5
『――――という訳だ。これが……僕が霊と話せるようになったきっかけだよ……どう? 笑えるでしょ?』
僕は語った。
語り終えた。
全てをさらけ出した。
他人の心を開くには、先ずはこちらから開くのが一番手っ取り早い。
さぁ……ゴーストドール、君はどう出る?
『……何か話が小難しくて、分かりづらかった』
えぇ……。
幼い子だと思ったから、かなり優しく噛み砕いて説明したつもりだったんだけどなぁ……。
『でも、大変だったんだなぁーとは思いました』
しょ、小学生並みの感想っ!
くっ……僕の哀しき過去が通用しないなんてっ! ゴーストドール、何て恐ろしい怪談なんだっ!!
『でも、そんな話聞かなくても、お兄さんが良い人だって言うのは、見れば分かるよ』
『! そう?』
『うん! 前回の――あの変人クソ野郎に比べると、五兆倍良い人だよ』
『へ、変人クソ野郎?』
凛太郎さん……凄い嫌われてる。
『あの変人から、早く逃げ出したくて逃げ出したくてたまらなかった……アレは化け物の類よ……怪物よ……人間じゃないわ……私を塩まみれにしたり……部屋も汚いし……何度ゴキに這い回られた事か……何であの環境の中で生きていられるのよ……信じられない……あの男……絶対に許さないんだから……』
ゴゴゴゴゴゴ……! という効果音が聞こえてきそうな程、ゴーストドールさんから怒りと恐怖の入り交じった声が放たれた。
ああ……そうだよね……あの汚部屋に三週間も居た訳だもんね……そういう事もあるよね……。
心中お察しします……。
『えーっと……何と言うか……その……気の毒だったね』
『でも、次に拾われたのが、あなたみたいな人で良かった。あの地獄を耐え抜いたかいがあったわ! これこそ、神様が与えてくれたご褒美なのね! 地獄を乗り越えた先に天国があるって本当だったのよ! そう考えると、あの地獄も悪くなかったと思えるわ!』
『…………』
デリケートって言葉を知らない程幼い子に、凄い悟らせている。
凛太郎さん……やはりあなたは凄い人だ。
主に反面教師的な意味で。
とにかく、今は無駄話をしている暇はないんだ。
話を進めないと。
『その前回の持ち主は今、病院で寝ている訳だけれど……そういった恨みがあったから、呪ったのかい?』
『…………やっぱり……あの人でもダメだったんだ……急に取り憑きが解除されたから、ひょっとしてとは思っていたんだけれど……そっか……あの変人でも、耐えられなかったんだ……そっか……』
『……急に?』
何だ? その言い方だと、まるで呪いを終えた結末をゴーストドール本人が知らないみたいじゃないか。
どういう事だ?
『凛太郎さん……前回の持ち主が、倒れたっていう事を知らなかったの?』
『薄々は気付いてたけど……詳しくは……』
『で、でも、呪いをかけたのは、君なんだろ?』
『私じゃないっ!』
『え……?』
私じゃない?
『ううん……違うね……結果としては、私が呪ったみたいなものなんだけど……でもそれは私じゃないの……』
『つまり……君の意思ではない――って事かい?』
『うん……』
ゴーストドールの……意思、じゃない?
何が起こってるんだ? この日本人形の中で……。
『私はダメって言ってるんだけど……止められないの……』
『ダメって言っている? 誰に?』
『……この人形の中にいる――もう一人の、黒い男の人』
『も、もう一人!?』
『うん……その人が呪いを振りまいちゃってるの……その人、拾ってくれた人を殺そう殺そうとするから……私が何とかそれだけはダメって出来てるんだけど……』
『つまり……君はどちらかと言うと、呪いを食い止めている側という事かい?』
『うん……』
という事は……この子が居なければ、そのもう一つの人格が放つ呪いは、人間を殺める程度の殺傷能力を持つ、という事か。
逆にこの子がいる限り、呪いを受けた人達は死んでいない可能性が高い。
『……今聞いた話は、本当の事だと捉えて良いんだね?』
『うん……だから私、困ってる』
『…………』
『人、傷付けるのダメ……人、傷付けたくない……なのに止められない……辛い……私を拾ってくれる人、皆大抵良い人……例外もいるけど……』
例外……恐らく
『そんな良い人達が、辛い目に合う……だから悲しい……何とかしたい……けど、私には……何も出来ない……』
……この子は、優しい子だ……。
『ねぇ……君の名前は、何て言うんだい?』
『私の……名前?』
『そう、生前の……君の名前……』
『ころも……
『衣ちゃんだね』
『お兄ちゃんの名前は……?』
『僕の名前は、央 竜生。竜生って呼んでくれ』
『竜生……お兄ちゃん。竜生お兄ちゃんなら……何とか出来る? この黒い男の人を、何とか出来る?』
『……ねぇ、衣ちゃん……僕はね、実の所、君を除霊するか、成仏させてあげようか、迷ってたんだ』
『じょれい? じょうぶつ?』
『除霊というのは、その日本人形の身体から、強制的に君の魂を引き剥がし、無理やり天国か地獄へ送る事だよ』
『何それ怖い。竜生お兄ちゃん、怖い人だったの……?』
『もう一つの成仏は、霊が現世へ留まっている要因を解決して、自らの意思で天国か地獄へ行ってもらう方法なんだけど……君は、どっちが良い?』
『じょうぶつが良い!』
衣ちゃんは即答だった。
当然の解答だ。
どんな悪党だろうと、当たり前のように成仏を望む筈だ。
現世に留まる霊達には、必ず留まっている理由があるんだ……。除霊とは、そんな事お構い無しにあの世へ送る事……。
霊にとっては無念以外のなにものでもない結末。
だから僕は――除霊が嫌いなのだ。
『分かった。除霊ではなく、成仏を目指そう』
『……良いの?』
『うん、ソレを選ぶのは……選べる事は君の権利だ。僕は君の意向に沿うよ。一緒に、黒い男を何とかして、成仏の道筋を立てよう』
『ありがとう! 竜生お兄ちゃん! 約束だよ?』
『ああ……約束だ』
僕は日本人形の手に優しく触れた。
気の所為だろうか? 人形の無機質な小さな手が、ほんの少し、暖かく感じた。
さて、ある程度話が纏まった所で、いよいよ……凛太郎さん達にかけられている呪いへの対処、といこうか。
ソレについての対処法は心配いらない……出来そうな友達に心当たりがある。
『衣ちゃん』
『ん? なぁに?』
『今から――ちょっと見た目が怖い人を呼び出すけど、怖がらないでね』
『え?』
僕は、口笛を吹いた。
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