7
勝負は一瞬でついた。
目にも止まらぬ素早い動きで刀を振るう虎之助さんに対し。
凛太郎は、たった一度、奇妙な御札まみれの小型拳銃の引き金を引いただけだった。
ダンッ!! という一発の銃声が響くと共に、虎之助さんは膝を着いて苦しみ出したのだ。
『が……はっ!! うぅ……!』
『虎之助くん!?』
な、何が起こったんだ!?
虎之助の刀は現世へ干渉出来るけど、身体は霊体のはず。何で銃弾を受けて苦しんでいるんだ!?
「霊を相手にしたら……普通の拳銃じゃらすり抜けて終いだ」
「っ!? まさか……」
その……小型拳銃は――
「恐らく、お前の想像通りだよ。この銃は特注品でな。霊専用の拳銃なんだ」
「そ……そんな物が、この世にある訳――――」
「まぁ、普通はないよな。だから想像もしなかっただろ? 霊体に効く拳銃なんざ、本来――この世にある筈のねぇ拳銃だもんなぁ? けど……ウチの妹なら作れるんだよなぁ。何せあいつ、器用だし、勘が鋭いし、そして運が良いから、こういうのたまたま創れちまうんだよ。凄くね? 流石は俺の妹だろ?」
凛太郎さんの……妹……?
「龍子さんが……それを……? たまたま、作った……?」
偶然って事か?
エアーガンを弄っていたら、たまたま、霊に効く小型拳銃が完成したと?
そんなの……。
運が良いなんてレベルの話じゃないぞ!?
「まぁ、俺としても運が良かった。お前に
「くっ!」
確かに、最初からあの小型拳銃が、そんな異次元の武器である事を知っていたなら、きっと、虎之助さんは銃弾を避けていた筈だ。
普通の拳銃は霊体には効果なし――
その普通を知っていたからこそ――虎之助は意図的に避けなかった。
この一戦は、敗北するべくして、敗北したんだ。
「更に補足なんだがな? 霊体には、すべからく体内に、核とも呼べる十センチ位の丸い球があるんだ。恐らく、魂的なやつなんだろう。それを、この銃で撃ち抜けば、霊体は一発で現世とはサヨナラって訳だ」
「い……一発で?」
そんなの、反則――いや、違う。
ここで僕が気にするべきはソコじゃない。
核とも呼べる球体――魂。
その存在が本当にあったとして、あったとして――――
何でソレが、凛太郎さんには見えるんだ!?
そもそも疑問を持つべきだったんだ。
霊は本来、見えないモノの筈。
なのに、凛太郎さんは侍と明確に口にした。
【断ち斬り侍虎之助さん】を前にして、的確にその風貌から当て嵌る言葉を言い放った。
つまり、凛太郎さんは――
霊が見える側の人間。
「ゴーストドールの呪い。相当しんどかったからよぉ、ソレから解放してくれたことは、素直にありがたいと思ってんだよ。だからそのお礼として、魂に掠めるだけにしておいてやった。逆に言えば、今の俺は――いつでもそこの侍を、あの世へ送る事が出来る、という訳だ。それを踏まえて、もう一度言うぞ? ゴーストドールを渡せ」
「……随分と、卑怯な選択肢を選ばせるんですね……」
「これくらいしねぇと、お前は渡さねぇだろ? 俺だって本当はこんな事したくねぇよ、けど、仕方ねぇんだ。だから選べ、相棒とも呼べる侍の命か……つい先日拾った、幼馴染の兄を呪って殺しかけたその人形か。どちらかは見逃してやる……選べ」
「そ……そんなの……」
そんなの……選べる訳ないじゃないか!
『もういいよ……竜生お兄ちゃん』
え……。
『衣……ちゃん……?』
『もう充分だよ。もう充分……竜生お兄ちゃんの気持ちは、伝わったよ。そんなにボロボロになるまで、私を守ってくれて……守ろうとしてくれて……ありがとう』
『な、何を言ってるんだよ衣ちゃん! ま、まだ君は――』
『だって!』
『っ!!』
『あのオサムライさん……竜生お兄ちゃんの大事なお友達なんだよね……? だったらもう……選ぶべき選択肢は決まってるじゃん』
『で、でも! 衣ちゃん!』
『私ね……実は、除霊も悪くないかなぁーって、思ってるの。だってさ――あの黒い男の人も一緒に、消し去ってくれるんでしょ? それはそれで、嬉しいもん。あの黒い男を地獄に送る事が出来るのなら……それもまた本望だよ』
『…………』
『だからさ、遠慮なく私を差し出してよ。あの変人さんに』
『………………』
「何をブツブツ声色を変えて一人で呟いてんだ」と、凛太郎さんは言う。
「あと五秒やる。五秒だ。それ迄にゴーストドールを俺に渡さなければ、あの侍をあの世へ送る。さぁ、選べ。五……四……」
『あわわっ! 急いで竜生お兄ちゃん! 早く私を渡してっ!』
等と……衣ちゃんは言う。
「三……」
『早くっ! 本気だよ!? あの変人!!』
「二……」
『早く私を――』
「い――」
「なぁ……あんたは、知っているのか?」
「………………何をだ?」
「この、ゴーストドールの中で、何が起こっているのか。あんたは知ってんのかって聞いてんだよ!!」
「知らねぇよ。知る訳ねぇだろう。何せ俺は、霊と会話なんざ出来ねぇんだからよぉ。そもそも知る術がねぇんだ。お前と一緒にすんな」
「だったら教えてやるよ!! この中にはなぁ! 二つの魂が入り込んでんだよ!! 一つは、クソみてぇな男の魂! もう一つは衣ちゃんっていう、身体を乗っ取られた側の女の子の魂!! 呪いを振り撒いてんのは、その糞みてぇな男の方なんだよ!! 衣ちゃんは何も悪くねぇんだよ!!」
「…………」
『竜生……お兄ちゃん……』
「なぁ……? 凛太郎さん……あなたに分かるか? この女の子はなぁ、本当は人に呪いなんざかけたくねぇんだよ! 無理やりかけさせられてんだ! 何度も、何度も、何度も!! 何十人……何百人もの人を、自分の意思とは裏腹に! 病院送りにされちまってんだよ!! 乗っ取られた糞みてぇな男の仕業でよぉ!! あんたに分かんのか!? この子の気持ちが!! 衣ちゃんの気持ちが!! 分かるのかよ!! 分かる訳ねぇよなぁ!? だってあんた、その事何にも知らねぇもんなぁ!! なのに……なのに! 言うに事欠いて、ゴーストドールを除霊だぁ!? ふざけんな!!」
「…………」
「このゴーストドールの身体は本来、衣ちゃんの物だったんだよ!! 呪いなんてかかる筈のない! 人畜無害のゴーストドールになる筈だったんだ!! それをもう一つの糞男がめちゃくちゃにしたんだ! 消されるべきは衣ちゃんじゃなくて、その男なんだよ!! …………違いますか!? 僕、間違ってますか!?」
「………………」
「何で……何で衣ちゃんばかり、辛い思いをしなくちゃいけないんだ!! 僕は納得が出来ない!! 全っ然! これっぽっちも! 一ミリ足りとも! 納得が出来ないんだ!! だからこの子は渡せない!! 絶対に! 何があろうとも!! 僕は衣ちゃんを成仏させるんだ!! 清らかに、健やかに、そして――穏やかに!! それこそが、この子のあるべき終りの形なんだよ!! それの邪魔すんな!!」
「………………」
「悪いのはその糞男だ! なのに……なのに衣ちゃんまで一緒に除霊だなんて! 僕は絶対に認めない! 絶対に、絶対にだ!! だってそんなの……そんなの! 衣ちゃんが……本物であるべき彼女が……――――
ゴーストドールが! 可哀想じゃないか!!」
『だ……だつぎ……おにぃぢゃん……うぅ……』
『衣ちゃん……ごめんよ……大きい声出してさ。怖かったよね……』
『ぢ、違う……これはぁ……この、涙はぁ! う……うぇぇぇええんっ!』
衣ちゃんは泣いていた。
ゴーストドールの顔は何も変わっていない、けれどその声から読み取れる感情は……紛れもない、号泣だった。
本当は、除霊されるのが嫌だったのだろう……怖かったのだろう……けれど、虎之助さんを守る為に、この子は今嘘をついたのだ。
自己犠牲的な嘘を……。
バレバレだよ……嘘をつくのが下手過ぎだよ……。
優しい子だ……本当の本当に、優しい子だ。
こんな優しい子がこれ以上悲しむ結末なんて、僕は認めない!
絶対に、だ!
「……言いたい事は、それだけか?」
「まだまだあるけど、もういいです。叫び過ぎて喉が枯れちゃいました。だけど僕は諦めてませんから……」
「……そうか」
「言っとくけど、虎之助さんの方も、諦めてませんから」
「……そうなのか」
「はい――僕は、衣ちゃんの命も、虎之助さんの命も……譲る気持ちは、ありませんから」
「……分かった。お前の気持ちは……よーく、な……」
次の瞬間、凛太郎さんは持っていた小型拳銃を放り投げた。
え? 何をしてんの?
そして、そのまま猛ダッシュで僕達の方へと駆け寄ってきた。
まさか力尽くで衣ちゃんを? そんな事はさせない!!
衣ちゃんは、僕が守――――ごふぁっ!!
『たっ……竜生お兄ちゃん!?』
殴られた。
思いっきり、拳骨をくらった。
頭が痛い……頭が、割れるように、痛いっ!!
何だ!? この人は一体何を――――
「こ、の……!! 大バカ野郎がぁ!!」
そして思いっきり胸ぐらを掴まれた。
そのあまりの勢いに、首元が締まって息が……く、くるじぃ……! タップタップっ!
「そんな大事な事を!! 何故もっと早く話さなかったんだよ!! お前は!!」
…………へ?
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