東龍子さんには不思議な力がある。


 読心術とも形容出来る程鋭い女の勘。

 不意に幽霊相手に効果のある拳銃を創ってしまう運の良さと器用さ。

 綺麗な部屋を数分でゴミ屋敷に変えてしまうだらしなさ。


 これらだけでも、十分超人と呼べる人間ではある。

 しかし、彼女にはまだもう一つ――隠れた力がある。


 とんでもない、力が。


 こと、幽霊を成仏させる――その一点において、チート級の効果を発揮する。

 反則ともいえる、力を秘めている。


「…………始めるわよ……」


 龍子さんが、ゴーストドールにそっと触れ……目を閉じた。

 その瞬間から……彼女の身体全体から汗が滲み出る。

 目を瞑っていても、険しい表情である事が分かる。


 彼女は今、何をしているのか?


 覗いているのだ――ゴーストドールの過去を。

 葉隠衣ちゃんの過去を。


 霊の精神世界にダイブし、記憶を遡る。


 そんな人間離れした事を行えるのが――東龍子さんという女性なのである。


 成仏を果たすには、大きく分けて三つの段階がある。


 一つ――霊の心残りは何なのかを把握する事。

 二つ――その心残りを解消する為の手段を考える事。

 三つ――手段を実行する事。


 この三つの段階の内、一番難航するのは一つ目――霊の心残りは何なのかを把握する事。である。

 普通に考えて貰えば分かると思うが、他人の人生における後悔や苦悩や過去を知るのは生きている人間相手ですら難しいものだ。

 しかも、幽霊という存在に至っては世代や年代が違う者も存在する。

 そういった時には、過去の新聞を調べたり。ニュースを探ったり。時には、警察の手や然るべき機関に手を借り、相当な時間をかけて根気強く捜査をする訳だ。

 従って、普通ならば、いわゆる推理パートに突入する訳なのだけれど……龍子さんがいれば、その難題を容易く突破出来る。


 だって、その霊の心を読めるのだから。

 例え霊自身が、その答えを認知していなくとも……心残りの答えは――必ず霊のなのだから。

 そうなると、膨大な時間をかけた操作など必要ない。

 推理パートなど、意味をなさない。


 龍子さんがいれば――霊の成仏はほぼ百パーセント成功する。

 そんなチート級の力を持つ女。それが――東龍子さんという超人なのだ。



 ただし――


 如何なる場合もそうだが、こういった強力で強大な力には、必ずリスクが存在する。

 便利さに、強力さに、強大さに……見合ったリスクが……。


「うっ……うああぁぁあっ……!!」

「っ!! 龍子さん!?」

「っちぃ! 始まったか!! 花鳥!」

「分かってます! ! 皆さんは吸い込まないように気を付けてください!」


 花鳥さんが一本のアトマイザーを取り出し、中にある液体を少量、龍子さん向けて撒いた。

 狂乱している龍子さん目掛けて……。


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁあぁああぁぁあああぁぁぁああーーっ!! あぁぁああぁあぁ……あぁあ……あぁあ……ぁあ…………」


 龍子さんの叫びが……収まった。

 ……良かった……落ち着いた……。

 「ふぅーっ!」と凛太郎さんや花鳥さん達も大きく息を吐く。


「花鳥……油断すんなよ……いざとなったら、その瓶の中の液……全部ぶち撒いても良いからよ」

「分かってます……龍子ちゃんのは、必ず保ってみせます……」

「頑張りやぁ……龍子ぉ……」

「がんばって! りーちゃんっ!」


 祈るような思いで、を応援する面々。

 そしてそれは――


「龍子さん……がんばって……!」


 僕も同じだ。


 この力のリスク――

 それは、だ。


 霊の意識の中へ飛び込むのだ。

 こういった成仏が出来ないといったケースでは、大抵の場合、霊は人間時代に相当な辛い日々や出来事に巻き込まれた可能性が多い。

 大切な心残りを、程の、出来事がある場合が大半だ。


 霊の深層意識の中へ飛び込むという事は、記憶を辿るに至って……その辛い日々や辛い出来事の際、霊本人が味わった感情等も龍子さんにダイレクトに伝わってしまうのだ。


 死ぬ瞬間の――感情すらも。


 そんなもの……精神崩壊を起こさない方がおかしい。


 だから凛太郎さんは、霊関係の出来事にはなるべく、龍子さんを関わらせないようにしていた。

 当初……僕だけを部に誘い、龍子さんを頑なに誘おうとしなかったのはこの為だ。

 凛太郎さんは知っているのだ。

 こういったケースで龍子さんは――


 止めても、コレをしてしまう危うさを持っている事を――凛太郎さんは、経験則から知っているのだ。


「うわぁぁぁあぁあーっ!! あ、あぁぁああぁぁあああぁぁああぁぁあああああぁぁああぁぁああーっ!!」

「花鳥っ!!」

「分かってます!!」


 花鳥さんが再び、アトマイザーから精神安定の香りを振り撒く。

 そして少し落ち着き……また発狂。花鳥さんが香りを振り撒く……その繰り返し。


「龍子さん……」


 歯痒い……!

 この時……いつも僕は、ただ見ている事しか出来ない……。

 龍子さんは戦っているのに……!

 僕には……応援する事しか……出来ないんだっ!


「頑張ってくれ……! 負けないで……! 龍子さん!」


 「う、うぁぁあああぁーっ!!」何度も繰り返される龍子さんの叫び。

 精神安定の香りをその度に振り撒く花鳥さん。

 龍子さんがゴーストドール――衣ちゃんの意識の中へ潜り込んでから、既に時間は十五分を過ぎている。

 花鳥さんが言う。


「駄目です凛太郎くん! これ以上は……! もう香りのストックがありません……!」

「何だとっ!?」

「まさかこんなに長くなってしまうなんて、思いもしませんでしたので!」


「そんな……!」

 花鳥さんの、精神安定の香りのストックが……底をついた。

 となると後は――龍子さんの精神力に賭けるしかない!


「う……ああ……っ! うわぁああぁぁぁあああーっ!! あぁぁああぁぁあああぁぁああぁぁああぁああぁあぁあああぁああぁああぁあぁあぁああぁぁああぁあーっ!!」

「頑張れ! 龍子さんっ!!」

「負けんな!! お前は俺の、妹だろうが!!」

「お願いします! 頑張ってください! 龍子さんっ!」

「りーちゃんがんばれーっ!!」

「ぶちかましたれ!! 龍子!!」

「ああぁあっ!! うあぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁあぁああぁぁあああー!! ぁぁあああ………………」


 …………そして……。


「………………」

「龍子……さん……?」


 龍子さんは……瞑っていた目を、ゆっくりと開いた。

 涙で滲んだ……その両目を……。

 彼女の身体は、脂汗で服はびしょびしょになり。

 呼吸は激しく乱れている。

 そんな状況下で彼女は、目を開けて早々――――



 ぎゅっと……ぎゅーーっと、ゴーストドールを強く強く……強く、抱き締めた。


 龍子さんの目からは、大粒の涙。


「辛かったね……苦しかったね……よく、耐えたね……もう、大丈夫だよ……もう……苦しまなくて良いんだよ……? あとは……私達に、任せて……」


 そう言った後、龍子さんはゆっくりと、抱き締めていたゴーストドールを机の上に置いた。

 少しふらつきつつ、鼻をすすりつつ、僕達の方へと向き直る。

 そして一言。


「分かったよ……ゴーストドールの――葉隠衣の――――心残りが」

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