そんな訳で、僕は他人ながらも他人の家の家族会議に参加し、一連の流れを聞いた。

 とりあえずまぁ、その話に関する感想は置いておいて、先ず一言言わせて欲しい。


 凛太郎さん家の部屋汚っ!


 いや、僕もどちらかと言うと掃除が苦手な方で、片付けとか出来ていないタイプの人間なのだけれど、これは凄い。

 もう家の中ゴミだらけ。

 二、三ヶ月はゴミ出ししてないんじゃないかと言わんばかりに、丸く詰め込まれたゴミ袋が山程積み上げられている。

 コップやお皿、お箸、フォーク、スプーン等などは洗われてもおらず、使って以降そのまんまの様子。

 服は脱いだら脱ぎっぱなし、制服なんて無造作に山積みのゴミ袋の上に置かれていた。


 正確に言うと僕は、凛太郎さん家に来たのは初めてではない。

 アパートの隣部屋に住んでいる龍子さんの家に何度かお邪魔した事があって、その時に流れで何回か……片手で数えられる程度には訪れた事がある。

 あるにはある、のだが……毎回足を踏み入れる度に、まるで初心に変えるかのように思ってしまうのだ。


 部屋汚っ! と。


 恐らく、あまりの汚さを前にして、家を出た瞬間記憶が飛んでしまうのだろう。

 記憶障害を引き起こす程の汚部屋。

 それが、凛太郎さんの家だった。


 そんな家の主に拾われたのだ、ゴーストドールも泣きたくなる筈だ。

 辛いよね? ゴーストドールちゃん……。


『…………』


 目の錯覚かな? テーブルの上に置かれたゴーストドールが、コクンと頷いた気がした。

 気の所為だろう。だって、人形が動く筈ないのだから。


 さて、それでは一通り、凛太郎さん家の汚部屋に触れた所で、かのゴーストドールへ話を戻そう。


「それで、気分が高揚して写メを撮り倒して、意気揚々とSNSにアップした事は分かりました……。ちなみに、症状は何時ぐらいから始まってたんですか?」

「うーん……一週間……いや、十日ぐらい前からかなぁ?」


 と、凛太郎さんは答えた。


「十日前? でも、学校休んだのは昨日からなんですよね? そんなに前から体調悪かったのに、何で、学校は行ってたんですか? 休めば良かったじゃないですか」

「俺の脳内に、学校を休むという選択肢がなかった」

「え?」

「というか、学校休んだら一発で退学になるもんだと思っていた。そんな事ないんだよな? だから無知って怖いなって思った」

「はぁ……」


 そうだった。この人は普通じゃないのだ、まともな答えを期待する方が間違っていたのだ。


「じゃあ、病院を受診したのは何故今日なんですか? 学校を休む選択肢がなかったとはいえ、病院なら放課後にでも行けましたよね?」

「病院という存在を知らなかったから」

「え?」

「病院という存在を知らなかったから」

「二度言わなくて大丈夫です。どうにか理解出来ましたから。そうですか……病院を、知らなかったんですね……」

「うん! 凄いなっ、病院って! 人がいっぱい居てさぁ! 祭りの時みたいだった!」


 既にお分かり頂けた事だろう。

 この人凛太郎さんは阿呆なのだ。

 高校二年生にもなって、病院という存在そのものを知らないレベルの致命的な世間知らず、それが中宮木凛太郎さんという男なのである。


 ここで龍子さんが口を挟む。


「兄貴に何聞いても無駄よ。馬鹿なんだから」

「うん……そうみたいだね……」


 激しく同意した。

 龍子さんの愚痴は止まらない。


「だいたい何よ、病院を知らないって! あなたは縄文時代を生きている訳!? 私も昨日それ知ってビックリしたわよ……まったく、世間知らずにも程がある!」

「仕方がないだろう、今まで病院が必要となった事がなかったんだからよぉ! 俺は興味関心のないものには無頓着なタイプなんだよ!」

「無頓着にも程があるわよ!」

「無頓着に程なんてあってたまるか! その限度は人それぞれだろう! 常識って言葉で他人を一括りにすんな! この堅物人間!!」

「何ですってぇ!」


「まぁまぁ、お二人共落ち着いて。また話が逸れてますよ」

「落ち着いてるわよ!!」「落ち着いてるよ!!」

「てゆーか何で余所者のあんたが私達の家族会議に参加してんのよ!!」

「えぇ……」


 あなたが無理やり連れて来たのに、その言い草はないんじゃないかな?

 認知症か何かなのかな?

 まったく……この兄妹は本当に……。


 興奮しきっているこの兄妹を止めるすべは、僕みたいな一般人では持ち合わせていない。

 だからもう、好きなだけ喧嘩させてあげる事にして、僕は僕でその間に、ゴーストドールと呼ばれる人形を調べてみる事にした。


 テーブルの上に置かれたゴーストドール。


 うーん……見た目は普通の日本人形的だな。パッと見、変わった所はない。

 けれど、纏ってる雰囲気が禍々しいというかなんと言うか……絶対に自分の部屋には置きたくない感じはする。


「呪いの……人形……ねぇ……」


 そもそもこの人形が、本当に呪いの人形ゴーストドールであったとして、何故人間を呪うのだろうか?

 こういうのって、絶対に理由があるものなんだよな……。

 うーん……迷うな。


 ゴーストドールという、一怪談を解決するのが目的となるか。

 はたまた、凛太郎さんをゴーストドールの呪いから解放するのが目的となるかで、話が全然変わってくるんだよなぁ……。


 後者なら、別に理由とか面倒臭い事調べなくとも、凛太郎さんとゴーストドールを無理やりにでも引き離すだけで全て解決だ。

 それが簡単に出来るかどうかは別だけど……。

 ゴールが明確にある分、手段は考えやすそうだ。


 問題は前者だ。

 一怪談を解決……それ即ち、ゴーストドールの成仏、または除霊を行うという事だ。

 ゴーストドールという、怪談そのものを消し去る――という事。

 僕としてはこちらの場合、目指すのはである事が望ましい。

 除霊なんて……のだから。


「兄貴っ!?」

「うっ……が、はっ……!」


 ここで、凛太郎さんが突然、身体の不調を訴え出した。

 先程までの騒がしい雰囲気は消え去り、重たい雰囲気が部屋中に広がっているのが分かる。

 なるほど……これが、呪い……。


 凛太郎さんが、本当に辛そうにしている。

 トラックに轢かれても爽やかな笑顔だった超人……凛太郎さんが……。

 本当に、只事じゃないな。


「場所を変えましょう」


 僕は提案した。


「ゴーストドールが起因しての症状なら、本体から離れる事で少しはマシになるかもしれない。龍子さん、あなたの部屋に行きましょう」

「え、で、でも私、隣部屋だから、そんなに離れられないよ?」

「それでも良いんです。こういう時大事なのは、距離ではなく――呪物と同じ空間にいない事、ですから」

「そ、そうなんだ……分かった。なら移動しましょう。兄貴、歩ける……?」

「あ、ああ……何とかな……」


 龍子さんを支えにして、凛太郎さんは何とか立ち上がり、フラフラと歩き出していく。


 部屋を変えたい理由は、実はもう一つあった。

 それは、この部屋の現状にある。

 これだけ荒れた部屋――所謂、ゴミ屋敷には負のオーラ的なものが溜まりやすい……あの凛太郎さんにこれ程まで影響を与えられているのは、この汚部屋も要因の一つなのでは無いかと考えられる。

 だからこそ、場所を変える事を提案した訳だ。


 空間の変化――これにより、ほぼ間違いなく症状は改善する筈……。


 僕達は、ヨロヨロと歩く凛太郎さんに気を配りつつ、隣の龍子さんの部屋へと足を運ぶ。

 鍵を取り出して解錠し、部屋の中へ。


「ちょっと汚れてるけど、許してね」

「それは大丈夫。凛太郎さんの部屋見た後だから、大抵の部屋は綺麗に見える筈だから。お邪魔しま…………え?」


 そう……僕は失念していたのだ。

 ゴーストドールに気を取られ、凛太郎さんの体調不良という天変地異を目の当たりにした事で、僕の頭も混乱していたようだ。


 龍子さんと凛太郎さんは兄妹だ。

 名字は違うけど、列記とした血の繋がる兄妹だ。

 の兄妹だ。


 つまり――


「龍子さんの部屋、汚っ!!」

「ひ、酷いっ!!」


 思わず口に出してしまう程には、龍子さんの部屋も汚かった。

 それはもう……凛太郎さんの部屋に、匹敵する程には。


 一応、部屋の中には入ったけれど……うーん……効果はあるのかなぁ?

 ここにも沢山、負のオーラが溜まってそうだし……。

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