「……っ! っつぅ……!」


 口の中に血の味が広がる。

 口腔内を切った……鼻血も止まらない……。

 鼻の骨、折れたかな?


 パンチ一撃一撃が、凄い威力だ……。


「お、まだ立つか。やるやんけ。モヤシみたいな身体しとる癖に」

「モヤシ……っていうのは、流石に僕を過小評価し過ぎてませんかねぇ……」

「そうか? 気に触ったんなら謝るわ。すまんな……」

「……こんな事を、聞くのは野暮だと思いますけれど……一つ、聞いていいですか?」

「ん? 何や?」

「僕が何をすれば、見逃してくれますか?」

「そのリュックサックの中にあるゴーストドールを今すぐ渡せ。そうすれば、これ以上の暴力はやめといたる」

「断ります」


 僕は即答に即答で返した。

 その譲歩だけは、絶対に認められない。

 絶対に。


「せやろなぁ……コレで大人しく渡すと思う程、ウチはお前の事過小評価してへん。そもそもそんな臆病者が、ウチらから逃げようなんて思わんやろうしなぁ?」

「……よく、ご存知で……」

「せやから、ウチが取れる手は一つや――――力尽くで、奪う」

「……ですよね……」


 絶体絶命……とは、正にこの事を言うのだろう。

 僕では、逆立ちしたってこの人には喧嘩で敵わない……。

 どう足掻いても、大怪我して、リュックサックの中のゴーストドールを奪われるのが関の山だろう……。



 しかし――


 


 僕にも……がある。


「コレは……使……」


 この状況なら、仕方ないよね……。

 僕は口笛を吹いた。


 を呼んだのだ。


 どんな状況でも道を切り開いてくれる。

 助けてくれる。

 そんな頼もしい、を――



 を。



『助けてくれ!! ――――――!!』

『オヒョヒョヒョヒョヒョー! はいヨー! お任セあレー!』


 黄色くド派手な衣装に身を包んだニヤケ面した小太りの男が、軽快に空からフワりと現れた。

 こういうタイプの幽霊は、基本的にフワフワと宙に浮いているのだ。そして自由自在に空中を動き回っている。


『ミスター竜生は、いつモ私を呼ブ時、ボロボロですネー』

『こういう状況じゃないと、そもそも呼ばないからね』

『所デ、私ハ何をすれば良いんでス?』

『いつものようにイタズラしてくれたら良いよ。得意でしょ?』

『利用でス』


 ニタリと笑って、イタズラ傀儡師プー吉くんはその名の通りイタズラをする為に宙を舞った。

 小太りなのに、よくもまぁあんな風に軽やかに動けるな。


 プー吉くんの姿は、僕にしか見えない。

 僕にしか声が聞こえない。

 だって幽霊だもの。

 従って――


 僕の友達は、人間に対して百発百中の奇襲を掛けることが出来る。


「何を一人でブツブツ変な声出してんねん! 呪いで頭おかしなったか? 待っとれ! 直ぐに引き剥がしたる……っ!!」


 体を動かそうとする虎白さん。

 しかし、身体が動かない。


「はぁ!? なんやコレ!! 何で身体が……どないなっとんねん!!」

『オヒョヒョヒョヒョヒョー!』


 動かないのも当然、何故なら、傀儡師の糸に縛られているのだから。

 まるで操り人形の如く、人間の身体を糸で操る。

 それが、イタズラ傀儡師のイタズラ。


 プー吉くんの、得意技だ。


『素晴らしいよプー吉くん! その調子で、拘束を継続でお願いします!』

『オヒョヒョッ! 容易イ御用だよン!』

『あ、でもその人から、ある程度時間潰したら勝手に逃げてね! それじゃあね! 健闘を祈るよ!』

『オヒョヒョヒョ……ヒョ……え? 何ヲ殴れルって?』

『幽霊!』


 そんな訳で、この隙に僕は逃走を図る。


「おいコラ! 竜生! お前何逃げとんねん!! 男らしいないぞ!! つーかさっきから何やねんそのは!! この動けんやつと何か関係あんのか!? おい!! 竜生ぃー!!」


 あーあーあー、何も聞こえなーい。

 天下無敵の喧嘩番長も、動きを止められたら只の人って事だね。

 あんな化け物相手に応戦なんて馬鹿げてる。逃げるべしだ。


 それにしても……凄いパンチだった。

 うわっ……鼻がジンジンしてきた……鼻血が止まんない。

 両頬も腫れて、視界も狭くなってきた。

 頬骨もヒビ入ってるな……コレは……。

 アドレナリン出てなかったら悶絶してるレベルだ。

 容赦なく殴ってきてたね、あの人……恩知らずめ。


 とにかく、あんな化け物に目を付けられていてはキリがない。

 他の四人も来てるだろうけど、実戦担当である虎白さんがやっぱり断トツでヤバいから……あの人とはもう会わないつもりで動かないと。

 他の四人なら、何とかなりそうだし……。


 何とか……。


 何とか、なるかなぁ?


『カァーッ!!』


 目の前から、鴉の大軍が押し寄せて来ている。

 五十羽? いや、百羽はゆうに超えていそうだ。

 そんな鴉の大軍が、僕目掛けて一斉に突進してきた。


 これは……亀美さんからの刺客だね……。


『カァーッ!!』『カァーッ!!』『カァーッ!!』『カァーッ!!』『カァーッ!!『カァーッ!!』』『カァーッ!!』『カァーッ!!』『カァーッ!!』『カァーッ!!』『カァーッ!!』『カァーッ!!』『カァーッ!!』

「いてっ! いててっ! いてっ!」


 身体中のあちらこちらをクチバシで突つかれる。

 鴉の攻撃も馬鹿にできない。

 鈍い痛みが全身を襲う。

 くっそぉ……どの人もこの人も、呪われてる後輩に対して容赦がないなぁ!


「いてっ! ……ぐ、うぅぅううっ!!」


 足を止めてたまるか!

 こんなの……こんな痛みなんて……! 衣ちゃんが味わってきた苦しみや憎しみに比べたら、なんて事はない!

 進め! 何とか出来る事を信じて! 前に進むんだ!!


「っ!! おわっ!」


 リュックサックが引っ張られている!

 凄い力だ! 破られる!!

 ビリビリと、生地が避ける音がした。

 リュックサックの中身が飛散してしまう。当然、ゴーストドールも。

 すかさず鴉の大軍が、ゴーストドールを奪おうと羽ばたきを見せた。


「さ、せ、る、かぁー!!」


 僕は身を呈してそれを阻止。

 強く強く、ゴーストドールを抱き抱えた。


『た、竜生お兄ちゃん!? ど、どうしたのその傷!?』

『ちょ、ちょっと……その辺で転んじゃってね……気にしないで……』

『転んだ程度の傷じゃ……それに何? この鳥の大群!!』

『大丈夫……安心して……僕が必ず――君を守り通すから……必ず』

『竜生……お兄ちゃん……』


 こうなったら仕方がない……人間よりも何よりも、動物に対しては一番使いたくないんだけれど。使いたくなかったんだけれど。

 またもや呼ぶしかない!


 友達を!


『助けてくれ!! ――――!!』


 次の瞬間、凄まじい銃声が数多く鳴り響き、僕と衣ちゃんを囲っていた鴉の内半数以上が、そのの餌食となった。

 可哀想だけど……仕方がない。


『安心しな、一羽足りとも、命を奪っちゃいねぇからにゃあ……』

『ね、猫三郎さん! いつの間に僕の頭の上に!?』

『いつでもどこでも現れるさ、君が助けを求めたのなら、にゃ。にゃんたって吾輩は――ダンディーだからにゃあ』


 タバコを吸って、真っ黒なサングラスを掛け、真っ黒なスーツに身を包み、ダンディーな雰囲気を醸し出す化け猫――しっぽピストルダンディー猫三郎さん。

 彼のしっぽの先は名前の通りピストルになっていて、狙った獲物は逃さない百発百中といえる凄まじい精度と、一秒間に二十発は連射できる速度で、標的をガンガン撃ち抜いていく。

 ちなみに、放つ弾丸は猫じゃらしを丸めた物であるらしく、殺傷能力は全くないのでご安心、との事。

 猫三郎さんいわく、『敵を殺めない事が、にゃにより……ダンディーだろう?』という事らしい。確かにダンディーだ。


『殺傷能力はにゃいが……こんにゃ柔らかい弾丸でも、当たると痛いぜ? にゃんたって、吾輩は――ダンディーだから……にゃあ』

『頼みます! 猫三郎さん!』

『さぁ……鴉の大軍ベイビーちゃん達、おねむの時間だぜい』


 僕の頭の上で、猫三郎さんがしっぽピストルで鴉の相手をしてくれている。

 またしても道が開けた。

 プー吉くんといい、猫三郎さんといい……本当に……。


 頼りになる、友達だ。

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