思い浮かぶのは、電車内での怪談マニアさんとの会話の一部――


『…………という事で、ゴーストドールに対する対策は、これ以外にないと思う』

「……ありがとう……助かったよ。まさかだなんて……盲点だった。とてもじゃないけど、僕の硬い頭では考え付かなかったよ」

『まぁ、当事者ってそういうものだと思うよ? 視野が狭くなる、というかさ……外から見てる人の方が、案外的確な判断が出来るものだよ』

「確かにね……言えてるかも……」

『――で、変人さん達の方はどうするの?』

「どうするもこうするも、逃げるしか僕に選択肢はないよ……あの人達を相手取るなんて、僕みたいな普通の人間には不可能だ」

『……本当に?』

「ん?」

『本当に選択肢って……それだけしかないの?』

「そりゃそうでしょ。あの人達は、ゴーストドールを衣ちゃんもろとも除霊する為に動く。方や僕は、衣ちゃんには成仏してもらって、尚且つ、残ったその男を除霊する為に動くんだ。目的が違えば敵対もするさ」

『いや、そうなんだけどね? そこをどうにか出来ないかなぁーって思うんだけど』

「そこ? どこのこと?」

『だからさ――その変人達のボス、中宮木凛太郎先輩を説得するんだよ』

「へ? いやいやいや、それは無理でしょ」

『何で無理だと思うの? そもそもまだ、中宮木先輩達には、一連の流れの説明してないんでしょ? 分からないでしょ』

「そう言われると……そうだけど……あの人達を説得出来る気がしないんだよなぁ……気が進まないというか……」

『とにかく、私が言いたいのは、何でもかんでも一人で背負おうとはしない事だよ。私もいるし……今は敵対してるかもだけど、変態先輩さん達や東さんもいる。少しは、他人を巻き込む事も覚えなよ?』

「……分かったよ……。もしも、あの人達に追い込まれて、どうしようもなくなったら、説得してみる」

『私は、説得する必要すらないと思うんだけどなぁ……』

「ま、とりあえずありがとう。色々と参考にするよ」

『どういたしまして。…………ねぇ、央くん』

「何?」

『お願いだから……死なないでね』

「うん。当然……そのつもりはないよ」


 以上が、怪談マニアさんとの会話の一部だ。

 やってみようと思う……説得を。

 無理かもしれないけど、彼女がそこまで言うのだ。チャレンジしてみて損はない。


「凛太郎さん」

「何だ?」

「ゴーストドールの除霊は、やめて欲しい」

「駄目だ」


 ほら、駄目だった。

 秒速で頓挫してしまった。


「ゴーストドールは危険過ぎる。実際に俺はその呪いを味わったし、お前も今、凄くしんどそうにしている。除霊をしない理由がない」


 その呪いに三週間もの間気付かなかった人に言われても……。


『あ、あわわわわわっ! あ、あの人って……! あの時の変人っ!? お、おわわわわわっ!』


 衣ちゃんが途轍もなく震えている。

 まるでトラウマが蘇ったが如く。

 あのゴミ屋敷の中での、地獄のような三週間が脳裏を過ったのだろう……可哀想に。


「俺からお前に伝える事はただ一つ。その人形を渡せ」

「嫌って言ったらどうします?」

「…………お前に与えている選択肢は二つだ。一つ、『オレにゴーストドールを渡す事』、二つ、『オレにゴーストドールを奪われる事』。これ以外の選択肢はねぇ」

「回りくどい言い方ですね。素直にダメだって言ったら良いのに」

「で? お前は一か二か、どちらを選ぶ。俺としては、一が望ましいが……どっちだ?」


 やっぱり無駄だったよ、怪談マニアさん……。

 凛太郎さんは、昔っからこうなんだ。一度決めたら、絶対に折れない。良くも悪くも、そんな人なんだ。

 僕がゴーストドールを……衣ちゃんを成仏させたいと思う

 僕はこの人のそういう所に憧れて……そして――


 そういう所に――腹が立つんだ!


 どっちを選ぶ? そんなこと――決まっている。


「三! 『渡さない』です!」

「よし、ならば戦争だ」


 凛太郎さんが、僕を睨み付けてくる。

 今思えば、この人を相手にするのははじめての経験だ。

 これ迄、間接的に協力し合ったりはしたけど……向かい合うのはコレがはじめてだ。

 凄まじい威圧感――これまでこの人と向き合ってきた、人達や霊が可哀想だとすら思ってしまう。


 この人相手に――遠慮なんてする余裕はない。


 はじめっから! 僕の全身全霊を持ってして立ち向かう!!


『ヒュウゥっ!』


 口笛を吹いた。

 を呼ぼう。

 僕の友達の中で最も腕っぷしの強い彼を――――


『助けてくれ――――さん!』


 風が吹いた。

 彼が現れた瞬間――場の空気が変わる。


『……次に斬り捨てるは、あの者でござるか?』


 侍風の服装、一八○センチ以上はあるであろう身長、腰には鞘に収納されている長い日本刀。


『そうだよ。ただし……殺すのは駄目だ。分かってるね?』

『……相変わらず無理を言うでござるな……。刀を使い、殺さない事が如何に困難か、知っているのでござるか?』

『理解しているつもりだよ。けど――君なら出来るだろう?』

『ふっ……愚問でござる』


 虎之助さんは薄く笑って、鞘から日本刀を抜き構えた。

 対して、凛太郎さんはというと……。


「そいつがの【断ち斬り侍】か。霊……それが随分と丸くなったもんだ。どうやって手懐けたんだ?」


 狼狽えなど微塵も見せず、冷静にそんな事を問い掛けてくる。

 手懐ける?


「違います。手懐けたんじゃなくて……んです」

「意味は同じだろ?」

「全然違います。手懐けたって言い方は、まるで主人とペットのような関係みたいです。僕と虎之助さんは、友達です。そんな風な言い方はしないでください。僕らは分かり合ったんです」

「……はぁ……めんどくせぇ奴……」


 あなたに言われたくない言葉、第一位だよ。


「つくづく思っていたが、竜生……お前は甘いな。があったからこそ、そうなってしまったんだろうけど……甘過ぎる。そんなんだから、ゴーストドールの霊に誑かされんだよ」

「誑かされるって……別に僕と衣ちゃんはそういう関係じゃ……」

「どうでも良い。お前が、俺は俺がしたいようにするだけだ」

「!」


 凛太郎さんは、ポケットから小型の拳銃を取り出した。

 何やら御札のような物がグルグルに巻き付けられている小型拳銃を。

 そして、本来弾丸を入れるであろう箇所に、「フッ!」と息を吐いた。そしてカチャリと蓋を閉める。

 何だ? あのちゃっちい小型拳銃は? はじめて見る。


「一つ質問するが、正直に答えろ。その侍が……俺を、?」

「…………」


 隠しても無駄だな。看破されている。


「……そうですよ」

「そうか……なら――――


 あの小型拳銃は不気味だ。

 速攻で決着をつけるのが最善策!!


『頼んだよ! 虎之助さん!!』

『お任せあれ、でござる!!』


 断ち斬り侍――虎之助さんが、動き出した。

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