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結論から言うと、場所の移動は効果アリだった。
あれだけ辛そうにしていた凛太郎さんが、今はピンピンとしている。
「ビックリするくらい身体が軽くなったわー。流石、竜生だな! 伊達にゴーストバスターって呼ばれてねぇな!」
「本当に呼ばれてないですよ……やめてください、変なあだ名付けるの。色々と巻き込まれて困るんで……」
「ん? そうか? それなら呼ばない事にする。とにかくありがとう! 助かったよ!」
「……どういたしまして」
凛太郎さんは素直だ。
馬鹿だけど、それが悪い方にも良い方にも作用している。
何も考えていないんじゃないかと思ってしまう程、心に浮かんだ言葉を正直にそのまま口にする素直さは、人を惹きつける。
裏表のない人間は、信用されるものだ。
凛太郎さんは、その代表格だと思う。
本当に……僕とは真逆な人だなぁ。
「兄貴……大丈夫?」
「おお、もう大丈夫だ。心配かけたなぁ、龍子」
「良かったぁ……」
龍子さんもホッと胸を撫で下ろしているようだ。
何だかんだ言いながらも、龍子さんはブラコンだから。厳しい言葉を言っていたのも、心配だからなのだろう。
まぁ……少々ブラコンが過ぎる時もあるのだけれど。
ともかく、凛太郎さんの体調が回復した事だし、ゴーストドールについて掘り下げてみよう。
「凛太郎さん、さっきまで体調悪かったみたいなんですけど、具体的にはどんな感じだったんですか?」
「うーん……身体が重い? みたいな感じ?」
「と、いうと?」
「何と言うか、何も背負ってないのに、人を背負ってるって感じだな。ズッシリとくんだよ、ズッシリと」
「なるほど……」
人を背負ってる感覚……まさに、霊に取り憑かれるって状況にぴったりの言葉だ。
何にせよ、凛太郎さんがここまで体調を崩す程の呪いだ……一般人だったら、命の危険があるレベルだったかもしれない……。
こうなってしまうともう、成仏なんて悠長な事を言ってる場合じゃ……。
「ん?」
等と考え込んでいると、視線を感じた。
部屋と部屋の壁を超えてゴーストドールからの視線が……とか思ったけれど、どうやら違うらしい。
その視線は龍子さんのものだった。
キラキラと輝かせている目が、僕に向けて一直線に放たれている。
「な、何……?」
「竜生……真剣に考えてくれてる。頼りになる。無理やりにでも連れて来て良かったぁー」
「は、はぁ……」
あなたさっき、何で他人が家族会議に参加してんのよ的な事言ってませんでしたっけ?
感情で発言がコロコロ変わるのは、社会に出る前までに治しといた方が良いですよ。という助言を、口に出そうとしたすんでの所で僕は呑み込んだ。
今は龍子さんと喧嘩をしている場合ではないのだから。
「龍子さん、凛太郎さん……お二人に聞かなくてはならない事があります」
「私、今付き合ってる人いないわよ?」
「え?」
急に何を言い出しているんだ? この人。
別にそんな事聞いてないんだけど……。
「何だお前……? 龍子の事狙ってんのか? ぶん殴るぞ」
さっきまでの感謝はどこへ?
凛太郎さんが、さも親の仇を見るような目で僕を睨み付けてくる。
血走った目で、僕を……。
ブラコン過ぎるでしょ……怖いよ。
「……勘違いしないでください。僕が聞きたいのは、あのゴーストドールをどうするのか、です。龍子さんの彼氏がいるいないとか、狙ってるのとかは一ミリ足りとも問うていませんので、ご安心を」
「え? ひょっとして私、自意識過剰?」
「うん、ドン引きする程度にはね」
「そっかぁ……何かショック……」
というか何故、あの話の流れで、そんな話になると思ったのか……。
龍子さんもたまに阿呆になる時あるんだよなぁ……。
困った事に。
「僕が聞きたいのは、ゴーストドールについて二つの選択肢のどちらを選ぶかです。
一つ、ゴーストドールを凛太郎さんから引き離す為だけに動くのか。
二つ、ゴーストドールという怪談自体を終わらせる為に動くのか。どうします? それによっては、難易度が変わりますけど」
「愚問だな。後者だ」
と、凛太郎さんが即答した。
こういう時の判断力は、この人ずば抜けて早いのだ。
「俺がここまで疲弊してしまう程の呪いだぞ? 普通の人が呪われたら、最悪の場合死に至ってしまう可能性がある。そんな危険因子を、放っておく訳にはいかないだろう」
「……ですね」
そう言うと思ってました。
彼はそういう人なのだ。
「龍子さんも、それで良いですか?」
「私は別に、兄貴が呪いから解放されるのならどちらでも良いわ」
「分かりました。では、この一件のゴールは――『ゴーストドールという怪談の解決』という事で良いですね?」
「うん」「ああ」
「では、ゴールが定まった所で、これからどうしていくかの検討を……」
「その必要はない」
自信満々に声を上げたのは凛太郎さんだった。そして言う。
「一つ、考えがある」
その考えとは――
ドシャアアーッ! と、音がした。
場所は再び、凛太郎さん宅。
折角距離を取って、症状が落ち着いたというのにわざわざ戻って何をするのかと思いきや、大量の塩が入った袋をゴーストドール目掛けてひっくり返したのだ。
テーブルの上に広がる塩の山。
姿が見えなくなる程それに埋もれるゴーストドール。
いやいや、この人は本当に何をやってるの?
「知っていたか? 二人共――霊には塩が、効果抜群なんだぜ!」
「流石兄貴っ! あったまいいー!!」
えぇ……。
そんなんで解決する訳……。
「ぐっ、ぐあぁぁあっ! 何故だ!? 塩をかけた筈なのに、また身体が重くっ! ぐぅううっ! いや、今回はさっきのより酷い……! い、怒りの感情を感じる重さだっ!」
「だ、大丈夫!? 大変っ! すぐに私の部屋へ!」
ほら見た事ですか。
あんなに塩まみれにして……そりゃ、ゴーストドールも怒って当然ですわ。
そんな訳で、場所は再び龍子さん宅へ。
凛太郎さんは、二度目の症状緩和を果たした所でこう呟いた。
「手強い呪いだ……二人共ありがとう。ここから先は、俺達で何とかするよ。こんな危険な橋に、お前達は巻き込めない……」
「で、でもっ、兄貴!」
「凛太郎さん、それは……」
「二人共、心配してくれてありがとう。だけど本当に大丈夫なんだ。何せ俺には、心強い仲間がいるからな……」
心強い仲間――凛太郎さんがそう言う人達となると……あの人達か。
「心強い仲間って……ひょっとして、あの
「龍子さん、今、凛太郎さんの心強い仲間達の総称にゴミ共ってルビ振らなかった?」
「竜生は黙ってて!」
「はい」
黙っておく事にした。
どうやら、僕と龍子さんの考えは当たっていたようで……。
「そうだ」と、凛太郎さんは頷いた。
「あの三人なら。こんな危険な状況でも、頼る事が出来るからな。この一件はもう……解決したも同然だ」
「兄貴……」
「凛太郎さん……」
「だからもう、大丈夫だ。心配させて、悪かったな」
これが、家族会議ならぬ家族会議の締めの言葉となった。
結論は、僕と龍子さんはこの一件にこれ以上関わらない事、となった。
僕としては、望ましい結果ではある。
あのゴーストドールには、凄まじい霊が取り憑いている。
凶悪と言っても良い程の。
そんな悪霊と、これ以上関わらなくても良いのなら、関わらない以上の選択肢はないのだ。
最良の結論だと言える。
それはあくまで、僕としては、だが。
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