「よし、ここで良いだろう」


 当初の予定とは違った形ではあったものの、衣ちゃんをゴーストドールから離す事には成功した。

 よって、僕達がすべき事はあと一つ。


 かつて、葉隠一家を襲った強盗殺人犯であり、このゴーストドール怪談の黒幕であるこの男を――祓う事だけだ。


 それを行うのに相応しい場所を探していた僕達は、警察署から十五分程離れた場所に公園を発見。

 この公園で、この一件を終わらせる事にしたのだった。


 衣ちゃんが抜け、となったゴーストドールには今――その男が表に出て来ている。


『ぐがぁー! ぐごぉー! ぐがぁぁーっ! むにゃむにゃ……』


 凄いイビキをかいて爆睡していた。

 自分が今置かれている状況を、知りもせずに……。


「……というか、本当にこの男の方が、この人形の身体の主導権を握っていたのね……許せないわ……」


 イビキをかく際には、しっかりと口が開き。

 その鼻からは鼻ちょうちん。

 痒い所はポリポリとかくし。

 寝返りだって自由自在だ。


「衣さんなんて……泣く時すら、何も動かせていなかったのに……冗談じゃないわ! おいっ! 何寝てんの――」

「待て龍子、気持ちは分かるが、まだ起こすな」

「でも兄貴っ!」

「確かに衣ちゃんがこの人形内からいなくなったとはいえ、まだ呪いは有効な可能性がある。この糞野郎をどつくのは、竜生に掛けられた呪いの有無を確認してからだ。呪いをかけられたまま霊を除霊してしまった場合、なけられた者の身に何が起こるかは、知っているだろう?」

「そ……それはそう……だけど……」


 霊の呪いについて話そう。

 例えば、ゴーストドールに呪いをかけられたAという人物がいたとしよう。

 Aの知り合いには、たまたま除霊師が居たので、その除霊師Bに除霊を申し込んだとする。

 Bはそれを引き受け、即座に除霊を実行。

 この場合、ゴーストドールの除霊は成功するものの――除霊当時に呪いを受けていたAは、ゴーストドールの霊と一緒にあの世へ連れて行かれてしまう。


 つまり、呪いの解決方法として、安易な除霊を行うという事は、現在呪いを受けている人間に、大きな被害を与えかねないという事。

 全て力づくで解決、とは簡単にはいかないのだ。


「だから先ずは――呪いだけを斬る。そうだろ? 竜生」

「そうですね。【断ち斬り侍】さんを呼んで、とっとと斬っちゃいましょう」

「ちょ、ちょっと待ってよ! 呪いを斬る? そんな事が出来るなら、何で今までしなかったのよ!」


 と、龍子さん。

 当然の疑問だ。


「僕の身体で、ゴーストドールを縛っておく為だよ。、呪いを斬ってしまったら、ゴーストドールはどこかの街へ瞬間移動する可能性が高かったからね」

「え!? それじゃあ、呪い斬っちゃ駄目じゃん! 逃げられちゃうじゃない!」

「いや……もう逃げられても良いんだよ、龍子さん」

「え、何で!?」

「もう、衣ちゃんはこのゴーストドールの中にはいない。だからさ、例え瞬間移動で逃げられても――どこかの街で落ちている所を、誰かが拾う前に見つけて、即座に除霊してゲームセットだよ。凛太郎さんや亀美さんの力を借りれば、それも容易い事だろうしね。もう、成仏がどうとか、まどろっこしい事考えなくても良いし」

「な、なるほど……」


 つまり、早い話が――この男はもう……という事だ。


「という訳で……もう、始めちゃいましょう。この汚い寝顔は――見ているだけで吐き気がする」


 僕は口笛を吹いた。


『助けて――【断ち切り侍寅之助】さん』

『承ったでござる』


 寅之助さんが瞬時に現れ、僕とゴーストドールの間に残された、ほんの僅かな呪いの糸を断ち切ってくれた。

 その瞬間――一気に僕の身体が軽くなる。

 呪いが解除された証拠だ。


『ありがとう……助かったよ』

『造作もない事でござるよ……』


 さて……ゴーストドールの行方はどうだ?

 どこかへ移動したのかな? ……ん?


『……ふ、ふわぁぁー……んー、もうへの呪いが消えたのかぁー? 幾ら何でも早過ぎだろぉー……』


 ゴーストドールが起きた。

 すっごい寝惚けた様子で、伸びをしている。

 どうやら、呪いをかけ終わったら起きるシステムだったらしい。

 衣ちゃんを隠れ蓑にして……よくもまぁいけしゃあしゃあと……。


『あーあ、もっと寝たかったっつーの……威勢だけは良かった癖に情けねぇ生命力だなぁー……幾ら何でも雑魚過ぎるんだよなぁ……さぁーて、次はどんな奴に拾われてやろうか………………ん?』

『……どうやら、瞬間移動をする程の力も残されてなかったみたいだね……』

『はぁっ!? お前! 何で生きてんだ!? 俺の呪いが解けたっつー事は! テメェはもう、死んでる筈だろう!?』

『死ぬ訳がないだろう……あんたの呪いで』

『そ……そんな訳が』


「おい竜生。コイツ今、何て言ってんだ?」

「しょうもない事言ってますよ。生きる価値もない程の……あ、もう死んでましたっけ? この人」

「そっか」


『て……テメェは!? あの汚部屋に住んでた変人じゃねぇか!! な、何でテメェも生きてんだ!? つーか何だよこの状況は!? 何であのチビ餓鬼が居なくなってんだ!? どうなってんだよ!?』

『衣ちゃんなら、帰るべき所へ帰ったよ。今その人形の中にいる魂は、あんたのものだけだ』

『は、はぁ!? 有り得ねぇだろ!! そんなの……有り得る訳が……』

『あ、言っておくけど、あんたはもう……詰んでるから』

『へ?』


 そう……詰んでいる。

 何故ならこの場所には……対幽霊というフィールドにおいて、がいるのだから。


「後は頼みましたよ――

「おっけぇー!! っしゃあ! よぉーやく! ウチの出番っちゅーこっちゃなぁ!」


 ボキボキと、指の骨が砕けてるんじゃないのかと心配になる程、関節を鳴らしながら虎白さんがゴーストドールの前に立ちはだかった。


「まったく……武闘派は辛いでぇ。こういう状況にならんと、力貸すことが出来ひんのやからなぁ? せやから、ここまで溜まっとった鬱憤――――たっぷりと、全力で晴らさせて貰うで!!」

『ま……待て……! 待ってくれ! 話し合――ゴフォッ!!』


 虎白さんの拳がめり込み、その勢いでゴーストドールの小さな身体が宙を舞い、激しく地面に叩き付けられるゴーストドール。

 追撃を入れる為、ゆっくりと虎白さんが近寄って行く。


「人形に憑依しとると、ウチの目でもはっきりと殴る対象が確認出来るから。殴りやすくてええのぉ!!」

『ゴハァ!!』


 ゴーストドールの腹に右足を叩き込む。

 フワリと浮き上がったゴーストドールが落ちてくるタイミングを見計らい、即座に同じ足でカカト落とし叩き込んだ。


『べふぅっ!!』

「……今のは……これ迄、お前に呪いを掛けられて苦しめられて来た人達の分や」

『ご……ごべんなざ……』

「次は――」


 虎白さんは、ゴーストドールの頭を握り締め、そのまま近くの気に向かって全力投球。

 凄まじい音を立て、気に衝突するゴーストドール。


『ごふぉおっ!!』

「凛太郎の分!!」


 木に衝突したゴーストドールの身体が、重力に負けてズレ落ちる間もなく、虎白さんが追撃する。

 左右の拳による連撃だ。


「この連撃は竜生の分やぁっ! うららららららららららららららららららららららららららららららららぁっ!!」

『あがががががががががががががががががががががかががががががががかががががが……がはっ!!』


 その連撃の威力に、背後の木がメキメキと音を立てながらへし折れた。

 すっげぇ……虎白さん、つっよ。

 こりゃプー吉くんじゃ相手にならない訳だ……。


「これが――――生前の、葉隠一家の分!!」

『あべぶっ!!』


 左足の蹴りで、またしても激しく吹き飛ぶゴーストドールの身体は、遠くにあったブランコの柱に直撃し、止まった。

 もう……虫の息である。


『ゆ……ゆる……し、て……お、俺はまだ……消え……たく……な、い……』


 …………消えたくない? は?

「ふざけんな!! どの口が言ってんだ!! 沢山の命を奪っておいて、虫のいい事言ってんじゃねぇぞ!! お前のせいで、葉隠一家がどんな目にあったか!! 衣ちゃんが、祭さんが! どれ程辛い思いをしたか!! お前のせいで! お前のくだらねぇ欲望のせいで!! あの人達の幸せはめちゃくちゃになっちまったんだぞ!? 詫びろ!! 地獄に落ちて、散々辛い思いをするが良い!! そして生まれ変わって虫になれ!! お前みたいに、人の幸せを踏みにじる様な奴が! 自分の幸せを望むんじゃねぇよ!!」


 ハー……ハー……つい、霊に通じない言葉で叫んでしまった……。

 けど、まぁ良いか……。

 トドメを刺してくれる人に……ちゃんと届いたから。


「ウチらの中で一番、衣を思っとった奴がそう言いよるわ。悪いが、命乞いは聞かれへんなぁ。まぁ、元々聞く耳なんざ持ってへんけど…………さぁ、トドメや。最期の一発と行きまひょか」

『ま……待って、くれ……お、お願い……だ……』

「ええな? 竜生」

「はい! 思いっきり、終わらせちゃってください」

「了解」


 虎白さんが、右手を振り上げる。

 最後の一撃を、放つ為だ。


「この最期の一撃は――――」

『や……やめ、でぇぇええぇええーーっ!!』


「おどれに散々苦しめられ続けた――――衣の分や!!」

『ごふぁ――…………』


 虎白さんが、最後に放った拳は……ゴーストドールの身体を粉々に打ち砕き、その余波で、公園の大地に大きなクレーターを創る程の威力であった。

 それと同じくして、僕と凛太郎さんが男の魂が消え去るのをしっかりと確認。


 この瞬間――


 永きに渡って、一人の少女を苦しめていた忌まわしき怪談が……終わったのだった。

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