4
「……っ! っつぅ……!」
口の中に血の味が広がる。
口腔内を切った……鼻血も止まらない……。
鼻の骨、折れたかな?
パンチ一撃一撃が、凄い威力だ……。
「お、まだ立つか。やるやんけ。モヤシみたいな身体しとる癖に」
「モヤシ……っていうのは、流石に僕を過小評価し過ぎてませんかねぇ……」
「そうか? 気に触ったんなら謝るわ。すまんな……」
「……こんな事を、聞くのは野暮だと思いますけれど……一つ、聞いていいですか?」
「ん? 何や?」
「僕が何をすれば、見逃してくれますか?」
「そのリュックサックの中にあるゴーストドールを今すぐ渡せ。そうすれば、これ以上の暴力はやめといたる」
「断ります」
僕は即答に即答で返した。
その譲歩だけは、絶対に認められない。
絶対に。
「せやろなぁ……コレで大人しく渡すと思う程、ウチはお前の事過小評価してへん。そもそもそんな臆病者が、ウチらから逃げようなんて思わんやろうしなぁ?」
「……よく、ご存知で……」
「せやから、ウチが取れる手は一つや――――力尽くで、奪う」
「……ですよね……」
絶体絶命……とは、正にこの事を言うのだろう。
僕では、逆立ちしたってこの人には喧嘩で敵わない……。
どう足掻いても、大怪我して、リュックサックの中のゴーストドールを奪われるのが関の山だろう……。
しかし――
手がない訳じゃあない。
僕にも……奥の手がある。
「コレは……人間相手に使いたくないんだけれどね……」
この状況なら、仕方ないよね……。
僕は口笛を吹いた。
友達を呼んだのだ。
どんな状況でも道を切り開いてくれる。
助けてくれる。
そんな頼もしい、友達を――
幽霊である、友達を。
『助けてくれ!! ――――――イタズラ傀儡師プー吉くん!!』
『オヒョヒョヒョヒョヒョー! はいヨー! お任セあレー!』
黄色くド派手な衣装に身を包んだニヤケ面した小太りの男が、軽快に空からフワりと現れた。
こういうタイプの幽霊は、基本的にフワフワと宙に浮いているのだ。そして自由自在に空中を動き回っている。
『ミスター竜生は、いつモ私を呼ブ時、ボロボロですネー』
『こういう状況じゃないと、そもそも呼ばないからね』
『所デ、私ハ何をすれば良いんでス?』
『いつものようにイタズラしてくれたら良いよ。得意でしょ?』
『利用でス』
ニタリと笑って、イタズラ傀儡師プー吉くんはその名の通りイタズラをする為に宙を舞った。
小太りなのに、よくもまぁあんな風に軽やかに動けるな。
プー吉くんの姿は、僕にしか見えない。
僕にしか声が聞こえない。
だって幽霊だもの。
従って――
僕の友達達は、人間に対して百発百中の奇襲を掛けることが出来る。
「何を一人でブツブツ変な声出してんねん! 呪いで頭おかしなったか? 待っとれ! 直ぐに引き剥がしたる……っ!!」
体を動かそうとする虎白さん。
しかし、身体が動かない。
「はぁ!? なんやコレ!! 何で身体が……どないなっとんねん!!」
『オヒョヒョヒョヒョヒョー!』
動かないのも当然、何故なら、傀儡師の糸に縛られているのだから。
まるで操り人形の如く、人間の身体を糸で操る。
それが、イタズラ傀儡師のイタズラ。
プー吉くんの、得意技だ。
『素晴らしいよプー吉くん! その調子で、拘束を継続でお願いします!』
『オヒョヒョッ! 容易イ御用だよン!』
『あ、でもその人幽霊に暴力振れるから、ある程度時間潰したら勝手に逃げてね! それじゃあね! 健闘を祈るよ!』
『オヒョヒョヒョ……ヒョ……え? 何ヲ殴れルって?』
『幽霊!』
そんな訳で、この隙に僕は逃走を図る。
「おいコラ! 竜生! お前何逃げとんねん!! 男らしいないぞ!! つーかさっきから何やねんその変な喋り方は!! この動けんやつと何か関係あんのか!? おい!! 竜生ぃー!!」
あーあーあー、何も聞こえなーい。
天下無敵の喧嘩番長も、動きを止められたら只の人って事だね。
あんな化け物相手に応戦なんて馬鹿げてる。逃げるべしだ。
それにしても……凄いパンチだった。
うわっ……鼻がジンジンしてきた……鼻血が止まんない。
両頬も腫れて、視界も狭くなってきた。
頬骨もヒビ入ってるな……コレは……。
アドレナリン出てなかったら悶絶してるレベルだ。
容赦なく殴ってきてたね、あの人……恩知らずめ。
とにかく、あんな化け物に目を付けられていてはキリがない。
他の四人も来てるだろうけど、実戦担当である虎白さんがやっぱり断トツでヤバいから……あの人とはもう会わないつもりで動かないと。
他の四人なら、何とかなりそうだし……。
何とか……。
何とか、なるかなぁ?
『カァーッ!!』
目の前から、鴉の大軍が押し寄せて来ている。
五十羽? いや、百羽はゆうに超えていそうだ。
そんな鴉の大軍が、僕目掛けて一斉に突進してきた。
これは……亀美さんからの刺客だね……。
『カァーッ!!』『カァーッ!!』『カァーッ!!』『カァーッ!!』『カァーッ!!『カァーッ!!』』『カァーッ!!』『カァーッ!!』『カァーッ!!』『カァーッ!!』『カァーッ!!』『カァーッ!!』『カァーッ!!』
「いてっ! いててっ! いてっ!」
身体中のあちらこちらをクチバシで突つかれる。
鴉の攻撃も馬鹿にできない。
鈍い痛みが全身を襲う。
くっそぉ……どの人もこの人も、呪われてる後輩に対して容赦がないなぁ!
「いてっ! ……ぐ、うぅぅううっ!!」
足を止めてたまるか!
こんなの……こんな痛みなんて……! 衣ちゃんが味わってきた苦しみや憎しみに比べたら、なんて事はない!
進め! 何とか出来る事を信じて! 前に進むんだ!!
「っ!! おわっ!」
リュックサックが引っ張られている!
凄い力だ! 破られる!!
ビリビリと、生地が避ける音がした。
リュックサックの中身が飛散してしまう。当然、ゴーストドールも。
すかさず鴉の大軍が、ゴーストドールを奪おうと羽ばたきを見せた。
「さ、せ、る、かぁー!!」
僕は身を呈してそれを阻止。
強く強く、ゴーストドールを抱き抱えた。
『た、竜生お兄ちゃん!? ど、どうしたのその傷!?』
『ちょ、ちょっと……その辺で転んじゃってね……気にしないで……』
『転んだ程度の傷じゃ……それに何? この鳥の大群!!』
『大丈夫……安心して……僕が必ず――君を守り通すから……必ず』
『竜生……お兄ちゃん……』
こうなったら仕方がない……人間よりも何よりも、動物に対しては一番使いたくないんだけれど。使いたくなかったんだけれど。
またもや呼ぶしかない!
友達を!
『助けてくれ!! ――――しっぽピストルダンディー猫三郎!!』
次の瞬間、凄まじい銃声が数多く鳴り響き、僕と衣ちゃんを囲っていた鴉の内半数以上が、その銃弾の餌食となった。
可哀想だけど……仕方がない。
『安心しな、一羽足りとも、命を奪っちゃいねぇからにゃあ……』
『ね、猫三郎さん! いつの間に僕の頭の上に!?』
『いつでもどこでも現れるさ、君が助けを求めたのなら、にゃ。にゃんたって吾輩は――ダンディーだからにゃあ』
タバコを吸って、真っ黒なサングラスを掛け、真っ黒なスーツに身を包み、ダンディーな雰囲気を醸し出す化け猫――しっぽピストルダンディー猫三郎さん。
彼のしっぽの先は名前の通りピストルになっていて、狙った獲物は逃さない百発百中といえる凄まじい精度と、一秒間に二十発は連射できる速度で、標的をガンガン撃ち抜いていく。
ちなみに、放つ弾丸は猫じゃらしを丸めた物であるらしく、殺傷能力は全くないのでご安心、との事。
猫三郎さんいわく、『敵を殺めない事が、にゃにより……ダンディーだろう?』という事らしい。確かにダンディーだ。
『殺傷能力はにゃいが……こんにゃ柔らかい弾丸でも、当たると痛いぜ? にゃんたって、吾輩は――ダンディーだから……にゃあ』
『頼みます! 猫三郎さん!』
『さぁ……
僕の頭の上で、猫三郎さんがしっぽピストルで鴉の相手をしてくれている。
またしても道が開けた。
プー吉くんといい、猫三郎さんといい……本当に……。
頼りになる、友霊達だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます