ゴーストドールが可哀想

 僕は今電車に乗っている。

 住んでいた町から、出来るだけ遠くに離れる為だ。

 何せ相手は、あの変人達なのだ。

 どれだけ遠くへ逃げても、逃げ過ぎという事はない。

 例え地球の反対側へ逃げたとしても、追い掛けてくる。彼ら彼女らは、そういう人達である。

 やり過ぎ、逃げ過ぎぐらいでちょうど良い。


 時刻は今、十二時半過ぎ……昼休みに入った頃だけれど、既に動き出している事だろう。

 彼らは、世間知らず的な意味ではおバカだけれど、こういったシチュエーションでは、もの凄く頭が切れるタイプであるから、恐らく僕の逃走も、既に看破されているに違いない。

 同じクラスの龍子さんもいる訳だし、看破されていない方がおかしいとみるべきだ。


 さて、ここからどうしようか。


 宿は、そこら辺のホテルで泊まれば良いとして……問題は、ゴーストドールだ。

 そもそもコレが原因で、こんな逃亡をする羽目になったのだから、最優先で何とかしないと……。

 何とか……といっても、結局の所、現状一番頼りになりそうな怪談マニアさんとのコンタクトは取れず仕舞いだったからなぁ……。

 放課後の時間帯になったら、電話してみる……。


『竜生お兄ちゃん竜生お兄ちゃん』


 ん? リュックサックの中から声が聞こえる。

 衣ちゃんだ。


『何かカバンの中で、ブーブー震えてる物があるんだけど……何これ?』


 げっ! 着信かな?

 龍子さん辺りだろうか?

 だとすると、場所を特定される可能性がある。すぐに電源を落とさないと…………ん?


 この番号は……?


 僕は通話ボタンを押した。


「も……もしもし?」

『良かったぁ、繋がった! もしもし央くん、聞いたよ。大変な事になってるんだってねぇ』

「まぁね……どうしてこんな事になってしまったんだか……」

『こっちも大騒ぎだよ。授業中に、ガラの悪そうな関西弁の女の人が教室のドア蹴り破って入って来てさぁ! 「竜生は何処やぁ!! 竜生はぁ!!」って散々怒鳴り散らした挙げ句、東さんと一緒に早退しちゃうんだもん! ビックリしたよ』


 虎白さんだな……。

 毎回思うけど、他所の教室入る時ドア蹴り壊すのやめた方が良いと思うんだけどなぁ……。

 まぁ、とにかく、これで既に動いている事は確定した訳だ。


「情報をありがとう……」

『ねぇ、こっちでは、〈央くんが街で警官五名を殴り倒す悪さをして、それを捉えようとしている中宮木先輩達が、あなたを誘き寄せる為に東さんを拉致した〉みたいな話になってるんだけど……違うんだよね?』

「全然違うから安心して」

『皆めちゃくちゃこの話信じちゃってるよ? 央さんなら納得って』

「普段の僕、どんなイメージなのさ……何かショック……」


 どこをどう噂が錯綜すれば、そんな話になるんだよ……。

 見当違いも甚だしいし、僕凄まじい風評被害を受けてない?

 この一件の後、僕の学校生活は大丈夫なのだろうか?


「とにかく、その話はビックリするくらい見当違いだから」

『だよね。という事はやっぱり、ゴーストドール関係って事で良いのかな?』

「どんぴしゃだね。さすが怪談マニアさん」

『んん? ……何か、ガタンゴトンって音が聞こえるけど……ひょっとして今、電車乗ってる?』

「ああ。ちょっくら逃げる為にね。隣町より向こうへ逃げようと思っててね」

『何でそんな遠くまで?』

「変人達から逃げる為」

『納得』


 もう一度言うが、彼ら彼女らを相手にした場合、地球の裏に逃げても安全とは言い難いのだ。

 だから逃げるのも全力で遠くへ、これが鉄則だ。


『そもそも何で追われてるの?』

「それなんだよ」

『……それ?』

「うん、それ。ちょうど今日の放課後くらいに、君に電話をしようと思っていた所だったんだよ。それをわざわざそちらから掛けていただき、感謝をしております」

『あ、そうなの? 良かったぁ……邪魔しちゃってたら悪いなって思ってたのよ……』

「本当は、今日の朝直接話すつもりだったんだけど……君の姿が見えなかったんで……朝、何してたの? ホームルーム前」

『えぇ……女子にそれ聞くぅ?』

「え……聞いちゃダメな事してたの?」

『ううん。普通にう〇こだけど』

「そ、そうなんだ……」


 素直で良いなぁ……こういう所、凄く好感が持てる。

 暴力三昧の幼馴染にも見習って欲しいものだ。


『これからどうするの?』

「変人達から逃げ切りながら、ゴーストドールの呪いを解く」

『それ、めちゃくちゃハードル高いんじゃ……』

「うん。めちゃくちゃ高いね。けど、やるしかない。衣ちゃんを、必ず良い形で成仏させてあげるんだ」

『衣ちゃん? 誰? 彼女?』

「実はその事について……君の知識を借りたかったんだよ」

『知識? ……私の?』

「うん。君の、怪談マニアとしての知識を」

『えぇーーっ!?』

「?」


 何をそんなに驚いているんだ? この人。

 あたふたしている声色で、怪談マニアさんは言う。


『で、でも私……恋なんて一度もした事なくて……! その……あの……か、怪談に関する知識が、恋愛に活かせるのかどうかっていうのは、未知数であって……その……えーっとぉ……』


 ……あー……なるほど……。

 衣ちゃん、という存在が、僕の彼女であると勘違いしている訳ね……。


「違うちがう、衣ちゃんっていうのはね? ゴーストドールに憑依している霊の名前だよ」

『へっ!? あ、ああーっ! そ、そうなんだぁ! な、なぁんだ私、勘違いしちゃってたんだぁー!! は、恥ずかしぃー!! きゃーっ!!』

「そもそも、僕みたいな地味な人間に彼女なんている訳ないじゃないか……」

『…………へ、へぇー……そっかぁ…………』


 ん? 何この反応……。


「怪談マニアさん?」

『ああ! うん! 何でもない何でもないっ! それより、衣ちゃんっていうのが、ゴーストドールのお名前なんだね?』

「正確には、ゴーストドールに憑依している霊の内――

『一人の……? その言い方だと、まるで……』

「そうなんだよ。ゴーストドールの中には――――二体の霊が憑依しているんだ」

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