その後僕は、龍子さんから合鍵を受け取り、急いで凛太郎さんの家へ。

 玄関の戸を開けると、相変わらずの汚部屋が広がっていた。

 そんな事はどうでもいい。

 今はそんな感想より、やらなくちゃいけない事がある。


 僕は部屋中を駆け回った。


 様々な箇所を見渡した。


 しかし、見つからない――ゴーストドールが。


 亀美さんの情報から推察するに、これは恐らく――

 即ち――


 ゴーストドールはまた、次の獲物を見つける為に道路へ捨てられた状態となっている訳だ。


「くそっ! 遅かったか!!」


 僕はまたしても走り出す。

 次の犠牲者が出る前に――!!


 街中を駆け回り探すも、見つからない。


 範囲が広い! 見つけようにも、何も手掛かりがない。

 どうすれば……どうすれば!!


 早く見つけないと、次の犠牲者が――


 そうだ……。

 なら、何か知っているかもしれない。

 この件には関わって欲しくないけど、仕方がない……。


 僕は再びスマホを取り出し、通話ボタンを押す。

 頼む……出てくれ。


『プル、ガチャ! はいもしもし』

「早いな」

『え? 誰? 何が?』

「僕だよ、僕。電話番号登録してくれてないの?」

『僕僕詐欺なら結構です』

「それを言うなら『オレオレ詐欺』でしょ? 僕だよ、央 竜生」

『なっ! なななな央くんっ!?』


 何をそんなに驚いているんだろう?


「電話して早々悪いけど、とりあえず今は無駄話している余裕がないんだ。単刀直入に言うよ――怪談サイト管理人である、君の力を借りたいんだ」

『私の……力を?』

「そう、君の力を」

『……と、いう事は――また、階段案件!?』

「っ!!」


 びっくりしたぁー、急に大声出すもんだから。

 この人、階段の事となると急にキャラが濃くなるんだよなぁ……。


『何々? 今度は何の階段なの!?』

「…………ゴーストドール」

『ご、ゴーストドール!? きゃあああっ!! すっごぉーい!! 央くんが遂にあのゴーストドールに立ち向かうんだぁー!! すっごぉーい!! うわぁー、私も参戦したいなぁー! あ、ヨダレ出そう、じゅるり……』

「いやいや、そんな風に活き活きワクワクと関わるような怪談じゃないから、やめといて。僕だって、出来る事なら君に電話はしたくなかったんだから」

『そうよね。ごめん……取り乱しちゃって』

「いや、良いよ」

『で、ゴーストドールがどうかしたの? 誰か知り合いが取り憑かれちゃったのかな?』

「ああ……龍子さんのお兄さんがね」

『東さんの? ……確か、中宮木凛太郎さんだっけ?』

「そうだね。で、僕が聞きたいのは、ゴーストドールは呪い終えた後、再び路上に現れるのはどの辺なのか検討はつかないかな……と思ってね」

『え? 呪い終えたって事は……』

「うん、つい先程、救急車で運ばれたよ」

『……そっか……うーん……ごめん。残念ながら、的確な場所は分からないわ』

「だよね。急に電話してごめん」


 それもそうだ。

 幾ら階段マニアとはいえ、それを知っていれば自分で調査に乗り出している筈……無駄骨だった。変に彼女がソワソワしてしまう情報を伝えただけだったな。

 仕方ない、自分の足と勘を信じて、しらみ潰しに探すしか――


『けど……』


 そう、彼女は言った。


『今までのゴーストドールの出現地点から、可能性の高い場所は割り出せるかもしれない』

「本当に!?」

『ええ。東さんのお兄さん――中宮木さんがゴーストドールを拾ったのはどの辺なのか分かる?』

「えーっと……確か、家の傍って言ってたから……中央町、かな」

『なるほど……』


 電話越しに、カタカタとキーボードを打つ音が聞こえる。

 どうやらパソコンを触っているようだ。


『前前前回の人が拾った場所は、北東町……。

 前前回の人が拾った場所は、南西町……。

 前回の人が拾った場所は、隣の外田市下河町……。

 そして今回、中央町……うーん……これだけではデータが足りない……その前は……さらにその前……なるほど……と、なると……』


 凄く考えてくれている。

 後は答えが出るか否か。


『分かった!』


 キーボードを強く叩く音が聞こえた。

 どうやら、推論がまとまった様子だ。


「聞かせて」

『まず、これ迄の出現場所から察するに、ゴーストドールは同じ場所に二度現れないという事』

「なるほど」

『二つ目、一度現れた場所から、まるでかのように、対極の方向にある町へ出現するという事』

「逃げる?」

『そう見えるって話。……三つ目は、歴代で終える範囲内での出現傾向から見るに、一度出現した町に隣接した町には殆ど出現していない事』

「と、なると……確かに、逃げてるようにも見える」

『でしょ? そして最後は移動距離。これらを合算する事で、次にゴーストドールが現れる可能性が高い町は――外田市上河町。恐らくそこに、ゴーストドールは出現していると思われるわ』

「ありがとう! 行ってみる!」



 僕は再び走り出した。


『ただし、これは確実な情報ではないから。あくまで、これ迄のデータから推測される結論に過ぎない。外れていたら、ごめんなさい』


 謝る事なんてないよ。

 目星を付けてくれただけでも、ありがたい。

 闇雲に走り回るより、何全倍もやる気が出る。


『これもまた推測なのだけれど……噂って言うのは、誇大化していくものなんです。その噂を元にして、私はサイトに『ゴーストドールは命の危険のある怪談』的な事を記載したけれど……それも真実とは限らない』


 と、言うと……?


『要するに、ゴーストドールに呪われた人間が死ぬ可能性は百パーセントではないって事。中宮木さんも、後日、何のこともなかったかのように復調する可能性だってある』


 でも……それはあくまで、可能性の話でしょ?

 悪い可能性を重視するのは、リスク対策として最も大切な事だよ。


『知っているでしょうけど、改めて聞くわね? ゴーストドールは危険な怪談よ? それでも動くの?』


 もちろんだ。

 こんな恐ろしい怪談、放っておける訳がない。絶対に止める。

 それに決めたんだ――悲しませないって……。


 凛太郎さんを、必ず助けるって。


『そう……またあなたは、つもりなのね……分かった。もう止めない、だから――頑張ってね』



 ありがとう。


 怪談マニアさん……あなたの推理はどうやら、ドンピシャだったみたいです。


「はぁ……はぁ……見つけた……」


 息が切れる、足がプルプルする。

 アレだけ長い距離を全力疾走したのだから当然だ。


 だけど……そのかいはあった。


「ふぅ……間に合ったようで、何よりだよ……」


 これで……これ以上、この呪いの犠牲者を出さなくて済みそうだ。

 僕は道端に落ちている日本人形に手を伸ばす。


「誰にも拾われないのは、寂しいよね。だからさ、ウチに来なよ――ゴーストドールさん」

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