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以下――電車内での怪談マニアさんとの通話内容、完全版。
「そうなんだよ。ゴーストドールの中には――――二体の霊が憑依しているんだ」
『……ふむ……なるほど……因みに、主人格はどっちなの?』
「本来は、衣ちゃんだったみたいなんだけど……今は、その男に完全に乗っ取られちゃってる。衣ちゃんが話す時は人形の顔に変化が見られないし、身体を動かす事も出来ない。片や、その男が喋る時はちゃんと口も動くし、表情も自由自在。僕と話してた時には足を組んでさえいたよ」
『それは……呪い反射だねぇ……』
「うん……やっぱりそうだよね……。どうやら衣ちゃんが、生前のその男を呪い殺したらしくて……」
『ふむふむ……』
「そして、目的を果たせた衣ちゃんが成仏しようとした所を狙われて…………強引に引き止められて、呪い反射を受けちゃったみたいなんだけど……」
『……ん?』
「え? どうかしたの? 何か引っかかる所あった?」
『……えっと……衣さんは……成仏を強引に止められたのよね……? 誰に?』
「いや、だからその男に……」
『それはあり得ないよ』
「え?」
『良い? 成仏って言うのはね――霊が現世での心残りを終えた瞬間、自らあの世……即ち【冥界の門】を開き、その中へと入っていく事なのよ』
「それは知ってるけど……だからそれを邪魔されたっていう話でしょ?」
『どうやって?』
「そりゃ、門の中に入ろうとした所を無理やり止められて……」
『それが不可能なんだよ』
「え? どういう……」
『冥界の門が開いた瞬間――その霊は、現実世界とのリンクが完全に絶たれるの。つまり、あの世とこの世……その中間地点で、ソレは行われるって事ね。この間のストーカー事件の時もそうだけど……央くんは、これ迄何度も霊の成仏に立ち会って来たんでしょ? それなら何回も見てる筈よ? 成仏しようとしている霊の周りには、どんな景色が広がっていた? 思い返してみて?』
「えーっと…………あ、そう言えば、どの霊の時にも、周りに花畑のような景色が見えていたような気が……」
『その場所を――
三途の川と呼ぶの』
「……なるほど……そうだったんだ……」
『あの世とこの世の中間地点。あの世でもなく、この世でもないその場所にあるのは、花畑のような綺麗な景色と……二つの扉だけ。そしてその扉は――必ず片方しか開かない』
「衣ちゃんが本当に成仏しようとしていたなら、現世側の扉は閉まっていた筈……って事、だよね?」
『そういうこと。そして、その状況だったなら、現世からの干渉は不可能な筈なのよ。例え神様や閻魔大王であっても、そんな事は出来ないわ。故に、恨みを持った一幽霊如きでは、絶対に、成仏を止めるなんて理外れで超超常現象的な事は出来ない筈……それが可能なのは、神様の領域すら超える力を持っている霊のみ。けれどゴーストドールに宿る霊に、そんな力があるとは思えない』
「え? ちょ、ちょっと待って……という事は、どういう事? でも事実として、衣ちゃんは成仏出来ずに呪い反射を受けちゃってる訳なんだけど?」
『きっと衣さんは――成仏しようとして出来なかった……というのが、正しいのだと思う』
「止められたんじゃなく……出来なかった」
『出来ない事をやろうとした。だからきっとその隙を、その男に憑かれてしまったのね』
「…………成仏出来なかった……と、いう事は……衣ちゃんには……」
『そうね……きっと衣さんには――――
その男を呪い殺す以外にも――現世でやり残している事がある――と、いう事よ』
「…………っ!!」
『本人がそれを、認識出来ているのかどうかは別としてね。恐らく、潜在意識的な所で、無意識下で、その心残りを抱いているんだと思う……。でないと、成仏しようとなんて普通はしないもの』
「……そっか……そうだったのか……」
『と、なれば央くん。このゴーストドールの一件――現状打破の方法は、ある』
「え? そうなの? それが事実だとしても、衣ちゃんから男を引き離すのも、男だけを除霊するのも難しいと思うけど……?」
『違う違う。そうじゃない、そっちじゃないの』
「ん?」
『ゴーストドールから、男の魂を引き離すのが難しいなら――
衣さんの方を引き離せば良いって事』
「ああっ! そうか!!」
『除霊は双方に干渉してしまうけど、成仏は別。だって、成仏の為の条件は人それぞれ……霊それぞれなのだから、衣ちゃんが開けた冥界の門へは、その男は入れない』
「つまり……先に衣ちゃんを成仏させてあげれば、ゴーストドールの中には――あの男の魂だけが残る! って事だね!」
『そうなれば、あとは簡単でしょ? あのお侍さんに刀を思う存分振るって貰えば良いだけの話だよ。まぁ……その成仏っていうのが、大変だろうけど……私も調べてはみるけど……成仏の為の情報は、私の専門外だから……恐らく、力にはなれない。今学校だし……ごめんなさい……』
「謝らないで。ここからは、僕の仕事だから。僕が絶対に――衣ちゃんを、成仏させてみせるから」
『…………』
「……ん? どうかしたの? 怪談マニアさん」
『…………という事で、ゴーストドールに対する対策は、これ以外ないと思う』
「……ありがとう……助かったよ。まさかこんな手が……――――」
こうして、凛太郎さん達関連の話に繋がった。
その部分は割愛し、僕はゴーストドール除霊研究部の面々に以上の話を伝えた。
「なるほど……先に衣の成仏の方に手を付けるって訳か。その手があったかって感じだな。一本取られた気さえする」
「でしょ? 目から鱗ですよ」
本当に頼りになるよ……怪談マニアさんは……。
「所で竜生」
「何ですか? 凛太郎さん」
「成仏させる為には、条件を満たさなくちゃならねぇだろ?」
「そうですね」
「その条件、どうやって探るつもりだったんだ?」
「しらみ潰しに、足で探るつもりでした」
「ど阿呆にも程がある……そんなの絶対時間足りねぇだろ……ほんと、ひっ捕らえて正解だったわ……」
ど阿呆!? また阿呆に阿呆って言われた!! 悔しい!
「今、竜生くんから得た情報から察するに、衣ちゃん自身に、現世に留まっている心残り……その理由が分かっていないって事ですよね? その理由を見つけて、それに対処を行う必要がある……訳ですか……」
「ふむ……ちゅーことは、衣の人間時代の情報収集も必要になるかもしれへんっちゅー事やな? いつの時代生きとった奴かも分からへんし、相当難しないか?」
「ぐぅー……すか、ぴぃー……」
「寝るなやアホ、こんな時に」
「いったぁーい! 殴った! こーちゃんが殴ったよぉー! 出るとこ出てやるぞー!! 傷害罪だぁー!」
「アホ言うとらんと自分も考えろや。竜生の命がかかってんねやぞ? 自分、ちゃんと話聞いてたんやろな?」
「と、ととととと当然だよっ! その黒い男を倒せば良いんでしょっ!」
「あかんわ……こいつ何も聞いてへんから、全然戦力にならんわ。戦力外通告やわ」
「酷いっ!」
……相変わらず……騒がしいなぁ……。
でも、難しいのは確かなんだ。
衣ちゃんが成仏する為の心残り……本人すら認識していない心残りを探るのは、かなり難易度の高いミッションである事には違いない。
僕が考えていた方針としては、衣ちゃんに色々と話を聞きながら、色んな所を駆けずり回って捜査する予定だったんだけれど……。
僕一人でなら、そうするつもりだったのだけれど……。
今の状況でなら、そんなまどろっこしい手を使わずとも、取れる手が一つある。
チートとも言える、最強の一手が。
恐らくその一手に、この場にいる全員が気付いている。
しかし……凛太郎さんの手前、言い出しづらいのだ。
何故ならその一手は――リスクが高過ぎるから。
ハイリスクハイリターン……そんな、ギャンブルのような一手なのだから。
凛太郎さんは常々、その一手を使わない……否、使わさない為に自ら動いている節すらあるのだから。
だから、この一手について、僕達から提案する事は出来ない。
凛太郎さんか、もしくは――本人からの申し出がなければ、その一手を打つ事は出来ない。
それに……僕も、それは打つべきではないと考えている。だってアレは……幾らなんでも、危険過ぎるから……。
「揃いも揃って……何を迷っているんだか……」
と、溜め息混じりで口にしたのは、龍子さんだった。
「まったく……何に気を使ってんのよ……こうなったらもう、取れる現実的な手は一つしかないでしょ? 竜生の命がかかってんのよ? 命を懸けて、その衣って子の魂を助けようとしているのよ? なのに今更――
私がリスクを恐れる理由がないじゃない」
と、龍子さんが、そう言った。
「良いわよね? 兄貴」
「……素直には頷けないな」
「バカね……もう、これしか方法ないでしょ」
「いや、他に手がない訳では……」
「何度も言わせないで、この一件には――竜生の命がかかっているの。私が
「だから……」と、龍子さんは続けた。
「兄貴がどれだけ止めようと、私はやるから。私が――
葉隠衣の記憶を読む。
そして心残りを探り当てる。後はそれを解消し、その黒い男をぶっ倒す――これこそが、このゴーストドール怪談の解決への、最短ルートよ」
……龍子さん……あなたって人は……。
本当に……。
「竜生は絶対に死なせない! 絶対に! 何があっても助けてやるんだから!」
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