5
『ここは任せて、先に行きにゃ』
猫三郎さんが、僕の頭の上からぴょんっと降り、そんな事を言ってくれた。
『ありがとう! 助かるよ!』
『健闘を祈るぜ……
プー吉くんと猫三郎さんが、道を切り開いてくれた。
この機会を、無駄にする訳にはいかない。
僕は走った。
ボロボロになり壊れたリュックサックを投げ捨て、ゴーストドールを両手で抱えつつ、全力で。
『ねぇねぇ……竜生お兄ちゃん』
『何? 衣ちゃん……』
『さっきの猫さん……何なの?』
『友達だよ――――僕の……』
『友達? でもあの猫さん、幽霊だよね?』
『ああ、そうだよ』
『幽霊なのに……友達なの?』
『幽霊だからって、友達になってはいけない道理なんてないからね』
『……そっか』
それにしても……まずいな……。
いよいよ息が出来なくなってきた……。
身体全体が鉛のように重い。頭もクラクラしてきたし……どうやら、あちこちに出来た傷から血を流し過ぎているようだ。
それらに加えて、ゴーストドールの呪いが僕を襲っている。
真綿で首を、じわじわと絞めてくるかのように……。
それでも僕は、走らなくてはならない。
絶対に、諦めてはならない。
絶対に――――
「あなたのその、霊の為に尽くす姿――尊敬に値します。実に美しい行動だと思います」
「…………。次はあなたですか……」
目の前に現れたのは、花鳥さんだった。
「ですが、ここで捕らえさせていただきます」
多種多様なアトマイザーを、各指の間に挟んでいる。
だけど間違いだよ花鳥さん。
あなたはこうやって、僕の目の前に堂々と現れちゃいけない。
だってあなたは、虎白さんのような実戦派ではないし、その異能を僕に知られているのだから。
他者の感情を操る香り――嗅がなければ良いだけの話だ。
「――等と、思っているのでしょう?」
「!?」
「当然ですよね。私のコレを知っている人なら、誰もがそうします。なので…………先に撒いておきました」
な……何だ? 急に……身体から力が抜けて……。
意識が……。
「怠惰の香り――存分に撒きましたので。どうですか? 眠くなってきましたでしょ? だるくなってきましたでしょ?」
「こっ……の……っ!」
香りを吹き飛ばすだけなら、遠慮なんていらない!
「助け……て……――やり過ぎ扇風機……マワルくん」
『がってんだ!!』
僕の目の前に、太眉で男らしい目とタラコ唇が前ガードについている扇風機が姿を見せた。
支柱からは手、下底部分からは某ネコ型ロボットのような足が生えている。
この方は幽霊ではなく、妖怪の類だ。
やり過ぎ扇風機マワルくん。彼の真骨頂は――風を巻き起こす事。
嵐のような、風を巻き起こす事。
『ぬっ、おおおぉおおおおぉおおっ!! 風よ舞え!! もっと!! もっとぉおおおおぉおおっ!! うおぉおおおおぉおおおおおおぉおおおおおおおっ!!』
「きゃっ!」
竜巻のような風が巻き上がる。
そのおかげで、例の香りも効果をなさない。
必殺、香り飛ばしだ。
…………ついでに、花鳥さんのスカートも舞い上がった。
「よしっ!」
目の保養も出来た事だし、あの香りを使えない花鳥さんには、僕を止める術はない。
マワルくんのお陰だ。
悠々と、横を通り過ぎさせて貰おう。
「それじゃあ花鳥さん。また後で」
「待ってください!」
呼び止められた。
「何でそこまで、見ず知らずの人形に取りついた霊を助けようとするんですか? そんなに……身体を張ってまで……」
「見ず知らず、じゃないです」
「え?」
「だって……僕と衣ちゃんはもう――友達ですから」
「友達……?」
「友達だったら、助けるのは当然でしょう?」
「助ける……? 何を言っているんですか? この一件を終えて、助かるのはあなたの方でしょう!? あなたは呪われている! それも、凛太郎くんよりも強く! そして重く! それなのにあなたは、その根源であるゴーストドールを助けたいと言う! 私には……あなたのその気持ちが、分からない!!」
……まぁ、そう言われるのも納得出来る。
だって普通なら、自分に害をなす霊の存在なんて、さっさと退治したいと思うに決まっている。
だけど僕は…………ああ、そうか……そうだったのか……。
ようやく……僕も気付くことが出来た。
「分かって貰えなくても結構です。だって僕――普通じゃありませんから」
僕も――変人だったんだ。
変人達が僕を理解出来ない程の……変人だったのだ。
「…………そうですか……止まらないんですね、あなたは」
「はい。止まりません」
衣ちゃんを――救うまでは。
「……どうやら……わたしが何を言っても無駄なようですね……本当に……あなた方には毎度毎度、手を焼かされます……」
「……すみません」
「謝らないでください。けれど私は、忠告しましたよ。止まった方が良い……と」
「はい……」
「この先には、本物がいます。私達なんて、遠く及ばない……本物が」
「やっぱり……いるんですね」
「はい……私は今、竜生くん……あなたの事が分からないと言いましたけど……それと同じくらい、彼の事が分かりません……可愛い後輩を、このように痛め付けて、果たして何がしたいのか……?」
花鳥さん……。
痛め付けている理由の一つに、僕が強情っぱりであるという事が間違いなく上げられると思うけれど……今この人が悩んでいるのは、きっと、そういう事じゃないんだろうな。
「心配いりませんよ、花鳥さん。確かにあの人は、馬鹿で阿呆で、とんでもない変人ではありますけど……。けれど、決してあの人は――――
人でなしでは、ありませんから」
「……竜生くん……」
「敵対しても、そう思ってるのは、変わりませんよ」
「そうですか……そこまで言うのなら……先に進んでください。彼が……この先で待っています」
「はい! それでは花鳥さん! また!」
「はい。……また、です……」
僕は止まっていた足を動かし始めた。
僕を見送る花鳥さんの姿が、徐々に小さくなっていき、次第に見えなくなってしまった。
優しいな……あの人は……どうしようもないくらい。
人間関係も、心配性な所も、潔癖症なのかな。
それも重度の……。
「そこが……花鳥の良い所でもあるんだよ」
「…………そういう所に、あなたは惚れたんですか?」
僕が辿り着いたのは公園。
その人が座っていたのは、象を模様した滑り台の上だった。
僕が辿り着いた事を……否、僕がここまで逃げて来た事を確認すると、まるで僕を見下ろすかのように立ち上がる。
「惚れる? 俺が? まさか。俺みたいな普通の人間に、花鳥みたいな超人の彼氏が務まる訳がないだろう」
「…………」
僕は知っている。
この人は――本気でそう思っている。
自分の事を――普通の人間である、と確信すらしている。
だからこそこの人は――化け物や怪物等と呼ばれるのだ。
僕も似たようなものだったのだろうな……。
僕もつい先程まで、自分の事を普通だと思っていたんだもんな……傍から見たら、普通じゃない人間が普通だと名乗る事ほど、気持ち悪いことはない。
こういう状況であれば――特にそう思う。
変人は――自分が変人である事を理解しないと、他人に迷惑をかけてしまうんだ。
「…………普通?」
だからこそ、伝えよう。
「あなたみたいな人が、普通の人間な訳がないでしょう。とびっきりの変人ですよ――――凛太郎さんは」
「…………失礼な奴だな」
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