第一章:決意

知らない世界

 目を開いた少年の視界に飛び込んだのは、

見た事のない天井や装飾品だった。


生まれてから一度も

感じたことのない空気感。


自身の身体を包み込む柔らかい感覚。


はっきりとしない意識であっても、

その場所が自身の故郷、

クライヤマでないことは明らかだった。


「ったた……僕は……」


ゆっくりと上体を起こした。


途端に、

直近の記憶がフラッシュバックする。


「ううっ‼」


思い出したくない悪夢が、

再び彼に襲い掛かった。


ボロボロにされた少女。


離れていく岩戸。


また泣いてしまいそうになった少年だが、

誰かの声によって涙は垂れずに済んだ。


「お目覚めね」


聞き覚えのある声が耳に入った彼は、

まだ覚醒しきらない脳で必死に記憶を探った。


「貴女は……」


クライヤマで、

彼——ユウキを救出した女性だ。


有事でないためか、

今は戦闘用装備を身に着けていない。


あの時は鎧で見えなかった、

長い金髪と透き通った青い瞳が、

その姿を印象付けた。


ただ、腰にぶら下がった

剣だけが異物感を与える。


「何日も目覚めないから、心配したわ」


「そんなに……」


「一応伝えておくと、

ここはという国よ。

私はそこの、騎士団の一員をやっているわ」


騎士団員であると言うこの女性に

命を助けてもらったユウキは、

しかし、彼女に対する恩義は感じていなかった。


「なんで、助けたんですか?」


「……君が、生きていたからよ」


「そう、ですか」


放っておいてくれれば良かったのにと、

ユウキは心中で毒を吐いた。


「目覚めてすぐで悪いけど、

君にはいくつか話をしないといけないわ」


「話……?」


「ええ。主に……と言うか全て、

ネガティブな知らせだろうけど」


「……」


「まず、クライヤマの生存者は

君一人だけということ」


「僕だけ……。

僕と同い年の、女の子は見つかりませんでしたか?」


ユウキは、ダメもとで訊いてみた。


「……残念だけど」


「……」


彼とて、返ってくるであろう言葉は分かっていた。


仮に見つかったとて、

既に手遅れだと言う事も、理解していた。


「次に、君も見たでしょう? 

あの日以来、バケモノたちがクライヤマ以外の

場所でも目撃されているわ。

おそらく、あの場所から流出したのでしょうね」


「……」


「もう一つ、月について」


「月?」


「ええ。あの日、突然月が落ちてきたのよ。

何が起きたのかは、私たちも、誰も分からないわ。

なにせ問題だらけだから」


「問題?」


「その窓から、景色を見てみて」


そう促されたユウキは、恐る恐る従った。


「……あれは?」


平原や綺麗な山が見えたが、

同時に、異質なものも観察された。


だ。


「月が落ちた直後、あの鎖が月からのびて来たの。

月を中心に考えると、東西南北に一本ずつ、

クライヤマに一本。合計五本の鎖が、

地表に刺さっていることになるわね」


「それって、つまり」


「そう。現在、

のよ」


「まあ確かに見慣れない景色ですけど……」


ユウキは、窓の外を見て思ったことを素直に言った。


「幻想的で良いじゃないですか」


「ふふふっ。意外とメルヘンな事を言うのね」


「メルヘンな出来事を、目の当たりにしてますからね」


「……。けど、そう言う訳にもいかないの」


柔らかい雰囲気を持っていた彼女は一変。


いたって真剣な表情で述べた。


その変化を感じ、ユウキの視線は女性へ。


「先日——君を連れ帰ったあの日ね。

クライヤマに行った騎士の証言をまとめると、

バケモノは突然、何もないところから

湧いたと言う事になるの」


「……?」


「けど、クライヤマ以外で

そんな現象は確認できない。

つまり——」


「バケモノの出現に、月が……

って?」


「間違いない、とまでは言わないけれど……」


——間違いないだろ、どう考えても


変に誤魔化そうとする思案が、

かえってユウキを苦しめる。


「……話はこれで全部よ。無理しないで、

まだ休んでいても——」


「ここで休んでれば、忘れられます?」


ユウキは再び、女性から外へと視線を戻した。


「私はね、騎士として人が死ぬところを

たくさん見てきたつもりよ。

だからこそ、生きている君を

見捨てることは出来なかったの。

その結果、君が私を憎むなら

……私は一向に構わないわ」


毅然とした態度で、

凛とした立ち姿で、彼女はそう言った。


「そう、ですか」


「……退屈だったら、

城内を練り歩いてもいいからね。

話は、通ってるから」


そう言われて、ユウキはハッとした。

自身の服装が変わっていたからだ。


「僕の服は?」


「服? 随分と汚れていたから、

洗濯に回してあるわ」


「懐に、首飾りがあったでしょう?」


女性は一瞬、

記憶を探るような動作をして、

再びユウキに向き直った。


「ああ、確かにあったわ。

随分と綺麗な物だったわね」


「良かった……」


「そんなに大事な物なの?」


失くしていないことに

安堵したユウキに、女性が問う。


「あれは……大事な、

大事な、形見なんです」


「形見……。ご家族から?」


「いえ」


ユウキはベッドから降り——


「リ……日の巫女から」


——少し、寂しげな声色で答えた。



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