さて、虎白さんが何の情報も仕入れていなかったという事が判明し、いよいよ残すは亀美さんだけになった訳だけれども……寝てる。

 先程、アレだけの騒ぎがあったのにも関わらず、微動だにする事なく寝ている。


「ぐがー……ふがー……」


 小柄な身体に似つかわしくないいびきをかきながら……。


「花鳥……どうにかして亀美を起こしてくれ」

「了解しました」


 花鳥さんが、昼休みの時同様の手を使う。

 顔を近付け、耳元で囁いた。


「亀美ちゃーん、チョコですよー。今起きたらチョコ沢山あげますよー」

「くごぉー……すぴー……」

「……駄目ですね」

「ああ、駄目みたいだな」


 むしろ今ので昼休み起きてたの? ……それはそれでどうなのだろうか?


「ウチがしばき起こしたろか?」


 虎白さんが野蛮な事を言い出した。

 それは昼寝が永眠に変わってしまう可能性があるので控えてもらいたい。

 「はぁー……」凛太郎さんが、大きく為息を吐き、ポケットからとある物を取り出した。


「随分深く寝入ってんなぁ……仕方ない、久々にコレ使うか……」


 凛太郎さんが取り出した物とは、『眠眠飛ばし』というドリンクだった。

 飲めばたちまち目が覚めるというアレですね。


「でもコレ、相当不味いって噂ですよ?」

「だから良いんじゃねぇか。百パーセント起きるだろ」

「えぇ……」


 あ、でも、起こすのが目的だから利にはかなってるのか……そもそも、この場で寝るのが悪い訳だし、ここは亀美さんに犠牲になってもらおう。話が進まないので。

 凛太郎さんが直接、亀美さんの口元へ眠眠飛ばしを流し込もうとする。

 けれど、分量調節しようという優しさは垣間見えるので、凛太郎さんにも人間の心があったんだなぁ……と、一安心。


「凛太郎くん、適量ですよ! 適量!」

「分かってる! でも開けたばっかのやつだから量が多くて匙加減が……」


 ちょっとずつ、眠眠飛ばしのボトルを傾けていく。


「ぐがー! むにゃむにゃ……」


 そんな事も知らず、大口を開けて爆睡している亀美さん。


「あぁーっ!! もう焦れったいなぁ!! こんなもんドバァーっと流し込んだらええねん!! この状況で寝とる奴に何を配慮する必要があんねん!!」


 痺れを切らし、凛太郎さんから眠眠飛ばしを奪い取って一気に亀美さんの口の中へ流し込む虎白さん。

 一気に……えぇっ!?


「ああっ!!」

「おいっ!!」


 何やってんの? この人。


「にっがぁあーーーーっい!!」


 そして亀美さんが飛び起きた。


「おお、起きたか。眠眠飛ばしコレホンマに効果あるんやな」

「何コレ!? 何コレ!? ひょっとしてミンミン!? 酷いよりーくん!! それはもう飲ませないって約束したじゃんっ!!」

「いや違う! 今回は虎白が飲ませたんだよ!!」

「そうなの!? こーちゃん!!」

「いや、竜生が飲ませてたで? 花鳥の指示で」

「虎白ちゃん!?」


 虎白さん!?

 この人、あちこちに火花振りまいてません!?

 ほら、亀美さんがジト目で睨み付けているし。


「なーくん、かーちゃん……どういう事かなぁ?」

「ご、誤解です!」

「そ、そそそそそうですよ! 僕達じゃありませんっ!」

「むぅー!!」


 「一気に飲ませたのは虎白だぞ?」と、ここで凛太郎さんが助け船を出してくれた。

 事実を、口にしてくれた。


「こーちゃん?」

「ぴゅーぴゅるる……」


 虎白さんはわざとらしく目線を逸らし、口笛を吹いている。


「ああ、もぉーっ!! 皆が皆、擦り付け合うからっ! 本当の事が分かんないじゃんかぁ!! カメミ、ミンミン嫌いなのにぃ! 大嫌いなのにぃー!! 何でそんな酷い事するのぉー!! うわぁーん!!」


 亀美さんが大泣きし始めた。

 なんだか可哀想に見えてきた……。


「いや、それは自分がこの状況で寝とるんが悪いやろ」


 虎白さんが直球をぶん投げた。

 容赦がないな……。

 でも確かに図星ではあった。


「…………えへへっ!」

「笑って誤魔化すなや」



 そんな訳で閑話休題。


 すっかり目覚めた亀美さんが、仕入れていたゴーストドールについての情報を口にし始める。


「うーんとねぇ……所によると、その人形、りーくんが拾う前は、二十代後半くらいの女の人が拾ってたんだって。その人の前は、四十代後半くらいの女の人で……その前は、三十代前半の女の人が拾ってたらしいよ」

「……その人達の拾っていた時期はいつ頃なのか分かるか?」

「当然っ! きてますよっ! えっへん! えーっとねぇ……雨の日――つまり、りーくんが人形を拾ったその前日から、その場所に落ちてたらしいよ。

 で、前任者の人、つまり二十代後半の女の人が拾ったのは、丁度その日から前だったんだって。

 そして、その時期について共通しているのは、残りの二名も……という事なんだよっ」

「二週間感覚か……因みに、前任者達がどうなったのか分かるか?」

「うーん……詳しい結果は分からないけど、皆ピーポー車で運ばれたみたい」


 ピーポー車?


「あの、ピーポー車って何でしたっけ?」

「亀美ちゃん用語です。救急車って意味らしいですよ」

「……亀美ちゃん用語?」


 何それ?


「で、そのピーポー車出動のには落ちてるらしいよ。その人形さん」

「なるほど……俺らが思ってる以上に、サイクルが早そうだな……」


 サイクル――呪いが他者へ移行する事。

 ゴーストドールが対象者へ呪いをかけ終え、次の獲物に取り憑くまでの時間。それが早い。

 即ち――


 相当数の人が、ゴーストドールの犠牲となっている可能性が高い。という事。


「タイムリミットは二週間って事か……急がねぇとな」


 凛太郎さんがそう言った。

 二週間……今の情報量から考えると、本当に時間がない。

 たったの二週間……そう、二週間で全てを…………ん? 


「あ、あのぉ……凛太郎さん?」

「何だ、凛太郎」

「凛太郎さんが、ゴーストドールを拾ったの……いつぐらいでしたっけ?」

「三週間前だ」

「……ですよねぇ……」

「前にも言っただろうが。今更何の確認だよ」

「そ、そうですよねぇ! 僕、今更何を聞いちゃってるんだろ、あはははっ!」

「しっかりしてくれよ凛太郎! あはははっ……はは……は? ………………?」


 ここで凛太郎さんは気付いた。


「やべ、なら俺、とっくに……――」


 ぐらりと、凛太郎さんの身体が前のめりに崩れる。


「凛太郎さんっ!」


 僕が慌ててそれを受け止めた。

 凛太郎さんは深い眠りについたように、何も返答をしてこない。


「凛太郎さん! 凛太郎さん!!」

「凛太郎くんっ!」

「何やっとんねん凛太郎!! 早よ目ぇ覚まさんかい!!」

「りーくん!」


 皆の呼び掛けにも、一切反応を見せない。

 これは……マズイ。

 とっくにのだ。

 凛太郎さんだから、持ち堪えられていただけなんだ。


 …………っ!!

 と、なると――


「虎白さん! 凛太郎さんを頼みます!!」

「お、おうっ!」

「花鳥さん! 急いで救急車を呼んでください!!」

「は、はいっ!」

「亀美さん!」

「はいっ!」

「亀美さんは……えーっと……えー……っとぉ……んー……眠眠飛ばし飲んで!!」

「了解っ! って、何でさっ! てゆーか、どこ行くのさ! なーくん!!」


 そう、僕は既に駆け出していた。


「すいません!! やらなきゃいけない事が出来たんで! あとは頼みます!!」

「竜生くん!?」


 部室から飛び出し、急いで校内を走る。

 ポケットからスマホを取り出し、とある人物へ電話を掛けながら。


 『プルル……プルル……プルル』


 早く、繋がってくれ……。


『はい、もしもし?』


 繋がった!


「龍子さん、大変だ! 凛太郎さんが倒れた!!」

『え!?』

「とりあえず、香取さん達に救急車呼んでもらってる! 今どこにいる!?」

『きょ、教室だけど……』

「凛太郎さん家の合鍵持ってる?」

『も、持ってるけど……兄貴は、大丈夫なの!?』

「取りに行くから、教室で待ってて!」

『う、うん、わ、分かった……』


 通話を切り、僕は全力疾走する。


 僕の予感が正しければ――

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