二人のユウキ ♂♀

嵯峨野広秋

第1話 勇気の横取り

 霧が晴れたとき、ぼくは女になっていた。

 女の子ではなく〈女〉。

 このムチムチしたふとももと、ややひかえめながらも確かな重量感をもつバストは、すでに子どものそれではない。視点の位置も数センチ高くなった気がするし、長い髪は先端がカールしていてオトナっぽい。

 で、身につけているのは知らない学校の制服。キャラメル色のブレザーに真っ赤なリボンタイ、チェック模様のミニスカ。

 ん? いや――――


(これって……有名な女子校のヤツだ)


 キモっ!

 秒でどこの制服かわかった自分キモっっ! ……というのはさておき……

 どうしたらいいの!!???

 そでを鼻に近づけてクンクンしてたって問題は解決しないぞ。


(ぼくが女)


 いわゆるTS? もしかしたら性別だけがクルっと変わるのをTSと呼ぶのかもしれないが、ぼくはぼくの女子Ver.などらぬ。女装してかわいくなるような見た目じゃないからな。中にはしれっと美少女化してるってケースもあるけど。とにかく、もし現実にTSが起きるのならば、かわいくなるのが一番、かわいいが至高、キュートis正義ジャスティス、そう思っていたんだ。

 って、いやいや、


(実現すんなやTS……ひくわーーー)


 といいつつ、この胸の高鳴りはどうだ。

 彼女がいるどころか、デート童貞、バレンタインの本命チョコ童貞、直接はおろか間接すらキッス童貞――というフルセットのえなさすぎるぼくに、思いがけない〈ごほうび〉がきた。

 ふと、


(スクバ? この人のか?)


 足元にあったそれをひろって、おもむろにジッパーをあける。

 めっちゃ、ぎゅうぎゅう。中身はパンパン。

 ぼくはまず、鏡――自分の姿を映せるものをさがして、とりだした。


(っっ~~~~~~~っしゃ!!!)


 文句なし。

 これで文句つけちゃ、バチがあたるよ。

 目元や目尻が定規じょうぎでひいたように直線的ですこし冷たそうな印象はあるが、はっきりした二重まぶたで、まちがいなく美人といえる顔だ。

 テンションあがるぅ。

 ぼくは両手を合わせて、ちいさくお辞儀をして、さっそく……失敬してパ、パンツを………………



「おーはー」

「え!? ぼく、じゃなくて、わ、私――ですか?」


 朝の学校の正門前。

 うしろからぽんと肩を叩かれてふり向くと、ショートボブの女の子がいた。

 この〈ぼく〉に対する親しげなまなざしはたぶん……まちがいないとは思うけど。

 もう一度、


「私?」


 と念をおした。


「おろっ? 人まちがいしちゃった?」


 すこし首をかしげて、ゆっくりぼくの体のまわりをまわる。

 360度からしっかりと観察したあとで、


「てい」


 かるく頭にチョップされた。そして目線がまっすぐ合う。背丈は、向こうのほうがかなり低い。


「どこからどーみてもユウちゃんじゃんよ!」

「あはは……ですよ、ね?」

「もー朝からボケてくれて…………あ⁉ そうじゃなくて! これ大変だ!」


 なんだとっ!!??

 まさか、こんなにもはやくニセモノというのがバレ――――


「ほい」


 グーにしてつきだした手をパーにひらく。

 そこには丸く黒いヘアゴムがのっていた。


「うちルールがキビいんだから、ダメだよぅ。ユウちゃんぐらいロングの子はさー」ぼくの背後にまわる。なんか髪をつかまれた感触がある。「よしできあがり。うん。ちゃんとこうやってまとめとかないと先輩がうるさいんだよ~」

「あ、ありがと」

「二年になったら多少ユルくなるみたいだから、それまでがんばろ。ね?」


 なるほど、そんなローカルルールがあったのか。

 女子校ならではなのか……この学校だけなのか。

 早起きして服装チェックにひっかからないように、身だしなみはちゃんとしたつもりだったけど。


(これは一筋縄ではいかない予感)


 潜入ミッション、オプションで〈クラスメイトの着替え〉アリかも? とかいってる場合じゃなさそうだ。

 気をひきしめないと。

 それに、なにか粗相そそうがあると〈体の持ち主〉に迷惑をかけるからな。



「ユウちゃんがクラスで大変なのも、学年が上がればなんとかなるから」



 ――え?

 去りぎわに彼女はそんなことを言った。ボブカットをクラゲみたくゆらしながら遠ざかる背中。

 大変……。ぼく、じゃなくて、〈この子〉が、だよな。

 廊下の窓ガラスにうすく映っている自分。

 いい。

 いいね。

 いい女だよなー。

 てか、さっきの友だちは同級生じゃないのかよ。

 しかもこんなオトナな雰囲気なら二年か三年だと思ってたのに、〈ぼく〉と同じ高一だとは。


(とにかく教室に入るか)


 で、すぐにさっきの意味を理解した。まずとなりにいた子にアイサツすると、


「……」


 無視!

 前の子も「……」。うしろの子も「……」。おまけに斜め四方向の子も「……」。

 このクラスは無口な子が多いんだなぁ、じゃなく、


(ハブだーーーーーーーーっ‼)


 ぼくは心の中で絶叫した。

 なるほどな……こりゃたしかに『大変』だしものすごく『キビい』よ。

 ま、とはいえこの体に長居ながいするわけじゃないし。

 へんにチヤホヤされるリーダーポジより、これはこれでアリかな……。 


(それより、ぼくの本体に会いにいかないとな)


 頬杖をついて退屈な授業をききながら、ずっとそのことを考えていた。

 昨日のいきなりのTS。それはいい。そしてパンツをみて衝撃を……いや、このショックのことはあとに回そう……次に考えたことが〈ぼくはどこだ?〉ということである。

 スマホや手帳をもとに調べたところ――


とおっっ!!!)


 なんと、ぼくの家は電車で行かなければいけないほどはなれていた。

 快速にのって三つ向こうの駅。

 とてもじゃないが、学校がある平日にはいけない。


 そう。

 今日のように、日曜じゃないとダメなんだ。


(うわー、久しぶり感がすごいなー)


 たった三日いなかっただけなのに。

 最寄りの駅に、むかしかよった小学校に、よくつかうコンビニ……当たり前だがなにも変わっていない。


(さて)


 ぼくは帽子のつばを下げた。大きなブルーのリボンつきの、ベージュのおしゃれ帽子。

 かくれたりコソコソする必要はないんだが、まあ、ノリだよなノリ。


(ご対面といくか。向こうも、突然〈本人〉があらわれてびっくりするだろう。ちょっとリアクションが楽しみだ)


 ぴーんぽーん、とききなれたインターホンの音。

 ドアがあいた。

 この時間帯、親父はリビングのソファからテコでも動こうとせず、お母さんはスーパーに買い物にいっている。

 自然、来客の対応は一人っ子のぼくになるって寸法だ。


「……」


 こっちをじろじろみている視線を感じる。

 今だ。「ばぁっ!」とばかりに、いきおいよく帽子をとってやった。


 びっくりしたのは、ぼくのほうだった。



「……どちらさま?」



 なーーーっ!?

 な、な、な……。

 キミだろキミ! この、すずしい目元の美人さんは、ま・ぎ・れ・も・な・くキミだろって!!!

 それともまさか、うそだろ、ぼくの体には〈彼女〉じゃないべつの人が――――


勇気ゆうきー。どしたのー?」

「いや、なんでもない」


 階段の踊り場から、ぼくの幼なじみが顔をだした。

 ぼくはあわてて、自分の家から脱出する。


(あれは可奈かなか? 中学ぐらいからソエンだったのに、なんで……)


 見まちがえるはずもない。

 あの先端がトガった八の字型のツインテールはヤツだ。

 どうしてぼくの家にいるんだ。あの〈猛獣〉が。

 もう一つのおどろきは、自分こと阿辺あべ勇気の変わりよう。

 お気に入りのマッシュルームカットがバッサリやられていて短髪で、態度も背筋を伸ばして、発音もハキハキで、人との対応もおちついていて、勝ち組オーラがすごかった。


(と、とにかく、もっかい……)


 インターホンのスイッチに指をのばす。なつかしいあの有名なSF映画みたいにプルプルふるわせながら。

 接触まであと一ミリのところで、



「なあ。神戸こうべ、神戸遊希ゆうきっ!!!!」



 二階のぼくの部屋の窓がひらいて大声。

 びっ、と〈ぼく〉は自分の胸を指さした。どこか勝ち誇ったような表情で。



「これ、おれがもらったからな!」


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