設立、ゴーストドール除霊研究部。

 七月二十六日。

 僕はその日の放課後、クラスメイトであり幼馴染でもある、あずま 龍子りゅうこさんとハンバーガーショップに来ていた。

 龍子さんは、小柄な身体の割にはよく食べる。

 今も、通常のハンバーガーより一回り大きいビックバーガーという品を食べている。

 モキュモキュと咀嚼している。

 ストローを吸い、ジュースと共に口の中のビックバーガーの欠片をゴクリと飲み込むと、彼女は切り出して来た。


「最近……兄貴、調子が悪いみたいなんだよね……」

「えっ!? さんが!? あの凛太郎さんが!?」


 僕は衝撃を受けた。

 土砂降りの雨の中で傘をささず、どれだけずぶ濡れになろうが風邪をひかない凛太郎さんが体調不良!? トラックに跳ねられても頭部の切り傷だけで済んだ超人の凛太郎さんが!?

 ……あの人も一応人間だったんだ、と再確認した。

 しんみりとした雰囲気で、龍子さんは続ける。


「うん……何かさぁ、身体が重いんだって。ズッシリと……昨日から耐えられなくなって学校休んで、今日病院を受診したみたい」

「ん? 身体が重い……?」


 気になるワードだな。


「で、病院を受診した結果は? どうだったの?」

「非の打ち所がないくらい健康体だったそうよ」

「え? なら良かった」

「良くないわよ…………」


 と、龍子さんは暗い表情のまま続けた。

 確かに、言われてみればそうだ。

 あの無敵超人である凛太郎さんが、調

 これが異常と言わず、何を異常といえようか。

 納得した。確かに心配だ。


「早く良くなるといいね」

「そうね……ま、何てったって兄貴だもん。今日一日ぐっすりと眠ったら、明日にはピンピンしてる姿が目に浮かぶわ」

「うん、それはめちゃくちゃ想像出来る」

「でしょ? 私だったら、そのまま寂しく無念を抱えて死んじゃう可能性もあるけれど、兄貴だもんね。兄貴だったら大丈夫よ」

「…………」


 龍子さんだったら、死ぬ……ねぇ……。

 うーん……それはそれで、想像出来ないなぁ……。

 似てるからなぁ、二人共……。

 まぁ、兄妹だから当然なのだろうけど。

 二人共、超人だからなぁ。


「……何よ?」

「え? 何が?」

「あなた今、心の中で私を超人扱いしてたでしょ?」

「へ? い、いやいやっ! そ、そんな訳ないでしょー」

「その顔はしてたっ! 絶対してたもん! すっごい失礼!! 私は普通の女の子だもん!! か弱いんだもん!!」

「だ、だよねー……あはは、は……」


 毎度毎度、彼女のには驚かされる。

 最早、読心術の領域だ。

 この勘の鋭さで、普通のか弱い女の子な訳がないんだよなぁー……。


「読心術ねぇ……そう易々と他人の心が読めたら、色々と苦労はしないのだけれど」

「ほらまた心読んだ。怖いよぉー……」

「ふふっ、女の勘って凄いのよ」

「龍子さんのは特別怖いよ……てゆーか、話逸れたけど、何か凛太郎さんから連絡は来てないの?」


 と、僕は強引に話を戻した。

 「そーねぇ……」とスマホを触り、龍子さんは確認を始める。


「メッセージは来てないわね……」

「フェイス日記とか、ヒトコトとかのSNSは?」

「いやいや、流石にそれは更新してないでしょ。だって体調悪いのよ? 私にメッセージすら送れないのに、そっちで投稿する余裕がある訳……あっ」


 龍子さんは「あっ」と言った。

 つまり、投稿があったという事だろう。


「フェイス日記に、投稿してる……」

「ん、なら大丈夫そうだね」

「投稿……してるんだ、……」

「けど?」

「何……? この投稿内容……」

「投稿内容?」


 気になるな……見てみよう。

 フェイス日記というSNSアプリを開き、凛太郎さんのアカウントを確認。

 一枚の写真と共に、こう文字が打たれていた。


『なんと、どうやら! 噂のゴーストドール、拾っちゃってたみたいです!!笑 だからここ最近、身体が重かったんだ!!笑 くわばらくわばら! そんな訳で、ゴーストドールとのツーショットをアップしまーす!! 皆、拡散4649!!』


 …………へ?

 ゴーストドール? ゴーストドールって、あのの?

 僕は愕然とした気持ちで、アップされていた一枚の写真を凝視する。


 その写真には、満面の笑顔の凛太郎さんと、ゴーストドールと思われる人形が写っていた。


「……こ、これがもし本当に、あのゴーストドールなら。撮影者が意図的に撮った心霊写真って事になるのかな……? 世界初、じゃない?」

「あっの……バカ兄貴っ!!」

「龍子さんが怒った!!」


 龍子さんが怒った。


「お、落ち着いて、他のお客さんもいるんだから……」

「アレだけ心配してたのに……まさか、ゴーストドールを拾っていただなんて……何よそれ……」

「……龍子さん……」


 確かに……怒るのも無理はない。

 凛太郎さんが体調を崩した――その天変地異とも言える異常事態を、一番実感していたのは、妹である龍子さんだった筈だ。

 一番永く、深く付き合いがある彼女だからこそ、凛太郎さんの超人無敵さを最も理解出来ていた人だろうから……。

 一番心配してた筈だから。

 それが連絡もよこさず、SNSは無邪気に更新しているのだから、怒って当然だ。


「私がどれだけ心配したか!!」


 涙目になりつつ、龍子さんは言う。


「なのに、こんなふざけた写真とコメントをアップしてただなんて! 許せない! 許せないわ!!」

「お、落ち着いて。きっと凛太郎さんも心配させないようにって……」

「何で!! 私だって呪われてみたかったのに!! 独り占めしてズルい!!」


 えーーっ!? そっちーー!?

 兄の心配とかじゃなくて、そっちに怒ってたのぉー!?

 ていうか、呪われてみたかったのぉー!?


「文句言ってやる! 竜生たつきくん! 今から緊急家族会議よ!!」

「へ? あ、ああ……そうなんだね。が、頑張って……?」

「何を他人事みたいに言ってるの! あなたも参加するのよ!」

「えぇっ!?」


 何で僕も!?

 何で家族でもないのに家族会議に参加しなくちゃいけないんだ!?


!! さ、行くわよ!!」

「えぇー……」


 龍子さんは、食べかけだったビックバーガーを一気に口に含んで、勢い良く立ち上がる。

 ストローを口に含みジュースでそれを無理やり飲み込み一言。


「行くわよっ! あのバカ兄貴をとっちめてやりましょ!!」


 すると、こちらの返事も聞かず、ドスドスと店の外へ出ていった龍子さん。

 はぁー……。


「僕まだ……食べている途中なんだけどなぁ……」


 いつもの事ながら、本当に僕は、龍子さんには逆らえない……。

 昔からそうだ、彼女の持つ不思議なパワーに、いつも僕は圧倒されてしまう。

 やれやれ……。

 こうして僕は、家族でもないのに、中宮木家&東家の緊急家族会議に参加する運びとなったのだった。

 

 ……何故?

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