん」
いやいや、どうしてこの異常事態をスルーなんだよサッチちゃん。
なんでもない感じで歌い続けてるけども。
ノーリアクションでまるまる一曲完走するなよ。
(もしかして、いつものことなのか?)
なら、ツッコむほうがおかしい。
「やってるやってる」ぐらいの反応じゃなきゃダメなわけで。
(……しっかり見きわめなきゃな。友だち同士の距離感)
現在のぼくの至上命題は〈TSバレ厳禁〉なのだから。
「おらっ!」
立ったまま足元のメガヨをふむフリをする。
「もー、カヨちゃんはいつもヘンタイなんだから……」
「ワクぼうのおみ足は私に
「あるかー!」
よっ、と体を下げてソファに座り直し、ジト目でメガヨをみながら言う。
「反撃してやろうにも、そっちはくさいから嗅ぎたくないしなー」
「くさいって……私の足が?」
なんでうれしそうなんだよ。
「もっかい言って、もっかい」
この人、M属性もあるのか。まったくエロかったりエムだったり――
(有名人だったり、な)
昨晩、ぼくは目が飛び出るほどおどろいた。
これぐらい背がデカくて目立つと誰かつぶやいてるヤツがいるんじゃないかと、彼女の名前「
(おっ? 検索の名前のあとに〈高身長〉……? 〈きれい〉……? 〈次のパリコレ〉……?)
さらにしらべると、なんと彼女はモデルで、インスタもやってて数万人のフォロワーがいることがわかった。
ニックネームは『アマルル』。
ぼくはその
このカラオケ店にくるまでの短い道で、何回も声をかけられていたし。
メガヨがねぇ……。ただの
「言わないなら、おかわりー!!!」
「あっ⁉ ちょっ⁉ ばか、足をもちあげるなーーー!」
たまらん。
白のキュロットスカートからの〈白〉のチラ見え。
たまらん。
「はなせって!」ふりはらって、
「えっ!?」
「『えっ』じゃなくて」マイクをとってインタビュアーのように口元に向けてくる。「さっさと曲、曲。まず一曲目に
「お、おは……」
ヤバイ。
ナチュラルに追いつめられてしまった。
「あの、サッチさ」
「ん?」
――っ!
や待て。ダメだダメだ。
サッチに曲が何かを聞いてわかったところで、ぼくがそれを知らずに歌えなければ意味がないじゃないか。
むしろ、アヤしさが増すだけ。
「ううん、なんでも……ない」
「へんなの」
どーする?
とりあえずデンモクを受け取ったものの……
(ボケだ! ボケで乗り切るしかない!)
入力ミスってことで、どうだ?
ジャンルは演歌で……適当に……
【北の海の荒くれ野郎】
一瞬、しんとしたルーム内。
はじまった。イントロは尺八のみ。しぶいしぶすぎる。
笑いこそ起こっていないが……どうにかこれで……
「よっ!! 待ってました~!」
「遊希はほんとに、この曲が好きだにゃあ」
なーーーっ!!!??
うそだろ。この〈
そんな偶然ある?
(指が自然に選んだような感じは、あったかもしれない)
もしかして、体が記憶してたってことか?
くっ。うれしくない奇跡だ。
「…………やめた」
「えっ」
「な、なーんか今日はテンションがのらなくて」演奏を途中で停止する。「はい次次。じゃ、メガヨいってみよーー!!」
「えー。カヨちゃんはわけわかんない洋楽しか歌わないのにー」
と、二人で彼女をみると、むずかしい表情でスマホをみつめていた。
「カヨちゃん?」サッチが首をかしげる。
ばっ、とぼくたちのほうに向く。
アタマが急降下した。
「ごめん! まじごめん! おひらきにして!」
「どうしたの?」
サッチの問いかけに、下げた頭を上げる。
「居場所特定された。人がたくさん来るかも。ちぃぃっ、やっぱ変装しとくんだったなー」
まじ? そんなレベルの人なのか、メガヨは。
しかしこれはラッキー。
えーっ? の雰囲気をだしつつも、心では彼女にグッジョブ! と親指を立てている。
「しょうがない。出よっか」
「ユウちゃんの歌はおあずけかぁ……」
「またこよサッチ。ね?」
いっしょに駅まで歩く道で、
「不本意」とメガヨが腕を組んでつぶやく。「たのしいたのしい、どんぶりタイムだったのに~」
「どんぶり?」サッチが意味を知りたそうに、ぼくをみてきた。「どんぶりって?」
「あはは……」ぼくは愛想笑いでごまかす。
こんなエロい言葉は、サッチは知らなくていい。
たぶん
残念だったなメガヨ。どんぶりしたのはぼくだ。
さんざん堪能させてもらったぜ、おまえのニットを盛り上げる胸のラインと、スリムなパンツのおしりにときどき浮かぶパンティーの曲線を。
(あぶない橋ではあったが……楽しかったからヨシとするか)
帰宅して夕食をすませ、ベッドに横になる。
スマホをとって、
「今日、どうしたんですか?」
反応なし。
「急な用事でも?」
やはり反応なし。
しかし既読はついている。
なら、返してこないのはなぜだ?
「あのね」
きた。やっとかよ。
「さみしくなる気がしてさ」
「サッチとメガヨに、もう会えないと思ったら」
「ちょっと、ね……」
?
さみしい? もう会えない?
「
「なに? なにを言ってるの?」
「最初のときにも言ったじゃない。『もらった』って。あれはただの冗談だったんだけど――」
ぼくの目はスマホの画面にクギづけだった。
「わたしたち」
「もう元にはもどれない気がするんだよね」
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