勝負は一瞬でついた。


 目にも止まらぬ素早い動きで刀を振るう虎之助さんに対し。

 凛太郎は、たった一度、奇妙な御札まみれの小型拳銃の引き金を引いただけだった。


 ダンッ!! という一発の銃声が響くと共に、虎之助さんは膝を着いて苦しみ出したのだ。


『が……はっ!! うぅ……!』

『虎之助くん!?』


 な、何が起こったんだ!?

 虎之助の刀は、身体は霊体のはず。何で銃弾を受けて苦しんでいるんだ!?


「霊を相手にしたら……普通の拳銃じゃらすり抜けて終いだ」

「っ!? まさか……」


 その……小型拳銃は――


「恐らく、お前の想像通りだよ。この銃はでな。なんだ」

「そ……そんな物が、この世にある訳――――」

「まぁ、普通はないよな。だから想像もしなかっただろ? 霊体に効く拳銃なんざ、本来――この世にある筈のねぇ拳銃だもんなぁ? けど……。何せあいつ、器用だし、勘が鋭いし、そして、こういうの創れちまうんだよ。凄くね? 流石は俺の妹だろ?」


 凛太郎さんの……妹……?


「龍子さんが……それを……? たまたま、作った……?」


 偶然って事か?

 エアーガンを弄っていたら、たまたま、霊に効く小型拳銃が完成したと?

 そんなの……。


 運が良いなんてレベルの話じゃないぞ!?


「まぁ、俺としても運が良かった。お前に小型拳銃コレを今まで見せてなかったからこそ、今の結果がある。見せてなくて正解だったな」

「くっ!」


 確かに、最初からあの小型拳銃が、そんな異次元の武器である事を知っていたなら、きっと、虎之助さんは銃弾を避けていた筈だ。

 普通の拳銃は霊体には効果なし――


 そのを知っていたからこそ――虎之助は意図的に避けなかった。


 この一戦は、


「更に補足なんだがな? 霊体には、すべからく体内に、。恐らく、魂的なやつなんだろう。それを、この銃で撃ち抜けば、霊体は一発で現世とはサヨナラって訳だ」

「い……一発で?」


 そんなの、反則――いや、違う。

 ここで僕が気にするべきはじゃない。


 核とも呼べる球体――魂。

 その存在が本当にあったとして、あったとして――――



 何でが、!?



 そもそも疑問を持つべきだったんだ。

 霊は本来、見えないモノの筈。

 なのに、凛太郎さんはと明確に口にした。

 【断ち斬り侍虎之助さん】を前にして、的確にその風貌から当て嵌る言葉を言い放った。

 つまり、凛太郎さんは――


 霊が見える側の人間。


「ゴーストドールの呪い。相当しんどかったからよぉ、ソレから解放してくれたことは、素直にありがたいと思ってんだよ。だからそのお礼として、魂に掠めるだけにしておいてやった。逆に言えば、今の俺は――いつでもそこの侍を、あの世へ送る事が出来る、という訳だ。それを踏まえて、もう一度言うぞ? ゴーストドールを渡せ」

「……随分と、卑怯な選択肢を選ばせるんですね……」

「これくらいしねぇと、お前は渡さねぇだろ? 俺だって本当はこんな事したくねぇよ、けど、仕方ねぇんだ。だから選べ、相棒とも呼べる侍の命か……つい先日拾った、幼馴染の兄を呪って殺しかけたその人形か。どちらかは見逃してやる……選べ」

「そ……そんなの……」


 そんなの……選べる訳ないじゃないか!


『もういいよ……竜生お兄ちゃん』


 え……。


『衣……ちゃん……?』

『もう充分だよ。もう充分……竜生お兄ちゃんの気持ちは、伝わったよ。そんなにボロボロになるまで、私を守ってくれて……守ろうとしてくれて……ありがとう』

『な、何を言ってるんだよ衣ちゃん! ま、まだ君は――』

『だって!』

『っ!!』

『あのオサムライさん……竜生お兄ちゃんの大事なお友達なんだよね……? だったらもう……選ぶべき選択肢は決まってるじゃん』

『で、でも! 衣ちゃん!』

『私ね……実は、除霊も悪くないかなぁーって、思ってるの。だってさ――も一緒に、消し去ってくれるんでしょ? それはそれで、嬉しいもん。あの黒い男を地獄に送る事が出来るのなら……それもまた本望だよ』

『…………』

『だからさ、遠慮なく私を差し出してよ。あの変人さんに』

『………………』


 「何をブツブツ声色を変えて一人で呟いてんだ」と、凛太郎さんは言う。


「あと五秒やる。五秒だ。それ迄にゴーストドールを俺に渡さなければ、あの侍をあの世へ送る。さぁ、選べ。五……四……」

『あわわっ! 急いで竜生お兄ちゃん! 早く私を渡してっ!』


 等と……衣ちゃんは言う。


「三……」

『早くっ! 本気だよ!? あの変人!!』

「二……」

『早く私を――』

「い――」


「なぁ……あんたは、?」

「………………何をだ?」

「この、ゴーストドールの中で、何が起こっているのか。あんたは知ってんのかって聞いてんだよ!!」

「知らねぇよ。知る訳ねぇだろう。何せ俺は、んだからよぉ。そもそも知る術がねぇんだ。お前と一緒にすんな」

「だったら教えてやるよ!! この中にはなぁ! 二つの魂が入り込んでんだよ!! 一つは、クソみてぇな男の魂! もう一つは衣ちゃんっていう、身体を乗っ取られた側の女の子の魂!! 呪いを振り撒いてんのは、その糞みてぇな男の方なんだよ!! 衣ちゃんは何も悪くねぇんだよ!!」

「…………」

『竜生……お兄ちゃん……』

「なぁ……? 凛太郎さん……あなたに分かるか? この女の子はなぁ、本当は人に呪いなんざかけたくねぇんだよ! 無理やりかけさせられてんだ! 何度も、何度も、何度も!! 何十人……何百人もの人を、自分の意思とは裏腹に! 病院送りにされちまってんだよ!! 乗っ取られた糞みてぇな男の仕業でよぉ!! あんたに分かんのか!? この子の気持ちが!! 衣ちゃんの気持ちが!! 分かるのかよ!! 分かる訳ねぇよなぁ!? だってあんた、その事何にも知らねぇもんなぁ!! なのに……なのに! 言うに事欠いて、ゴーストドールを除霊だぁ!? ふざけんな!!」

「…………」

「このゴーストドールの身体は本来、衣ちゃんの物だったんだよ!! 呪いなんてかかる筈のない! 人畜無害のゴーストドールになる筈だったんだ!! それをもう一つの糞男がめちゃくちゃにしたんだ! 消されるべきは衣ちゃんじゃなくて、その男なんだよ!! …………違いますか!? 僕、間違ってますか!?」

「………………」

「何で……何で衣ちゃんばかり、辛い思いをしなくちゃいけないんだ!! 僕は納得が出来ない!! 全っ然! これっぽっちも! 一ミリ足りとも! 納得が出来ないんだ!! だからは渡せない!! 絶対に! 何があろうとも!! 僕は衣ちゃんを成仏させるんだ!! 清らかに、健やかに、そして――穏やかに!! それこそが、この子のあるべき終りの形なんだよ!! それの邪魔すんな!!」

「………………」

「悪いのはその糞男だ! なのに……なのに衣ちゃんまで一緒に除霊だなんて! 僕は絶対に認めない! 絶対に、絶対にだ!! だってそんなの……そんなの! 衣ちゃんが……本物であるべき彼女が……――――



 ゴーストドールが! 可哀想じゃないか!!」



『だ……だつぎ……おにぃぢゃん……うぅ……』

『衣ちゃん……ごめんよ……大きい声出してさ。怖かったよね……』

『ぢ、違う……これはぁ……この、涙はぁ! う……うぇぇぇええんっ!』


 衣ちゃんは泣いていた。

 ゴーストドールの顔は何も変わっていない、けれどその声から読み取れる感情は……紛れもない、号泣だった。

 本当は、除霊されるのが嫌だったのだろう……怖かったのだろう……けれど、虎之助さんを守る為に、この子は今嘘をついたのだ。

 自己犠牲的な嘘を……。

 バレバレだよ……嘘をつくのが下手過ぎだよ……。

 優しい子だ……本当の本当に、優しい子だ。

 こんな優しい子がこれ以上悲しむ結末なんて、僕は認めない!


 絶対に、だ!


「……言いたい事は、それだけか?」

「まだまだあるけど、もういいです。叫び過ぎて喉が枯れちゃいました。だけど僕は諦めてませんから……」

「……そうか」

「言っとくけど、虎之助さんの方も、諦めてませんから」

「……そうなのか」

「はい――僕は、衣ちゃんの命も、虎之助さんの命も……譲る気持ちは、ありませんから」

「……分かった。お前の気持ちは……よーく、な……」


 次の瞬間、凛太郎さんは持っていた小型拳銃を放り投げた。

 え? 何をしてんの?

 そして、そのまま猛ダッシュで僕達の方へと駆け寄ってきた。

 まさか力尽くで衣ちゃんを? そんな事はさせない!!

 衣ちゃんは、僕が守――――ごふぁっ!!


『たっ……竜生お兄ちゃん!?』


 殴られた。

 思いっきり、拳骨をくらった。

 頭が痛い……頭が、割れるように、痛いっ!!

 何だ!? この人は一体何を――――


「こ、の……!! 大バカ野郎がぁ!!」


 そして思いっきり胸ぐらを掴まれた。

 そのあまりの勢いに、首元が締まって息が……く、くるじぃ……! タップタップっ!


「そんな大事な事を!! 何故もっと早く話さなかったんだよ!! お前は!!」


 …………へ?

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