『――――という訳だ。これが……僕が霊と話せるようになったきっかけだよ……どう? 笑えるでしょ?』


 僕は語った。

 語り終えた。

 全てをさらけ出した。

 他人の心を開くには、先ずはこちらから開くのが一番手っ取り早い。

 さぁ……ゴーストドール、君はどう出る?


『……何か話が小難しくて、分かりづらかった』


 えぇ……。

 幼い子だと思ったから、かなり優しく噛み砕いて説明したつもりだったんだけどなぁ……。


『でも、大変だったんだなぁーとは思いました』


 しょ、小学生並みの感想っ!

 くっ……僕の哀しき過去が通用しないなんてっ! ゴーストドール、何て恐ろしい怪談なんだっ!!


『でも、そんな話聞かなくても、お兄さんが良い人だって言うのは、見れば分かるよ』

『! そう?』

『うん! 前回の――あの変人クソ野郎に比べると、五兆倍良い人だよ』

『へ、変人クソ野郎?』


 凛太郎さん……凄い嫌われてる。


『あの変人から、早く逃げ出したくて逃げ出したくてたまらなかった……アレは化け物の類よ……怪物よ……人間じゃないわ……私を塩まみれにしたり……部屋も汚いし……何度ゴキに這い回られた事か……何であの環境の中で生きていられるのよ……信じられない……あの男……絶対に許さないんだから……』


 ゴゴゴゴゴゴ……! という効果音が聞こえてきそうな程、ゴーストドールさんから怒りと恐怖の入り交じった声が放たれた。

 ああ……そうだよね……あの汚部屋に三週間も居た訳だもんね……そういう事もあるよね……。

 心中お察しします……。


『えーっと……何と言うか……その……気の毒だったね』

『でも、次に拾われたのが、あなたみたいな人で良かった。あの地獄を耐え抜いたかいがあったわ! これこそ、神様が与えてくれたご褒美なのね! 地獄を乗り越えた先に天国があるって本当だったのよ! そう考えると、あの地獄も悪くなかったと思えるわ!』

『…………』


 デリケートって言葉を知らない程幼い子に、凄い悟らせている。

 凛太郎さん……やはりあなたは凄い人だ。

 主に反面教師的な意味で。


 とにかく、今は無駄話をしている暇はないんだ。

 話を進めないと。


『その前回の持ち主は今、病院で寝ている訳だけれど……そういった恨みがあったから、呪ったのかい?』

『…………やっぱり…………急に取り憑きが解除されたから、ひょっとしてとは思っていたんだけれど……そっか……あの変人でも、耐えられなかったんだ……そっか……』

『……急に?』


 何だ? その言い方だと、まるで呪いを終えた結末をみたいじゃないか。

 どういう事だ?


『凛太郎さん……前回の持ち主が、倒れたっていう事を知らなかったの?』

『薄々は気付いてたけど……詳しくは……』

『で、でも、呪いをかけたのは、君なんだろ?』

っ!』

『え……?』


 私じゃない?


『ううん……違うね……結果としては、私が呪ったみたいなものなんだけど……でもそれは私じゃないの……』

『つまり……君の意思ではない――って事かい?』

『うん……』


 ゴーストドールの……意思、じゃない?

 何が起こってるんだ? この日本人形の中で……。


『私はダメって言ってるんだけど……止められないの……』

『ダメって言っている? 誰に?』

『……この人形の中にいる――もう一人の、黒い男の人』

『も、もう一人!?』

『うん……その人が呪いを振りまいちゃってるの……その人、拾ってくれた人を殺そう殺そうとするから……私が何とかそれだけはダメって出来てるんだけど……』

『つまり……君はどちらかと言うと、という事かい?』

『うん……』


 という事は……この子が居なければ、そのもう一つの人格が放つ呪いは、人間を殺める程度の殺傷能力を持つ、という事か。

 逆にこの子がいる限り、呪いを受けた人達は死んでいない可能性が高い。


『……今聞いた話は、本当の事だと捉えて良いんだね?』

『うん……だから私、困ってる』

『…………』

『人、傷付けるのダメ……人、傷付けたくない……なのに止められない……辛い……私を拾ってくれる人、皆大抵良い人……例外もいるけど……』


 例外……恐らく変人凛太郎さんの事だろう……。


『そんな良い人達が、辛い目に合う……だから悲しい……何とかしたい……けど、私には……何も出来ない……』


 ……この子は、優しい子だ……。


『ねぇ……君の名前は、何て言うんだい?』

『私の……名前?』

『そう、生前の……君の名前……』

『ころも……葉隠はがくれ ころも

『衣ちゃんだね』

『お兄ちゃんの名前は……?』

『僕の名前は、央 竜生。竜生って呼んでくれ』

『竜生……お兄ちゃん。竜生お兄ちゃんなら……何とか出来る? この黒い男の人を、何とか出来る?』

『……ねぇ、衣ちゃん……僕はね、実の所、君を除霊するか、成仏させてあげようか、迷ってたんだ』

『じょれい? じょうぶつ?』

『除霊というのは、その日本人形の身体から、強制的に君の魂を引き剥がし、無理やり天国か地獄へ送る事だよ』

『何それ怖い。竜生お兄ちゃん、怖い人だったの……?』

『もう一つの成仏は、霊が現世へ留まっている要因を解決して、方法なんだけど……君は、どっちが良い?』

『じょうぶつが良い!』


 衣ちゃんは即答だった。

 当然の解答だ。

 どんな悪党だろうと、当たり前のように成仏を望む筈だ。

 現世に留まる霊達には、必ず留まっているんだ……。除霊とは、そんな事お構い無しにあの世へ送る事……。

 霊にとっては無念以外のなにものでもない結末。


 だから僕は――除霊が嫌いなのだ。


『分かった。除霊ではなく、成仏を目指そう』

『……良いの?』

『うん、ソレを選ぶのは……選べる事は君の権利だ。僕は君の意向に沿うよ。一緒に、黒い男を何とかして、成仏の道筋を立てよう』

『ありがとう! 竜生お兄ちゃん! 約束だよ?』

『ああ……約束だ』


 僕は日本人形の手に優しく触れた。

 気の所為だろうか? 人形の無機質な小さな手が、ほんの少し、暖かく感じた。


 さて、ある程度話が纏まった所で、いよいよ……凛太郎さん達にかけられている呪いへの対処、といこうか。

 ソレについての対処法は心配いらない……


『衣ちゃん』

『ん? なぁに?』

『今から――ちょっと見た目が怖い人をけど、怖がらないでね』

『え?』


 僕は、口笛を吹いた。

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