対話と友情と嘘

「Aランクか……」


 僕の得ていた情報を話し終えた所で、凛太郎さんは神妙な表情を作り、そう呟いた。

 凛太郎さんだけではない、花鳥さんや虎白さん、三人衆の面々も同様の表情を浮かべている……。


「ぐがぁー……」


 一人寝ているけれど。


「そのサイトって、信憑性あるのか?」

「はい、あります」


 凛太郎さんのその問いに対し、僕は即答した。

 これに関しては間違いない、何故ならその怪談サイトは、なのだから。

 怪談マニアが創った、怪談サイトなのだから。

 このサイトに書かれている情報に、誤りはない筈だ。

 それに、僕が色々と身を持って立証している。


「なるほどぁ……Aランク……『鎧武者』や『自動狙撃拳銃』、『連撃拳』と同等の階級じゃねぇか……厄介だな」

「…………」


 何それ……何一つ知らない……。

 とてつもなくえげつなさそうな怪談名がズラリと並んだけれども……。

 やっぱり、この人達も影でめっちゃくちゃ動いてそう……。後で調べてみよ。


「よし分かった。ありがとう竜生。次は……亀美……何だが、寝てるから先に花鳥、何かあるか?」

「はい。私が仕入れた情報ですが、残念ですが竜生くん以上の有益な情報は得られていません」

「そうか……」


 それもそうだ。

 怪談にまつわる情報なんて、その辺にコロコロ転がっている訳でもないし、そう易々と情報が集まるわけがない。

 僕が調べてあの程度だったんだ、ここから先の情報は、僕達で調べていくしかない。


「ですが――私なら、凛太郎さんに取り憑いているゴーストドールの呪いを少し、抑える事が出来るかもしれません」

「ん? そうなのか?」

「はい。試してみる価値はあるかと」



 そっか、確かに花鳥さんならそれは可能だろう。

 花鳥さんは肩口からさげているバックの中に手を入れ、一本のアトマイザーを取り出した。

 凛太郎さんへと近寄って行く。


「凛太郎くん。主に重たい肩はどちらですか?」

「うーん……左肩かな?」

「左肩ですね。承知しました。少し、失礼致します」


 すると花鳥さんは、凛太郎さんの左肩へアトマイザーで液体をほんの少し噴射した。

 次の瞬間、甘ったるい香りが部室内に広がる。

 その匂いを嗅いだ瞬間、


 もう何もかも、どうでもいいやーっと、思ってしまう程の。


 僕だけではない、そのを嗅いだ、この場にいる全ての生き物が、同じ感覚を味わった事だろう。

 同じ感覚――脱力感を。

 そしてそれは、


「どうでしょうか?」

「おおっ! 何か肩がすっげぇ軽くなった! すげぇ!! お前のソレ、幽霊にも効果あったのか!」


 元気になったアピールとして、肩をぐるぐると回す凛太郎さん。

 さっき迄の意気消沈っぷりが嘘のようだ。

 花鳥さんが言う。


「呪いの類いも、突き詰めれば亡くなった人の感情です。ならば、幽霊に対しても、感情操作が干渉できるのではないか? と考えました。効果があったようで何よりです。因みに今の香りは、『怠惰』の感情を増加させる香りです。一時的に、感情をそちらに寄せているだけですので、長持ちはしないかと思いますので、そこはしっかりと理解しておいてください」


 つまり、根本的解決には至らない、という事。

 というか、凛太郎さん今初見って顔してたな。花鳥さん、凛太郎さんにはその事内緒にしてたのか。それに一番驚いてしまった。


「分かった。一先ず、これを和らげてくれた事には感謝だな。ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」


 ここで花鳥さんのターンは終了。

 次の人へと移る。


「じゃあ次は……そろそろ亀美は起きて……」

「ぐぅーすか、ぴぃー……」

「ないな。虎白、頼む」


 しかし、虎白さんは返事をしない。


「虎白?」

「ウチみたいなポンコツ……死ねばええんや……」

「虎白!?」


 すっごいネガティブな事を呟いていた。


「ど、どうしたんだ虎白!? お前らしくないじゃないか!!」

「あらら、すみません。どうやら、『怠惰の香り』が予想以上に、虎白さんに効いてしまったようですね」

「えぇっ!? それって大丈夫なのか!?」

「大丈夫……だと思います、多分」

「曖昧っ!!」

「死にはしないと思いますよ。多分」

「これも曖昧っ!!」


「うえーん……ウチなんて死んだ方が世界の為なんや……ウチみたいなポンコツがおるせいで、世界中の景気が悪うなってんねん……ウチなんて……ウチ、なんて……うぅ……あ、死のう」

「おいっ! どこへ向かってんだ虎白っ! そっちには窓しか……はっ! ここは三階だぞ!! 皆ぁー!! 虎白を止めろぉー!!」


 急ぐように猛ダッシュを開始、凛太郎さんと花鳥さんが、窓から身を乗り出そうとしている虎白さんに飛び付いた。

 亀美さんは相変わらず寝ている。


「離せ! 離せぇー! ウチなんか……ウチなんかぁー!!」

「落ち着けっ! 落ち着けよ! 虎白!」

「虎白ちゃん落ち着いてくださいっ! 必要ですよ? 虎白ちゃんは、必要な人間ですよっ!」

「必要?」

「はいっ! 必要です! 必要!」

「何に?」

「え……」

「ウチは、何に必要なん? 教えてや」

「そ、それは……その……えーっと……あ! け、喧嘩とかですっ!」

「うわぁぁぁーっん!! 喧嘩しか取り柄のないウチなんて消えてしまったらええんやー!!」

「ちょっ! 虎白ちゃん!? 本当に危ないですからっ!」

「花鳥! お前もうちょっと気の利く事言えよ!! せっかくのチャンスだったんだからよぉ!!」

「だって他に思いつかなかったんですから仕方ないじゃないですかぁ!!」

「つーか凛太郎! お前もボーッと見てねぇで、手伝えよ!! 呪い受けてるオレが体張ってんだぞ!?」


 おっと、いけないいけない。

 僕も動かないと。


「はぁ……仕方ないなぁ……」


 流石に、今の状況下で傍観者のままとはいかないか……。

 コホンっ、あーあーあー……よし、声の調子は良さそうだ。

 説得開始だ。


『虎白さん、落ち着いてください』

「うぇぇええぇん…………」

『死ぬのは絶対に駄目です。見てください。貴方に今、しがみついている二人の姿を……この二人が、あなたの事を必要ないと思っていると思いますか?』

「……ぐすっ……ううん、思わん……」

『それが答えですよ。虎白さんが生きていて欲しいと思う人がいるという事――それ自体が、虎白さんが必要であるという証明です』

「せ、せやろか?」

『そうですよ、だから落ち着いてください。ね?』

「うん……」


 虎白さんは落ち着き、窓から身を乗り出すのをやめた。

 良かった……どうやら、ようだ。

 後は任せましたよ、お二人さん。


「よっしゃ! 今が最大の好機だ花鳥!! ネガティブが吹き飛ぶ香りを、たんまりと嗅がせてやってくれ!!」

「了解です! あ、もしかしたら呪いの方に悪影響与えるかもしれませんので、換気が行き届いている廊下の方で行って来ますね!」

「それ最高だぜ!」

「そ、そんな訳で行きますよ、虎白さん」

「……うん……」


 花鳥さんが、鼻を啜っている虎白さんの背を押しつつ部室の外へと向かう。

 すれ違いざま、花鳥さんにこう囁かれた。


「流石です。助かりました」


 僕は「どういたしまして」と返答。

 そのまま二人は教室の外へと出て行ったのであった。

 これで、虎白の暴走も落ち着く事だろう。


「……あー……疲れた……」


 そう声を落としつつ、凛太郎さんが床へ座り込んだ。

 本当に疲れているのが見て取れる。

 あの虎白さん相手に死に物狂いで抱え付き、尚且つゴーストドールの呪いをその身に受けているのだ。疲れない方がおかしい。


「お疲れ様です」

「つーかお前……出来るのなら、はじめからやってくれよ……」

「すみません、ちょっと色々と圧倒されてしまって……」


 これは本当の事だ。

 相変わらず、虎白さんのエネルギーは凄まじい。


「はぁ……つーかアレか……さっきのが噂の――」


「よっしゃあぁああぁあああぁあーーっ!! ゴーストドールが何ぼのもんじゃあぁああーいっ!!」


「っ!!」

「っ!?」


 廊下の方から、咆哮ともいえる叫び声が聞こえてきた。

 虎白さんの声だ。

 どうやら元気にはなったようだ。

 ……元気には。


 次の瞬間、どかぁん! という音と共に、部室入り口のドアが蹴破られた。

 というか吹き飛んだ。


「次はウチの番やな!! けどまぁ残念ながら、ウチはやさかい、今は何も出来ひんわ!! スマンな!! せやけど、今のウチならゴーストドールをボコボコに出来そうやわ!! やる気満々やでぇ!! つーか、何やろな? 何や知らんけど、腹が立つ! 腹が立っておれんわ!!」


 何も出来ないんかい。

 派手過ぎる登場の割には、肩透かしもいい所だけれど。

 でも、元気になってくれて良かった……ん? 良かった、のか?


 花鳥さんが言う。


「す、すいません……『憤怒の香り』の調節を待ち構えちゃって……少し、嗅がせ過ぎたみたいです……ほんの少しの加減でこうなっちゃうので……分量調節が難しくて……」

「そ、そうか……それは、仕方がないな……」


 うん、これはこれでダメだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る