第3話 伏兵の出戻り

 いまさらだが不思議だ。

 自分を他人のように見たことなんてないから。

 遠くはなれたところに〈自分〉が、たしかに存在している。


(ついに連絡がきたぞ……)


 カッと日曜日、すなわち昨日の光景がフラッシュバック。

 要約するとこう。


・ぼくがイケメン(のオーラをまとった男)に魔改造されていた

・幼なじみの狂暴なアイツをなぜか家につれこんでいた

・〈阿辺あべ勇気〉をもらった宣言をされた


 いやいや急展開すぎるだろ! TSの日から昨日までまだ3日ぐらいしかたってないんだぞ? こっちは友だちとの会話にもマゴマゴしてるっていうのに。

 強者つわものか? 物事に動じない勇者なのか?

 えーい、気圧けおされるなぼく!

 主導権は、こっちがとるんだ。


「はじめまして」

「どうだった?」


 な?

 ソッコーでメッセージが返ってきたが、意味が不明。


「どう、とは」

「きれいだったでしょ? 自信あるんだー」

 

 まさか。


「私のハダカ、たのしんでくれたカナ?」

「スミズミまで、あんなトコまで……うう……もうおヨメにいけない😭」

「あれ」

「おーい」

「フリーズしちゃった感じ?」

「べつに気にしてないからいいよー😊」


 たてつづけに彼女からのメッセがくる。

 どうしたもんか……。

 恥じらいもなくハダカはどう? って、この人、こんなキャラだったのかよ。


「あんま時間ない」

「ある女の子に追われてて、いまトイレにいるの」


「えっ」

「偶然、ぼくもトイレの中だ」


「シンクロじゃん😲」

「キっセキ~~~」

「とか言ってる場合じゃなくて」

「サッチをよろしくね。私のスーパーウルトラメガ親友だから!」

「じゃ、また👋」


 一方的に終わった――と思ったら、


「ときどきフィンガーロックしてあげると、サッチはよろこぶよん」

「ヤツはプロレスマニアなのだ」


 と追伸ついしんが。

 なんだったんだ……。嵐のようにおとずれて、過ぎ去ったけど。

 ふぃんがーろっく?

 ぼくはスマホでググってみる。


(あーはいはい、これのことか。でもあんな小動物系の子が格闘技好きなんて意外だな)


 さておき、さしあたっては――


(吹奏楽部には出れない……かといって仮病はつうじないだろうし)


 まあいい。

 出たとこ勝負だ。

 とりあえず彼女と二人きりになろう。


「お……おまたせ、ごめんね待たせちゃって」

「全然いい」


 あれ?

 トイレを出たとこで待ってたサッチは、それほど怒ってない。急に逃げ出したのに。逆に、めっちゃ心配そうだ。眉毛が〈八〉の字になってる。


「ユウちゃん大丈夫だった? ちゃんと持ってた?」

「へ?」

「生理用品。……じゃなかったの?」


 そっちか。

 助かる。いい誤解をしてくれた。


「いや、うん、もう平気」きっ、とぼくはサッチをみつめた。「ねえ、大事な話があるの。静かなところに行けないかな?」

「………………」体感1分ほどの、ロングジト目。「朝のあの話だったら、ヤだよ」

「ちがうちがう!」

「んー、だったら」


 ぼくを案内するようにサッチが前を歩く。

 しばらくついていったら、


「ほい。ここなら誰もいないぞ」


 両手を腰にあてていう。

 この学校に不慣ふなれなのでよくわからないが、どこかの校舎の裏の人気ひとけのない場所だ。こっちをみる視線もない。


「ほれほれ、はよせい。二人っきりでこんなとこにいたら、告白かと思われちゃうんだから」

「え、えーと」


 ぼくはサッチをみた。

 秋の夕方の風がさーっと吹きわたる。

 キャラメル色のブレザーに赤いリボンタイと、赤系チェックのプリーツスカート。

 かわいい制服だ。

 これをかわいい子が着たらまさに無敵といえる。

 サッチもなかなか、いい。くりっとした目にボブカットが良く似合っていて。

 急にムラムラしてきた。


「おっぱいさわっていい?」

「……」

「あ、ウソ! ウソだから。いきなり深刻な話されてもこまるかなと思って……」


 頭脳をフル回転。

 はじき出すべきは、ぼくが吹奏楽部にいかなくていい理由。


「じつはその、あの、ふ、吹けなくなったんだよね、フルート」

「えっ? それほんと?」

「なんか、スポーツ選手のアレみたいな……そうだ! イップス! イップスになっちゃったの」

「……」


 彼女は無言でスマホをとりだした。

 しらべてる。めっちゃしらべてる。

 やばいぞ。

 やはり無理があったか、さすがに楽器の演奏にイップスなんて……


「うわ、ほんとにあるんだ。あはは……疑ってごめんね~、ユウちゃん」

「あるんかい!!!」

「へ?」


 あわてて口をおさえた。

 だが、ついてる。

 口から出まかせが、真実になったぞ。


「そ、そんな感じでさ、当分、部活には出れないの。みんなには、よろしくいっといて」

「まじかー。さびしいじゃん。私もズル休みしよっかなー」


 友だちをヘコませてしまったようだが、どうにかうまくいきそうだ。

 元気づける代わりに、このタイミングでやってみるか。


「サッチ、ヘイ、カモン」


 ニギニギした両手を彼女の胸の高さにあげた。


「もしかしてフィンガーロック?」

「そう」

「今そんな気分じゃ……えーーーい!」


 がっ、とサッチがぼくの指と指の間に指をいれる。

 左右の手がつながった。

 そのまま上に動かしたり、下にもっていったりする。

 ニコニコしててとてもうれしそうだ。

 しっとり、すこし湿り気のある女子の手とガッツリ接触。

 ひかえめに言って――最高かよ!


(よし。部活の問題OK。友だちもOK。これで当面の間は、いけるかな……)


 あとはTSだけか。

 クラスでハブられてるのも、問題といえば問題なのだが。


(女子の人間関係はむずかしいからなー……できるなら、なんとかしてあげたいけど)


 下手にうごくと余計わるくなるおそれもあるし。

 さわらぬ神にタタリなしか。

 ところで今夜は、所有している中でもっともセクシーと思える下着をつけて鏡の前に立っている。

 胸に谷間をつくったり、鏡におしりをむけたまま上半身をひねったりしてみたが……


(だーっ!!!! ぴくりともしねー!)

 

 地団駄じだんだをふんで髪をワシャワシャする。

 いくら見たってヨーロッパの絵画を鑑賞しているような気がするばかりだ。一ミリもそそられぬ。ぐぬぬ。

 そこでスマホがカタカタした。


神戸こうべさんか?)


 ちがう。

 知らない人からのメッセージ。

 アイコンは白い……これは百合の花か。

 ぼくは目が点になった。

 あるいはこれは、天から垂れた蜘蛛くもの糸なのか?

 


「そろそろアタシとする気になった??」



 名前は「メガヨ」とある。

 え? これ本名?


「するって何を」

「えっち」


 ストレート! ど直球!


「私たち、女の子だよ?」

「えっち」

「本気でいってる?」

「えっちえっち」


 いやなんで相槌あいづちみたいにその言葉をつかってるんだよ。 


「短期留学の間、ずーっとそのことで頭がいっぱいだった」


 留学?

 ぱぱぱ、とメッセージの三連発があって、


「今日帰国したばっかなのに」

「明日から学校いけとか」

「うちの親、マジ鬼」


 そして「メガヨ」は、こんなメッセージでやりとりをしめくくった。


遊希ゆうき!早くえっちさせて♡」

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