龍子さんに合い鍵を借りる際、彼女とこんな約束をしていた。


「もし、凛太郎さんが目覚めた時はすぐに僕へ連絡して欲しい。必ず。僕はその連絡によって、行動を変えるつもりでいるから」

「う、うん。分かった! 連絡する!」


 そんな訳で、凛太郎さんが無事目覚めた際には、必ず龍子さんから連絡がある筈だ。

 今はまだ、その連絡はない。

 従って、凛太郎さんはまだ、目覚めていない。


 恐らく今頃は、病院のベッドの上で横になっている事だろう。


 さて……ここで焦点となるのは、僕の手元にあるこの人形――ゴーストドールの呪いが、噂通り? だ。


 もしそれが本当なら、残念ながら即座に除霊を行わざるを得ない。

 時間がないからだ。


 しかし、怪談マニアさんが言っていたように、それが伝言ゲームの如くねじ曲がった情報……つまり――であった場合、ほんの少し猶予を与えてもらいたい。

 何故なら、どちらかというと僕は、平和的な解決が好みだからである。


 先ずはそれを知る必要があった。


 僕は拾ったゴーストドールを抱え、急いで自宅へと走り出す。

 日本人形を抱えた男子高校生が真剣な表情で猛ダッシュをしているのだ、すれ違う人達には『え? 何この人……関わらないのが吉ね……』みたいな表情を浮かべられ続けた訳だけど……。今はそんな事気にしない。

 そう、気になんて……うぅ……。


 そんなこんなで、無事我が家へと帰宅。

 そしてこの瞬間――


 ゴーストドールが、僕に取り憑いた。


 道端で拾った際には何も感じなかったので、『家に持ち帰る事』が呪いの発動条件であると気付くのは容易だった。

 個人に取り憑く……というよりは、家に取り憑く、という感じなのだろうか?

 持ち主と、その同居家族に影響を及ぼす可能性が、ここに来て浮上した。

 本当に厄介な怪談である。

 因みに僕は、アパートで一人暮らしをしているので同居家族なんていないから、その辺の心配は無用だ。


 自宅に辿り着いた瞬間、ゴーストドールから禍々しい怨念のようなものを感じるようになった。

 心なしか、身体が重くなったような気がする。

 気の所為なのか、はたまた事実なのか、それはまだ分からない。

 けれど、凛太郎さんがあんな風になった以上、今は気の所為であっても、後々現実となって襲いかかって来る事に間違いはないだろう。


 てゆーかあの人……こんな禍々しい空気感を当てられて、何で三週間もの間、ゴーストドールの異常性に気付かなかったのだろうか?

 鈍感というか、危険関知能力に欠けているというか……何にせよ、変人だな。


 さて、そろそろ動かないとな。

 龍子さんやハーレム三人衆の面々も今頃、凛太郎さんの傍で心配そうにしている筈だろうから……。

 急がなきゃ。


「……少し、面接みたいな形になるけど、ここでいいよね」


 僕は、リビングにある机の上へゴーストドールを配置。

 そして、そのゴーストドールと向かい合う形で、ソファーに腰を下ろした。


 先ずは情報収集だ。

 今の所、噂でしかこの呪いについての情報を得ていない。

 だから確かめよう。


 その手段は簡単だ。


 

 誰に? 決まっている――



 ――に、だ。



 先ずは深呼吸だ。

「すぅー…………はぁー……すぅー……はぁー……」

 しっかりと、呼吸を整えてから……。


『聞こえるかい? ゴーストドールさん』


 と、話し掛けてみる。

 すると、少し、返答があった。


『え……何で? 何で私と――?』


 そう返答があった。

 ゴーストドールさんからの、返答が。

 僕は素直に答える。


『ちょっとした理由から、幼い頃に身に付いてしまった力でね。僕は君みたいな存在と話が出来るんだよ。なかなか面白いでしょ?』

『面白い? ……こんなと話が出来て?』

『ああ……面白くて、滑稽で、そして異常過ぎて……笑えるよ』


 本当に……笑い話だ。


『ゴーストドールさん……僕は大至急、君に聞きたい事があるんだ』

『聞きたい事?』

『ああ……だけど君としては、自分の情報だけを話すのは納得が出来ないだろう? 霊の抱えている過去や思考は、デリケートなものが多いからね』

『でりけえと? でりけえとって、何?』


 …………デリケート、という言葉を知らないのか。

 という事は……この日本人形に宿っている霊は、幼い子供なのだろうか?

 まだ英語も習っていないような……それくらいの。


『繊細、って意味だよ』

『へぇー、そうなんだ。ばりけいど……ばりけいどね。覚えたよ』

『デリケートね……』


 デリケートとバリケードでは意味が全く違う。

 語感は確かに似ているけれども……。

 とりあえず、話を進めることにしよう。


『だからさ、先ずは、僕の事から話すよ』

『え?』

『君に僕の事を信用してもらう為に、僕がこんな風に霊と喋れるようになった理由や経緯、それらを君に話そう。だからその代わりと言っちゃなんだけど、教えてくれないか? 君が――



 何故人間を呪うのか、その理由を』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る