『まさか、ワシと会う為に、この人形を道端に捨てる人間がいたとはなぁ……予想外過ぎて、腸が捩れるわ』


 衣ちゃんが喋っている時には、人形の顔に変化は無かった。それどころか、指一本動かせずにいたのに。この男が喋る時は違う。

 口はしっかりと動いているし、表情も作れている。身体も、自由自在と言わんばかりに動かせている。

 その事から察するに……。


『あんたが……ゴーストドールの、主人格って事で良いのかな?』

『いいや、それは違う』


 男は即答した。


『この身体の主人格は、あのガキだ。確か、衣つったか?』

『……じゃあ何で、お前の方が身体を動かせているんだ』

『決まっているだろう、そんな事――ワシがこの身体を乗っ取ったからだよ』

『っ!!』

『このガキは生前ワシを散々脅かしてくれたからなぁ! ので、そうは問屋が卸さないと、無理やり現世に留めてやったのさ!!』

『…………は?』


 無理やり……現世に、留めた?

 この男を生前……脅かしてた? 死んだのを確認?

 それって……まさか……。


『痛快だったよ、あの時はなぁ。ワシを呪って殺したガキが、そのワシに魂を乗っ取られ、呪い殺人の汚名を着させられているんだ!! 愉快! 実に愉快だろう!!』

『…………』

『毎度毎度なぁ……ワシが拾い主を呪う度になぁ……このガキは叫ぶんだよ……やめてと、もうやめてくださいお願いだから――とな。クククッ! あはははははははっ!! 分かるか小僧! この快感を! 生前ワシを散々恐がらせてくれたガキが、今じゃワシの掌の上で踊る糸人形じゃ!! 自らの意に反する殺人を山程犯し! 人を殺したくないというガキの手を、真っ赤に染め上げる事の出来る快感を――お主は知っておるのか!?』

『……うーん……分かんないなぁ……』


 分からない。

 全くもって分からない。

 分かろうとも思えない。

 むしろ、それを理解出来たらおしまいな気がする。

 人として……一人の、人間として。


『とりあえず……今の僕に分かる事は、お前が根っからの糞野郎だって事くらいかなぁ?』

『そうやって強がっているが良いさ。貴様は間もなく死ぬ! !! よもや、! !!』

が来るまで、現世に居られると思ってるのかなぁ? 脳天気だね』


 さぁ……を呼んで、全てを終わりにしよう。

 僕は口笛を吹――


『あれ? ……竜生お兄ちゃん……? 何してるの?』

『っ!!』


 ――……え?

 衣ちゃん!?

 という事は――――やられた!!


 あの男――!?


 そんな馬鹿な!!

 普通こういったケースでは、入れ代わるのにルールや条件がある筈だぞ!? それが必要ない程、!?

 予想外にも程がある!!


『竜生お兄ちゃん……? どうかしたの? もしかしてあの黒い男の人が、何かした?』


 そう、僕の事を心配してくれる衣ちゃんの身体は……ピクリとも動かない。

 口も身体も……指の一本すらも……。

 あの男に……支配されているせいで……。


『竜生……お兄ちゃん?』

『ごめんよ、衣ちゃん……僕、失敗してしまった……』

『え? 失敗?』


 失敗だ。僕の認識が甘かった……。

 こうなってしまったら、恐らくもう……あの男は僕の前に姿を現す事はないだろう。

 僕が、この呪いで死ぬまで……。


 霊に名前を知られるという事は――霊に弱点を曝け出すのと同じ事だ。

 極寒の吹雪の中、服を全て脱ぎ捨てたのと同じ。

 侍が刀を捨てたのと同じ。

 鎧武者が鎧を脱いだのと同じ。


 名を知られた僕には――通常以上の呪いが降り掛かる事だろう。そうなったら僕には、とてもじゃないけど耐えられない……。


 今の僕に取れる手は、この――事くらいだ……。

 そんな事……そんな悲しい事、僕には出来ない。


 正直――詰んだといっても過言ではない。


『竜生お兄ちゃん……暗い顔してる。大丈夫?』

『ああ……大丈夫だよ。ちょっとこんな時間だから眠くてね……もう寝ようか、お互いに』

『……うん……』


 衣ちゃんは、優しい子だな……。

 こんな優しい子が、何であの男を……。

 きっと、色んな事があったのだろう……衣ちゃんにも。

 今のこの状況は――この子にとって、途轍もなく辛い状況の筈だ……。


 成仏を止められた挙句、恨んでいた男に身体を乗っ取られ。

 したくもないのに、人を呪い続けさせられて。

 殺人の汚名を着せられて……。


 ああ……助けてあげたい。

 救ってあげたい……この子を……。


 現状が詰んでいる? それがどうした。


 他に手がある筈だ。

 探そう……あの男だけを祓い、この子を成仏させてあげられる方法を。


 もっと情報が必要だ。

 もっともっともっと、情報が。

 となると、僕がこの件を相談すべきは一人しかいない。


「明日……いや、もう今日か。学校で、相談してみよう……」


 そんな事を思いつつ……僕はゆっくりと目を閉じる。


「おやすみ、なさい……」


 動き回ってヘトヘトだった僕は、すんなりと眠りに落ちる事が出来たのだった。

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