翌日の七月二十七日。

 登校中に、龍子さんの姿を見掛けた。

 心なしか、元気がなさそうに見える。

 それもそうだろう、最愛の兄がゴーストドールという霊に取り憑かれて身体を壊しているのだから……元気がないのも無理はない。


 凛太郎さんは、今日も学校を休むのだろうか?


 そんな事を思いつつ、龍子さんに声を掛けてみる。


「おはよう龍子さん。昨日は大変だったね……」

「…………」

「龍子さん……?」

「ここはどこ? 私はだぁれ? あなたは何者?」


 記憶障害を引き起こしていた。

 龍子さんは時折あるのだ。夜眠れなくなる程悩んで、記憶が一時的に喪失してしまう時が、定期的に。

 今回の件は、彼女にとってそれだけ重大な案件という事なのだろう。

 それに、関わりたくても関われないというのだから、心配に拍車をかけているようにも思える。


「龍子さん。あなたは、東龍子さんですよ。そして僕は竜生……なかば 竜生たつきです」

「あ、思い出した……私は東龍子。そしてあなたは央竜生……そうだったそうだった。私は今、学校へ向かっているのよね? 寝惚けてて、どうかしていたわ……」


 ふぅ……良かった。

 今回はすぐに記憶を取り戻してくれたようだった。


「寝惚けてたって事は、昨日眠れなかったんですか?」

「ええ……あんまりね……」

「あんまり……」


 目の下のクマを見る限り、『あんまり』ってレベルじゃなさそうだ……これは恐らく、全く眠れていないと思う。

 そこをはぐらかした所から察するに、僕にあまり心配をかけたくないのだろう。

 触れないのが吉だ。


「やっぱり、心配? 凛太郎さんの事……」

「うん……そりゃね。心配よ」

「そりゃそうだよね」


 何たって、ゴーストドールという霊を相手の案件だ。

 心配しない方が、どうかしてる。


「あのハーレム三人衆ゴミ共に、兄貴が誑かされないかが心配で心配で」

「そっち!?」

「兄貴に手を出したら、どうやって殺ってやろうかと考えてたら夜も眠れないわ……寝る間も惜しいもの」

「……え、えーっと? ゴーストドールに関しては……」

「そこはあまり気にしてない」

「へ、へぇー……そ、そうなんだ……へぇー……」


 予想外の返答でビックリした。

 どうやら龍子さんは、どうかしてる方の人間だったらしい。


「あの人形……ゴーストドールの方はさ、がついてれば何とかなると思うから」

「まぁね……それはそうかも」


 ゴミ共、とかルビ振るから嫌っているのかと思いきや、ある程度は信用しているみたいだった。

 あの――中宮木凛太郎ハーレム三人衆の事を。

 僕も同じ気持ちだ。僕も、凛太郎さんとあの三人が組んで、解決出来ない問題なんて想像ができない。

 彼ら彼女達なら、どんな問題でも容易く、豪快に、騒がしく、意気揚々と解決してしまいそうではある。


「だからそっちは何も気にしていないのよ。問題なのは、その解決行動時の環境! どいつもこいつも兄貴を誑かそうとする恋愛脳の権化共! あの鉄壁鈍感要塞である兄貴が、今回の件で遂に陥落してしまう事を想像してしまうと、不安で夜も眠れないわ! こんなの寝取られじゃないの!! 脳が破壊されている最中よ!!」

「…………」


 ブラコンって……色々と大変なんだなぁ……。


「…………今あんた、私の事ブラコン扱いしたでしょ?」

「あ、バレた?」


 出た、龍子さんの読心術的女の勘。


「ブラコンなんて、矮小な言葉で片付けないでくれる!? 私の、兄貴への想いは真実の愛の形なのだから!!」

「真実の……愛……?」

「確かに! 血の繋がりという、強固にして巨大っ! エベレスト並の壁が私達の間には立ち塞がっているのだけれども! 私と兄貴ならその壁を乗り越えられる! 私達兄妹の愛は本物の……で…………つまり……その……要するに……従って…………」


 凄い語っている。

 兄妹の愛とやらを、饒舌に、早口で、長々と語っている。

 前半はまともに耳を傾けてたけど、後半は聞く気にもならない。

 うん、大人しく聞いているフリをしよう。


「おはよう、央くん、東さん」

「あ、おはようございます、外川とがわさん」


 外川さんというクラスメイトに声を掛けられたものの、龍子さんは兄妹愛についての熱弁に必死で気付いていない様子だった。

 外川さんは苦笑いを見せる。


「あ、朝っぱらから凄い事語ってるね……」

「気の済むまで喋らせてあげようかな、と」

「う、うん。それが良いと思う。あ、そういえば央くん、この間の話なんだけれどもね?」

「ふむふむ……」


 外川さんの話に耳を傾ける。

 うんうん、やっぱり同じ一般人との会話は落ち着くなぁ。

 変な問題にあまり巻き込まれないし、日常って感じがする。

 それに何より、外川さん可愛いし。

 可愛くて一般人とか最高だよね。

 どこかの、可愛いけどブラコン変人な幼馴染とは全然違……――


「おらぁーーーーっ!!」

「がふっ!」


 痛い。背部にドロップキックをかまされてしまった。


「人が熱くこの世の心理を語ってるって言うのに!! 他所の女と鼻の下伸ばして会話してんじゃないわよ!! このアンポンタンっ!!」

「痛た……この世の心理が、ブラコンなの?」

「だ、か、ら! 私の兄貴への気持ちを、ブラコンなんて小さな言葉で括らないでって言ってるの!! 私の愛は本物なんだから!! あ、人葉ひとは、おはよう」

「お、おはよう……龍子ちゃん、こ、この間はありがとう」

「どういたしまして!」


 僕を罵りつつ、友人である外川さんにはしっかりと優しく挨拶する龍子さん。

 外川さんは苦笑いで対応した。

 こういう所は礼儀正しいんだよなぁ……龍子さんは。


「人葉は、友人でもありライバルよ」

「ライバル……?」


 何の?

 魅力度的なやつ?

 人の心を読んで変な事言わないでくれる?


「とーにーかーく! 私はあの三人に兄貴を寝盗られないか不安なの!! 今日兄貴、学校に来てるから、それとなく二年の教室に忍び込んで、情報収集してきて! 分かった?」

「えぇ……」

「分かった?」


 はいはい、行けば良いんでしょ。行けば。

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