第4話 不測の裏切り

 初日から気になっていることがある。

 それはスマホに登録されているともだちが、軒並のきなみ女子しかいないってことだ。かつ人数も少ない。

 ぼくなりに、その理由をちょっと考えてみた。

 まず交際範囲が女オンリーなのは、いまの〈ぼくの体〉こと神戸こうべ遊希ゆうきが幼・小・中・高一貫の女子校にかよっているせいかと思われる。いままで異性との出会いの場がなかったんだ。

 そんで、数が多くないのは単純に人見知りか、もしくは特定の子とじっくり深くつきあうタイプだからと想像できるだろう。

 ――なお、両親は最初からこの女子校に決めていたみたいで、家も〈徒歩圏内にある〉というのが購入の絶対条件だったとか。ちなみに母親めっちゃ美人。


 とにかくこのデータからみちびきだせるのは、


(〈ぼく〉は処女!)


 これ。これこそもっとも重要なポイントだ。極太ごくぶとのアンダーラインを引いておきたいね。

 ……まあ、じつは元カレがいて連絡先を消去したという可能性も、ないことはないけれど。

 でもって、


(〈ぼく〉は童貞?)


 という心配をしてしまう。

 日曜日のあの様子……まさか幼なじみの可奈かなと一線を越えたんじゃないだろうな?

 おいおい。

 笑えないぞ、本人の知らないうちに体だけ大人のオトコになってるなんて。しかもその相手が乱暴なツインテ女なんて。いや、ヤツのはたばねた2つのテールじゃないんだ、後頭部に下向きに生えた2本のツノなんだ。


(うーむ……)


 サッチとわかれて教室でイスにすわって、そんな感じで考えこんでいると――


 教室の空気が変わった。


 入り口で仁王立ちしている女子に、みんなの視線が一点集中。

 でかっ。足ながっ。頭ちっさ。

 スーパーモデル? あれ180ぐらいあるんじゃないか?

 なんかキョロキョロしてる。



「んー、遊希ゆうきはどこかなー。遊希、遊希っと」



 その言葉をきき、チラチラとぼくに視線が向きはじめる。

 たしかにぼくはユウキでユウキだけど。

 目が合った。


「!」


 ぱっと顔が明るく笑ったかと思うと、小走りでこっちにやってきた。


「遊希み~~~~っけ!」

 

 いや。

 いやいや。

 いやいやいや。

 出会って1秒でほっぺすりすりする? いくら友だちとはいえ……。

 だがいいにおい。よき感触。わるくはない。


「あの」

「なに?」

「胸、あたってる……よ?」

「なんだよぅ。よそよそしくしてー」


 彼女はゼロ距離で不満顔をみせる。

 いまだかつて、女子とこんなに顔が近づいたことはない。


「えっちのけいじゃ」

「あっ! ちょっ」


 スカートをめくってきた。

 お、おいおい。

 すごいパワーだ。細い腕なのに。このままだと、クラスメイトにセクシーなひもパンティがさらされ――――


「やめな、アマルメ」

「いてっ!」


 長身女子が誰かに頭をたたかれた。

 たたいたのはクラスのリーダー格の女の子。武器はたぶん、右手に持った学級日誌。


「うちのガッコのルールだろ。昼休み以外クラスがちがう生徒は入室不可」

「うっせーな」

「逆ギレとか……ほんとアンタは中学のときから態度わるいんだから」ぎろっ、と冷たいまざさしがぼくに向いた。無言。あきらかに「こいつはおまえがどうにかしろよ」の目つき。


 ぼくは立ち上がって、メガヨの手をひいた。

 彼女の名前は、余目あまるめ賀代かよ。昨日スマホのプロフィールでしらべた。


「はなしてよ遊希。まるで逃げてるみたいじゃん」

「いや……」


 ぼくは彼女に説明した。

 クラスでハブられて孤立していることと、これ以上面倒は起こしたくないことを。


「へー。私が留学してる間に、そんなことになってたんだー」

「だからさ、あんま目立つことは……ね?」

「これはほっとけない!」前に出て、肩ごしにぼくをふりかえる。「きて!」

「え、えっ? えーっ?」


 なんだ。いきなり。どこへ行こうとしてるんだ。

 この勢い。まさかクラスに殴り込みとか?

 でも進行方向がおかしい――

 やってきたのは女子トイレだった。


「あの……」

「いいからいいから」


 まわりの視線もかまわず、彼女はぐいぐい背中を押してぼくを個室に押し入れる。


「どうしてこんなところに?」


 ぼくは彼女を見上げた。

 メガヨの容姿を早口で言い切るなら、超長身デコ出しセミロング外ハネ赤フレームメガネ女。

 美人だが、その顔は――やばいぐらいサカっている。ほんのり赤面してて息も荒い。


「なぐさめっクス」

「はぁ!!??」

「いっしょに一時間目さぼろ? ね?」


 ぎゅっと抱きしめられた。

 そして顔をはなして、


「痛くないから。バニラだからバニラ」

「ほ、本気じゃないよね? ここ学校だし」

「バ~ニラバニラ♪」


 へんな歌を口ずさみながら、ぼくのブレザーのえりに手をかける。

 こいつマジだ。脱がせにかかってやがる。

 くっそ……こうなったらドサクサにまぎれてこっちもおっぱいぐらい揉んでや……


「ん?」


 突然メガヨが首をかしげた。さわろうとしてるのがバレたのかと、ぼくはあわてて胸元にスーッとのばしていた手をとめる。


(あっ)


 ブレザーの中でスマホが振動している。

 なんとなく、これは天の助けのような予感がした。


「ごめん。ちょっとまって」

「は・や・くぅ。どうせこんな時間、迷惑メールとかだよ~」


 画面をみた。

 着信!

 電話だ!

 衝撃をくらったのは〈電話〉ってところじゃなくて、かけてきた相手のほう。



「おおーーーーーーーい‼ 元気してるーーー?」



 女子トイレの中にひびく男子の声。

 ぱっかーん、とメガヨの口が大きくあいた。

 あっけにとられて、絶句している。


「昨日夜中に何回もラインくれたんだねーー。ごめんねーーー。盛大に寝落ちしてたわーーー」

「…………よ、よ、夜中に何回もライン……?」

「なんか緊急だったのカナ? 時間ないんだけど、ちょっとぐらいなら今いけるぞーーー」

「男……どこかの男が、私の遊希と……」

「メガヨのことでしょ?」


 そこでいったん息を吸い、次の言葉を3倍の音量で言った。



「あの子はただの痴女ちじょだからーーー!」



 ピシッ、と彼女の全身がうすい氷におおわれたように見えた。

 マネキンのようにストップしている。


「あれっ? もしもーーーし、もしもし? ……んー電波がわるいみたい。また今度でいいや」


 ププッ、と通話終了の音が鳴った。

 でかでかと画面にでている〈阿辺あべ勇気〉の文字。

 たしかにラインはした。彼女から「メガヨ」の情報を聞きたかったからだ。だが全然既読がつかなかった。


「遊希に男男男に遊希」 

「あの、メガヨさん……じゃなくてメガヨ? 大丈夫?」

「知らない男子に痴女っていわれた知らない男子に痴女っていわれた知らない男子に痴女っていわれた」


 いかん。

 精神が完全に崩壊している。

 しかし、思ったより立ち直りははやかった。


「チ」

「チ?」

「チンアップ…………こんなときこそ、チンアップっ!」


 ぼくは思わず彼女の下半身をみた。

 あるはずもない〈チン〉が、そこにあるのかと思って。


たいらだな)


 制服のスカートには不自然な盛り上がりはない。

 視線を上にもどしたら、ぼくと同じような角度で彼女のあごが動き、メガヨは天をあおいだ。

 

「ゆるさねぇ! いうに事欠ことかいて痴漢の女バージョンだってぇ~~~? 私が満員電車で遊希と体が密着してハァハァするとでも思ってるのかっ!」


 するだろたぶん、十中八九。

 視点が下りて、ぼくをみる。


「遊希!」

 イヤな予感を感じつつも「……なに?」と返事せざるをえない。

「さっきのヤロウは彼氏? つきあってるの!?」

「や、そういう関係じゃなくて……」

「じゃあどんな関係?」


 ぼくは無難に答えることにした。


「友だちだよ。友だち」

「リアリー?」ずいっ、とメガヨの顔がどアップになる。光の反射で、レンズの部分が真っ白になった。

「ウソつくわけないじゃん。ね?」

「じゃあ私もウソはつかない。私、こいつのことが大っ嫌い!」


 それでいいのか? 中身はキミの大切な友だちだぞ?

 ま、フォローしとかないとな。


「悪気はないと思うよ。ただの冗談ていうか」

「…………ゆるさないから」


 チャイムが鳴った。


「ダメ。おさまらない。クソ文句いいたい」

「えっ」

「お願い。さっきの阿辺って子に会わせて? 直接、私は痴女じゃないって反論したいの」


 会う?

〈ぼく〉に?



「カヨちゃんがプリプリしてる」

「うっさい。ワクぼうに私の気持ちがわかるか!」


 放課後。

 ぼくたちは三人でファストフード店に寄り道していた。

 サッチはぼくにつきあって吹奏楽部を休んで、


「ユウちゃんといっしょがいいよ」


 と、うれしいことを言ってくれた。

 日に日に彼女が天使エンジェルにみえてしょうがない。ショートボブのキューティクルに、ときどき〈天使のわっか〉もできてるし。

 この心の支えだけは、ぜっったいに失いたくないね。


(かりに……ぼくが男にもどってコクっても相手にされないと思うと、ちょっとせつないけどな)


 なおメガヨは、


「部活より遊希」


 と問答無用で帰り道についてきた。プロフィールでは所属は〈バスケ部〉となっている。 


 ただ、だらだらとおしゃべりするつもりが、店を出るころにはこんな結論になっていた。



 ――今度の日曜日に、三人で阿辺クンに会いにいこう。



 そして当日。天気は秋晴れで快晴。


(あれ……?)


 おかしい。

 事前に連絡してOKをもらって待ち合わせていたはずなのに、

 時間になっても、一時間がすぎても、約束の場所に〈ぼく〉があらわれない。

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