怪談潰しの変人〜ゴーストドールが可哀想〜

蜂峰文助

 令和三年七月二日――その人形は、変人に拾われた。


 梅雨に入り、大雨の日だったそうだ。

 その人形は、道端へ乱雑に捨てられていた。

 そこへ、土砂降りの雨の中、傘もささずにるんるんとスキップをしながら歩いていた男子高校生が通りかかり、発見したのだ。


「ん? 何だコレ、めっちゃ可愛いじゃん! こんな大雨の中捨てられて……可哀想だな。ずぶ濡れじゃねぇか……」


 その人形を見て、男子高校生はそんな風に思ったらしい。

 恐らく人形側は、『いや、あんたの方がびしょ濡れでしょ。というか、この大雨よ? 傘さしなさいよ、風邪ひくよ?』と逆に眉をひそめた事だろう。


 ……というか、何でこの人はいつもいつも雨の日に傘をささないのだろうか?

 相変わらず、いつもの事ながら変人の行動には根拠が見当たらない。説明がつかない。

 僕みたいな、普通の男子高校生からしてみれば、土砂降りの雨の日に傘をささないのはデメリットしかないと思うのだけれど……。きっと、本人変人にしか分からないメリットがあるのだろう。

 本人が良いと思っているのだから、それで良いとは思うけれど。


 ……さて、話が逸れたので戻そう。

 そんな訳で、男子高校は優しく、その人形を拾い上げ、持ち帰ったのだった。


 そして、タオルで拭いたり、乾かしたりした後、玄関口にある下駄箱の上にちょこんと配置。

 その場所が人形の定位置となったそうだ。

 こうして人形は、男子高校生の家に住み着く事になった。


 そう……事に……。


 それからだそうだ、家の中でが続くようになったのは。


 一人暮らしの筈なのに視線を感じる。

 人形の向きが変わっている。

 人形の髪が伸びている。

 人形の表情が変わる。

 誰もいない筈なのに少女の泣き声が聞こえる。

 真夜中に金縛りに合う。


 挙句の果てには、意識散漫、身体の倦怠感から、危うく交通事故に合いそうになるなど、その奇妙さは命の危険にまで晒される程にまで加速してしまっていた。

 そういった事が続き、その男子高校生は自分の体調不良を気にかけ、病院を受診したそうだ。


 非の打ち所がないほど健康だった。


 どこも悪くない……なのに、身体が重い。

 何故だ?


 ここでようやく、原因は先日拾った人形にあるのでは? と、疑いを持った。

 この時の日付は、七月二十六日。

 拾ってから三週間程経過していた。気付くのが遅過ぎである。

 呪いのビデオだったら死んでいたよ? いや、本当に。あれ確か一週間だったし。


 その男子高校生は愕然とした。


「こ……この人形……もしかして……」


 震える手で、その人形にそっと触れる。

 その瞬間、真顔だった筈の人形がニヤリと笑った。

 『ようやく気付いたか』と、言わんばかりに……。

 男子高校生は、を見て確信し、叫んだ。


「う、うおおぉおおおぉおーーっ!! マジか! マジでコレ! 巷で噂の呪いの人形じゃん!! じゃん!! すっげぇー!! ラッキー!!」

『は?』


 予想外にも、目をキラキラとさせ始めた男子高校生を前に、人形は逆に恐怖を覚えてしまう。

 変人の価値観はズレている事を、はまだ知らなかったのだろう。


 普通は、拾った人形がゴーストドールである事に気付いた瞬間、恐怖で顔は染まるし。

 普通はもっと早く、奇妙な現象の正体がゴーストドールである事に気付くし。

 そもそも普通の人なら、道端に乱雑に捨てられている人形など不気味に思い拾わない。


 この時――ゴーストドールである事を完全に認知した瞬間。男子高校生が満面の笑みを見せた瞬間に、ようだった。


『ヤバい奴に拾われてしまった……』と。


「やっべ! 皆に連絡しよ! SNSにアップしよ!」


 嬉々として、男子高校生はスマホを取り出し写真を撮りまくる。

 ゴーストドールを前にして、何とも図太い神経だった。

 カシャカシャッ! というシャッター音と共に、フラッシュが幾度となく輝く。

 その光景は、……であったそうだ。


 ゴーストドールという、一つの巨大心霊コンテンツを立ち上げるほどの霊をドン引きさせる男。

 それがこの男子高校生――



 中宮木なかみやぎ 凛太郎りんたろうさん、だった。


 その後、凛太郎さんがSNSにアップしたゴーストドールの写真を目にした彼の妹さんが、『何それ!!』と、緊急事態とも言わんばかりに急いで連絡を取り。

 緊急家族会議を開催し、今に至る――という運びである。


 たまたまその時、その妹さんと一緒に遊んでいたをくらい。

 その家族会議に、何故か家族でもない僕も参加するはめになる。

 そしてちょうど今、テーブルを挟んで向かい合っている凛太郎さん本人から、一連の話を聞き終えた所である。

 この時の時刻は、二十三時四十四分。

 時計を確認し、下の時刻が嫌な数字だな……とか思いつつ、ふとテーブルへと視線を落とすと。


 テーブルの上に、噂のゴーストドールがあった。


 じぃーっと、僕の方を見ている……そんな気がする。


 気の所為かな? 心なしか、ゴーストドールは泣いているように見えた。

 まるで……『こいつヤバい、助けて……』と、訴え掛けてきているようで……。


 あーあ……。

 可哀想だけど、僕みたいなでは、凛太郎さんやその妹さんのような変人には、太刀打ち出来ないんだ。

 本当に……ごめんなさい。取り憑く相手を間違った自分を、恨んで下さい。


 等と、心の中で謝罪しつつ頭を下げてみる。

 するとどうだろう?


 ゴーストドールから『うぅ……』と、啜り泣くような声が聞こえて来た気がする。

 うん……まぁ、そりゃあ、泣きたくもなるよねー……。

 何せ、取り憑いちゃった相手が、まさかの超ド級の変人だったのだから……。


 僕は改めて思う……気の毒だな、と。



 ゴーストドールが可哀想、だなと。





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