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「【葉隠一家強盗殺人事件】って、聞いた事がない?」
龍子さんは、ゴーストドールを強く抱き抱えてソファーに座った状態で、そう切り出した。
僕、凛太郎さん、虎白さん、亀美さんの四人が「?」といったように首を傾げる中、花鳥さんだけが反応した。
「確か……平成初期にあった強盗殺人事件の事ですよね? 四名が亡くなって、証拠があまりなく、なかなか犯人が捕まらなかった事件で有名で、当時凄く話題になったとか……」
「よく知ってるわね、南原花鳥さん。ぐぬぬ……」
ぐぬぬって……龍子さん、何に悔しがってるのさ……。
「そうですか……なるほど、どうりで『葉隠』という珍しい苗字に聞き覚えがあると思ってました……あの事件の関係者だったんですね」
「関係者というか、もろにその被害者よ。衣さんは……その強盗に、家族三人と共に殺害されたの……」
龍子さんの口振りが重たい。
「……仲の良い、家族だったわ……。皆ワイワイとしていて……どこにでもある、ありふれた普通の家庭……家族五人、皆幸せそうに暮らしてた。そんな中、突然訪れた悲劇なんだから……幽霊として、化けて出るのも無理ないわよね……」
「……その、強盗殺人犯が、ゴーストドールに取り憑いているもう一つの魂って事でいいのが?」
凛太郎さんが質問を投げ掛けた。
「その件については、今から話すから黙ってて。私の話の邪魔をしないで。邪魔よ。その臭い口は二度と開かないで。私の心と身体の平穏の為に」
そして一蹴されていた。可哀想……。
ズーン……と落ち込む凛太郎さんを尻目に、龍子さんが続きを語り始める。
「それはとある夏の日だったわ……普段通り、いつものような日々を終え、家族それぞれが明日に備えて就寝していたの……これから起こる悲劇など……想像する事も出来ずに……」
……ゴクリ……。
な、何だか語り口調が本格的だぞ……。緊迫感があるし……続きが気になる……。
そして、龍子さんは続きを発する。
「……次回へつづく」
へ?
つづく? 次回? どういう事?
「どう? 気になるヒキでしょ!? 私話し超上手くない!?」
「分かりづらいボケかますなや!! さっさと話せ!! 時間ないんやぞ!!」
「はいそこの虎。今私が続きを話そうとしたのを邪魔したわ。それに私の華麗なヒキ技術をボケと言った……侮辱にも限度というものがあるわ。あんたが一番、この中で足を引っ張ってる事を自覚しなさい。この関西弁淫乱女」
「うっ……」
ちーん……となってる人が一人増えた!
「……そうなんだよ……俺はいつも龍子の邪魔をしてしまうんだ……俺なんて虫だ……害虫だ……」
「ウチは淫乱ちゃうし……処女やし……勘違いすんなや……このボケェ……でもウチの方がもっとボケや……大ボケや……」
何かブツブツ言ってる!!
というか、虎白さん打たれ弱っ!!
いや、龍子さんに弱いのか? この二人の関係性は謎だ……。
「さて! うるさい羽虫二匹を駆除出来たところで、話を進めるわよ! 題して――【衣さん事件簿第二話】よ! 溜まりに溜まった耳糞をほじくってよーく聞きなさい!!」
題しなくていいよ……。
それに第二話って……全部で何話まであんのさ……。
「その夜……たまたま、母親が玄関の扉の鍵を閉め忘れていたみたいでね? その強盗殺人犯は、玄関から入って来たの……。その手には鋭利な包丁を持ってね。……元々、田舎だったし、そこまで施錠管理を注意深くやっていた訳ではなかったそうよ……町の人皆知り合いって感じだったみたいだし……そこを突かれたのね……。殺人犯の男は、最初から家族全員を皆殺しにするつもりだったみたいね。
その証拠として、その時間帯にたまたまトイレに起きていた長男を、躊躇なく首に一刺しして殺害してるもの。叫び声もあげさせないようにね……議論の余地もなく、長男は殺害されたと見られているわ」
「ねぇー質問良いかなー?」
「黙れこの惰眠亀娘。あなたに使う時間なんて0コンマ何秒すらないわ」
「惰眠亀娘でごめんなさい……寝てばっかでごめんなさい……でも眠いんだから仕方ないじゃんか……うえーん……」
また一人ブツブツネガティブ人間が増えたっ!!
話を遮る人に容赦なさすぎない!?
生き残ったのは、僕と花鳥さんだけか……これは、疑問があっても黙って話を最後まで聞くのが吉だな……。
「次回へつづく」
「いやっ! ここで続くの!? もう最後までさっさと話してよ!!」
はっ!! しまった! ついツッコンでしまった!
「……竜生……?、」
く……来るぞ……! 容赦ない暴言が……容赦ない罵声が……。
「ナイスツッコミ! さすが竜生ね! 私、それを待ってたの!!」
「へ?」
「ちょっと待て!! 何で俺らは駄目で竜生は良いんだよ!!」
「つーか何で褒めてんねん!! そのツッコミはウチもさっきしたやろうが!! ウチの時だけボロクソ言いよって!! 不公平やぞ!!」
「そうだー! なーくんに甘い、甘すぎるぞー!!」
「あんた達は何か癇に障ったのよ!! きっとその顔が悪いのよ!! 整形して出直して来なさい!!」
ギャー! ギャー! ギャー! ギャー! ギャー!!
……すっごいギャーギャー言い争いし始めたぞ……駄目だ……話が全く進まな……――「うぐっ!」
急に……身体が、重く……!
ゴーストドールの呪いか……そうだ、僕、呪われてたんだった……!
くそっ……!
ふわり……と、良い香りがした。
次の瞬間、身体が軽くなった。
この、香りは……。
「……花鳥……さん?」
「無理しないでください、竜生くん……。あなたは今、呪われているんです。それに加え色々とダメージも負ってるんです……身体はもう限界に近い筈。気を張らずに、ゆっくりとしていてください」
「ありがとう……ございます……」
優しいなぁ……花鳥さん……。
「龍子さん! 騒いでいないで、さっさと話の続きをお願いします! 第何話とかもういいです! 要点だけをさっさと伝えてください! 竜生くんがどうなってもいいんですか?」
うん? ひょっとして花鳥さん……少し、怒ってる……?
でも、それはマズイんじゃ……凄まじい暴言吐かれてお終いなんじゃ……。
「ご……ごめんなさい……」
え!? 龍子さんが、謝った!?
「分かれば良いんです! 皆さんも! ふざけるのは構いませんし、元気なのは良い事ですけど! 時と場所と空気は考えてください! 今はふざけている場合ではないでしょう!!」
「「「すみませんでした……」」」
あれ?
「という訳で、話の続きをお願いします」
「はい……」
あれれ?
「短く! 分かりやすく! テンポ良く! お願いします!」
「はいぃ……」
あれれれ?
もしかして……一番権力あるのって――
そこからの龍子さんは、ふざける事なく、短く、分かりやすく、そしてテンポ良く情報を語り始めた。
「長男の後は、夫婦部屋で寝ていた両親をそれぞれ殺害し。金品をカバンの中へ入れ、最後に、衣さんの部屋へ……小学校二年生の部屋に金品なんてある筈がない。それでも、その男は彼女の部屋まで押し入ったわ。そして、部屋へ入った勢いそのまま……衣さんを、グサリ。
けれど彼女は運悪く、刺される瞬間寝返りをうっちゃってね……刺す位置がズレたのよ。だから即死とはならなかった。激痛が故に目覚めた衣さんは、逃げた。
流れる大量の血液を床へ落としながら、逃げたの……その最中……夫婦部屋で死んでいる両親……玄関先で血を流して死亡している兄の姿を見ていたの。この時……凄まじい絶望感に襲われたわ……気が狂いそうになった。
でも、人間の危機的状況下での力って、凄いわよね……衣さんは何とか、その男から逃げ切ったの。
目を盗んで上手い事、押し入れの中へ隠れたの。
男も『外へ取り逃した』と思ったのね……そのまま黙っていれたら、衣さんは助かっていた。けれど――
ねぇ……想像してみて?
時は真夜中。
突如現れた殺人鬼。
それに追い回され。
逃げる先々には愛する家族の遺体。
そんな精神状態の時に……。
命からがら逃げ切った押し入れの中に、不気味な日本人形がこちらを向いていたら……絶叫してしまうのも無理のない話よね?
そして、場所が割れた衣さんは、咄嗟に盾に使ったその日本人形と共に滅多刺しに殺害されたという訳。
犯人はそのまま逃走……。
これが、【葉隠一家強盗殺人事件】の全貌よ……。
そして……その時盾に使った日本人形というのが、今の衣さんの身体――という訳よ………………つづく」
「龍子ちゃん! またふざけてますよ!!」
「うわぁぁーんっ! ちょっとふざけただけじゃん! そんなに怒んないでよぉ!!」
…………。
懲りないなぁ……。
しかし、この時の僕達は気付いていなかった。
ここまでの話で、衣ちゃんの心残り――その答えが、既に提示されている事に。
僕らがそれを知るのは、あと数分後の出来事である。
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