第2話 友情の交わり
その日の晩。
ぼくは自室でマッパになっていた。
一糸まとわぬ、生まれたままの姿。
(……)
鏡でみる。ガン見。べろんべろんに、なめるようにみまくる。
が、むなしく、ただくやしさがつのっていくばかりだった。
(くっそーーーーっ!!!!!)
ぼくは寝転んで足をバタバタさせながらグーで床をたたく。…………下の階にいる彼女の親にうるさいと怒られたらマズいのでソフトタッチで。ともかく、そうでもしなきゃこの無念にやり場がない。
……いや冷静になれ自分。
考えてみれば当たり前じゃないか。
かりに自分の体をみてハァハァするとしたらどうなる?
そのパッションを正しき手段で処理したとて、終わっても至近距離にはオカズがあるわけだぞ?
つまり――
(性欲の永久機関か)
そうなってしまわないために、人間は《自分の体》に興奮しないようになっているんだ。ブレーキみたいなもんだ。
サギだ。これはサギ。
気持ちぃーーー、くならないんなら、TSした意味がない。一体なんのための性転換なんだ。
いまのぼくに必要なのは、ええい、はっきり言って快感だ快感! うっとりするようなすっごいヤツ!
ハダカになってるついでに、ぼくはとうとう、この体で〈こころみる〉ことにした。
そして戦うこと30分。
(あれ? なーんか、ぜんぜん『こない』ぞ)
ベッドの上で体を〈く〉の字に折って、おそるおそる入り口付近をさわるが、たださわっているという感触があるだけ。
そんで、意を決して指先で奥に分け入ってみるも――
(気持ちよくない……。というか、逆にちょっと痛い気がする)
こんなもんなん?
男のアレみたいに簡単じゃないのか?
(くそっ)
ぼくはベッドから起き上がって、すみやかに下着とパジャマを着た。
彼女――
白を基調にしていて、いかにも清潔な感じ。勉強机がなくて、その代わりに化粧台がある。
一番目をひくのは、ベッドにもたれている特大サイズのモフモフのクマのぬいぐるみだ。
そいつのとなりに座って、ちょっとスマホで調べてみた。
(ダメだ。検索しても、肝心なところはわからない)
モザイクやぼかしが入ってるから。
こうなったら、しょうがない…………
「相談?」
翌日。
さわやかな朝にふさわしくないワードでぼくは切り出した。
「オナニーってどうやってる?」
「ばっ!!!!??」
ヘッドロックのように首に腕を回され、手で口をおさえられた。この子、小柄なのにけっこう力がつよい。
「ばかーっ! なにいってんのよ、ユウちゃんてば!」
やっぱり教えてくれなかった。
しかし赤面しているところをみると、知っているのはほぼ
ぼくは口をふさぐ手をとり、真剣な目つきでいう。
「教えて。まじで。ま・じ・で!!!」
「……うっ、このなぞの迫力……下ネタなのに下ネタじゃないみたいな……」
「サッチ」
ぼくは彼女をあだ名で呼んだ。
この黒髪ショートボブの女子は
「サッチ! お願い!」
「そんなお願いあるかー!」
すたすたと先に歩いていってしまう。
なにくそ。
ここがたぶん、ぼくのTSの正念場だ。
「このとおり!」両手を合わせて頭を下げる。「ね?」片目だけあける。
「だから無理だって~」
「そこをなんとか」サッチの手をにぎる。やわらかい手だ。
「うーん……は、恥ずかしいよぉ……。口で説明できることじゃないし……」
「じゃあ実際に、やってるところを見せて下さいっ!」
「クルってんのか、てめえ」
きつい言葉とは反対に顔つきはやさしい。友だち同士の会話という感じだ。
(ムリか)
まあ、期待はしてなかったけどな。
女子が恥ずかしがるところがみれたから、ヨシとしておこう。
「じゃあね~」
「うん。バイバイ……」
今日も今日とて、ぼくはクラスの前で上下左右にゆれるボブと彼女のちいさい背中を見送った。つぎに会えるのは放課後だ。
ここからは超絶ぼっちモード。〈神戸遊希〉は、教室の中じゃ孤立してるから。救いなのは、ぼくは〈男〉だったときに一人で一日をすごすのに耐性をつけていたことだ。ふっ。こんなのちっとも苦じゃないぜ。
まわり全員女のハーレム環境だと思いこめば、天国だよ。
お昼になった。
(便所メシってのは、ぼくのプライドがゆるさないんだ)
それにぼくは〈女子〉じゃないから、女子トイレにあまり長くいるのもうしろめたいし。
そこでこれ、
(風が気持ちいいー)
非常階段メシである。
うまっ。めっちゃうまい、この弁当。プロかよ。ピーマンの肉巻きやほうれんそうのごま
もちろん完食。
「ふー」
ごちそうさま、の「ご」を言いかけたところで、上から声。
「こんなところにいたんだ」
「……あ」
一瞬やばいと思ったが、なんのことはない、ぼくの味方だった。
サッチだ。
ぼくのとなりに、スカートを両手でおさえながらおしりを下ろす。
「お昼一人でさびしいならさ、私のクラスにきてよー。先週まではきてたのに」
「えっ⁉」そういわれても、ぼくは先週の後半(TS以後)からしか知らない。「そ、そうだっけ……?」
「そ、う」と、彼女は小ぶりなピンクのくちびるをつきだす。「なーんか、朝のこといい、ここ最近もそうなんだけど、どっかユウちゃんおかしいよねぇ」
「あはは……」
愛想笑い。
いや待て……
これまさかピンチ?
正体がバレる流れ?
「ところでさ」
「は、はい?」
「部活、今日でるでしょ? 私のクラスのほうがはやく終わるから――」
ぼくはサッチをさえぎって質問した。
「部活?」
「そう」
「なに部?」
てい、とぼくの頭にチョップ。
「記憶喪失にでもなったのか、おまえは」
「いや冗談冗談」
「っかしいな~。こんなにボケる子だったかな、ユウちゃんって」こめかみに指をあてて首をかしげる。「まっ、いいや、そっちの授業が終わったらむかえにいくからさ。それにしても、キビい話だよね」
「キビい?」
「ほら、近所の人たちからクレームがきたとかでさ、私たち一年は外でやれなくなったじゃん。だから音楽室を改装して広くするからって、それが終わる先週いっぱいまで部活が休みで。まったく……大会も近いのに」
音楽――吹奏楽部か?
おい。
ぼくは楽器なんて一つもできないぞ。
「サッチ!」
とうとう放課後になってしまった。
「どしたん? ほらほら、いこうよユウちゃん」
背後にまわって背中をおしてくる。
「久しぶりにききたいなー。きれいなフルートの音」
フルートだって?
トライアングルとかならともかく、テクニカルすぎ。無理ゲー。
「く、口笛じゃ……ダメかな?」
「ダメにきまってんじゃん」
――――どうする?
「ちょっとトイレ!」
友だちをふり切ってぼくはダッシュした。
(まずいな……)
個室で頭をかかえていたぼくに、さらに頭をかかえることがやってくる。
バイブしたスマホの画面をみたら、こんな表示が出ていたんだ。
◇
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