ゴーストドールの呪いは、やはり相当重く。

 身体を動かすもやっと、というレベルの倦怠感だった。

 睡眠不足も、その要因の一つではあるのだろうけれど……。


 とにかく、精をつける為、無理やり朝ご飯をかき込み。準備をして学校へ。


 今日の日付は七月二十八日……間もなく夏休みがきてしまう。

 それ迄に、と直接コンタクトを取っておきたい。

 電話で伝えるよりも、実際に会って話した方が現状を把握してもらいやすいだろうから。


 さて、それに至るまでの問題点が一つ。


 龍子さんの存在と、『ゴーストドール除霊研究部』の面々の存在だ。

 彼ら彼女らが、現状どのように動いてくるのか検討が付かない。


 僕の考えでは、凛太郎さんはまだ病院だろうけど、退院したらゴーストドールの除霊に向けて動く事だろう。これについては確実といえる。

 何故なら本人がそう言っていたからだ。一度言った事は曲げない、中宮木凛太郎とは、そういう男なのだ。


 龍子さんについては、逆にそんな凛太郎さんを止める為動くと思う。ブラコンである彼女は、何よりも凛太郎が安全に健康でいてくれる事を望む筈だからだ。

 せっかくゴーストドールから解放されたのに、自らまた危険なものに近付こうとするのを黙って見ているような人ではないだろう。恐らく彼女はもう、出来る限りゴーストドールには近付かないスタンスを取ると思われる。


 そして、一番行動が読めないのが、ハーレム三人衆の虎白さん、花鳥さん、亀美さんだ。

 ここが一番読めない。

 凛太郎さんが呪いから解放されたことを受け、この件から身を引くのか。

 はたまた、凛太郎さんと一緒にゴーストドールの除霊に向けて動くのか……全くもって検討がつかない。

 それぞれが別行動を取る可能性すらある。

 危険人物以外の何者でもない。

 会わないようにするのが最良だろう……。


 そして彼ら彼女らについて一つだけ、確実に分かっている事がある。

 それは、彼ら彼女らが、まだゴーストドールに関わるという選択肢を選んだ場合、間違いなく除霊を目的とする事だ。

 そうなってくると、僕の思惑とは正反対だ。


 あの男の悪霊だけでも厄介なのに、あの変人達まで敵に回ったら、どう頑張っても僕の手に負えない。

 僕の命は助かるだろうけど、衣ちゃんは守れない。


 それは僕の本意ではない。


 出来る事なら、彼女達にはこの件から身を引いて貰いたい……。

 そして、凛太郎さんが退院するまでに決着をつける。

 これが理想だ。


「どうしたんだ? 竜生、そんな暗い顔をして。そんなに俺が心配だったか?」

「あ、凛太郎さん、大丈夫なんですか? 身体の方は……」

「おう! お陰様で圧倒的完治だ! これでもかってくらい身体が軽いぜ!」

「良かったです。でも……退院して良かったんですか?」

「ああ……それがな? 元気になったのが嬉しすぎて、昨日一晩病院で暴れ散らしたんだよ、そしたら『出てけ』って、追い出されちまってよぉ」

「あはは、何ですかそれ、傑作ですね。まぁ、凛太郎さんらしいと言えば、凛太郎さんらしいですけど」

「だな! 俺らしいな! がはははっ!」

「あははは……はは……は…………」


 凛太郎さん!?

 え? ええっ!? も、もう退院したの!? しちゃったの!?

 病院で暴れ散らしたって何だ!?

 凛太郎さんらしいって何だ!?

 追い出されたって!? 何やってんだよこの人!!


「病院って、静かにするべき所なんだな。知らなかったなぁ、良い社会勉強になったぜ」


 そ、そうだった!!

 この人、つい最近まで病院という存在すら知らない変人だったんだった!!

 きっと病院を、修学旅行の宿泊先ホテルなんかと勘違いしてはしゃぎまくったに違いない!

 あぁー……凛太郎さんが超ド級の阿呆である事を、計算に入れ忘れてたぁー……。


「お前が色々と動いてくれたんだろ? サンキューな」

「え? あ、はい……」

「流石、竜生だ! だてにゴーストバスターって呼ばれてねぇな!」

「だからそんな風に呼ばれた事ありませんって……」


 何なのさ……そのゴーストバスターって……。

 そんな不吉そうなあだ名、願い下げだよ……。


「所で、ゴーストドールはもう――除霊できたのか?」

「っ!!」


 ドクンッ! と、僕の心臓が跳ねた。

 これは――チャンスじゃないか?

 もしここで僕が、ゴーストドールは除霊したって嘘をつけば、あの面々は全員この一件から身を引いてくれるんじゃ……。

 凛太郎さんが早々に退院して、マズいと思ったけど、これは最高の流れだ。


「もちろんですよ! ぶっ倒してやりました!」

「…………。ふぅーん……そっか、やるじゃねぇか! これでもう、ゴーストドールという怪談はお終いになったって事で良いんだな?」

「はい! だからもう何も心配は――」

「お前……何か今日、しんどそうじゃねぇか? 顔色も悪いしよ」

「い、いやっ! これは……ね、寝不足で! 昨日のゴーストドールとの激闘の疲れであって……その、気にするような事じゃありませんので!」

「……そうか、疲れか……」


 …………く、苦しい言い訳だったか?


「ったく! 弱っちぃ奴だなぁ! もっと飯を食え、飯を!! そしたら身体壊したりなんてしねぇからよ! 俺を見習え! 俺を!」

「が……頑張ります……あはは……」


 よ、良かった……無事、信じて貰えたみたいだ……。


「まっ、お前のおかげでゴーストドールの一件は無事解決! これでもう、『ゴーストドール除霊研究部』は用無しだな! たった一日、短い命だったが、もう必要ないし、廃部にしてもらうとするか」

「……そうですね……」


 あの部活……結局、自己紹介くらいしかまともな事しなかったな。


 しかし、これでもう、そちら関係の不安材料は全て片付いた訳だ。

 龍子さんにしろ、ハーレム三人衆にしろ、全ては凛太郎さんを中心に回っている。

 つまり凛太郎さんさえ、この件から身を引いてくれさえすれば、皆右にならえで同じ方向へ向く、という訳だ。

 

 良かった良かった……これで、ゴーストドール怪談の解決だけに焦点を絞れる。

 本当に良かった……。


「……ま、次何かあったら、頼むわ」

「あ、はいっ! こちらこそ、お願いします」

「じゃあな、竜生。今日からは、ゴーストドール除霊研究部の集まりは無しだ。放課後はゆっくり休めよー」

「はい! ありがとうございます!」


 よし! これで後は、何とか方法を探し出して、衣ちゃんを助けるだけだ。

 助ける、だけ……なのだけれど……。


 順調過ぎないか?

 何より――


 凛太郎さん……物分かりが良すぎじゃなかった? 


 あんな人だったっけ?

 それだけ僕の事を信用してくれている、とも取れるけれど……。

 何故だろう……違和感が残っている。

 僕としては、この違和感が…………杞憂であることを、祈るのみだ。

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