第29話 コージン・キサラギは戦わないが――

 プロミナ達の戦いが始まって、三分が過ぎようとしていた。


「ケェェェェェェェェ――――ッ!」


 翼を広げ、空に舞い上がったディスロスが奇声を発して魔力を解き放つ。

 その頭上に生じたのは、とてつもなく巨大な火球。

 闇が濃いこの場においては、まるで小さな太陽の如く燃え盛り、輝いている。


「ギルド長、あれ対抗できる?」

「さすがにむーりー。あたしの全魔力振り絞っても、半分の威力も出せないよ」

「わかった!」


 火球を見上げたプロミナが、ルクリアに確認して勢いよく地を蹴った。

 全身に血気を巡らせて、肉体を強化した彼女が一息にディスロスへと肉薄する。


「無策で真っすぐ突っ込んで来るとは、まさに愚の骨頂! 焼け死ねェい!」


 裂けた口に笑みを作って、ディスロスが大火球をプロミナに放った。

 大気をジジジと灼くそれは、彼女に接触すると共に爆ぜて、巨大な炎の花を咲かせた。

 強烈な熱風が辺りに吹き荒び、リリーチェとプロミナが揃って顔を背けた。


「グハッ、ハハハハハハハハハハ! 万物を焼き尽くす我が劫火、まともに喰らいおったわ! 何者かは知らぬが分も弁えず我に楯突いたがゆえに、骨も残らず蒸発し――」

「してるワケ、ないってーのッ!」


 未だ渦を巻く炎を突き破って、プロミナが魔王の懐に飛び込んでいく。


「な、ッ……!?」


 予想外の生存に身を固くするディスロス。

 だが、俺にしてみれば今の一発でプロミナがやられるはずがない。


 俺が教えた『破魔備衣はまぞなえ』を、もはや完璧な精度で使いこなしている。

 そして、プロミナが魔王と同じ高度にまで達し、光を纏った剣を振り下ろす。


「でぇりゃあァァァァァァァァ――――ッ!」

「ぐぅっ、おおおおお!!?」


 ディスロスは咄嗟に頭上で腕を十字にして刃を防ごうとする。

 しかし刃は両腕を半ば近くまで断ち、さらには魔王を地面へと叩きつけた。


「チャ~ンス!」


 この好機を逃すルクリアではない。

 彼女は空中に十を超える魔法陣を展開し、まだ立ち直っていない魔王を狙う。


「リリーチェ様は回復を。プロミナちゃんは着地したら五秒待機!」


 魔法を発動させると同時、ルクリアが指示を飛ばす。


「わかりました!」


 その指示に従って、リリーチェがプロミナに治癒魔法を施す。

 目的は、負傷の治癒ではなく体力の回復。消耗した分を魔法で補給することだ。


「ぬぅぅ、おぉぉおぉぉぉ!?」


 ルクリアの魔法の爆撃を受けて、ディスロスが吼える。

 だが、ダメージを与えるには及ばない。やはり人が使う魔法では効果を見込めないか。


 だからこれは牽制。

 元より、ルクリアもそのつもりで魔法を使っている。


「回復完了しましたわ、プロミナ様」

「ありがと、リリーチェちゃん。――三、二、一、吶喊ッ!」


 後方では体力の回復を終えたプロミナが、再び剣に血気を纏わせて駆け出した。

 本来であれば『備衣』より難易度の高い『呼導こどう』も、もはやお手の物だ。


「ギルド長、交代~!」

「疲れたって思う一歩手前で言いなさいよ、いいわね!」

「わかってる。油断はしないよ!」


 ここで、牽制役を担っていたルクリアとプロミナが入れ替わる。

 攻撃はプロミナ、牽制と指示はルクリア、回復と後方支援にリリーチェ。

 そのフォーメーションは、今のところ完全に機能していた。


「おぉぉぉぉぉ、お、おのれェェェェェェェェェ!」


 ディスロスが再び絶叫し、両腕を広げて無数の死霊と悪霊を召喚する。


「何度やったって同じだってのに」


 霊達が地面に沈んだところで、俺は足を踏み鳴らし龍脈の流れを乱してやった。


「ぐ、ぬぅぅぅぅぅ……! コージン・キサラギィィィィィ……!」

「そんな小細工、やるだけ無駄だって、いい加減わかれよ」


 こっちを睨むディスロスに、俺は呆れながら息をついた。

 龍脈を利用したゴーレム型アンデッドの作成。それを、魔王は幾度か試していた。


 ディスロスは『骸』の号を冠する死者の王。

 そんなことをせずとも、自力でもっと強いアンデッドを呼べばいいだろうに。


 そう思っていた俺だったが、どうやら違うようだと気づいた。

 ディスロスの野郎、封印から出たばっかりでまだ力を完全に取り戻せてないな。


 だから、龍脈の力に頼らざるを得ないワケか。

 ってことは、もしかして魔王討伐のタイミングとして今が最善最適だったのでは?


 修行目的で考えるとやや不本意な状況ではあるんだけど。

 でも、まぁ――、


「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

「ナメるな、小娘ェェェェェェェェェ――――ッ!」


 俺が見ている先で、プロミナとディスロスが激しくやり合っている。

 剣を振るい、鉤爪を突き出して、斬り裂き、抉られ、防ぎ、捌き、打ち合って。


 どちらも引くことなく、まさに一進一退。

 両者の打ち合いは、十合、二十合と続いて、周囲に散った血が霧を作る。


 プロミナの剣は、魔王の身を斬ってはいたが、溢れる魔力がその傷を瞬時に治す。

 一方で、魔王の鉤爪に裂かれた傷は、リリーチェが即座に魔法で癒していく。


 それにしても、復活したてとはいえど、さすがは魔王。

 血気での自己強化とリリーチェのバフ魔法の強化を積んだ今のプロミナと互角、か。


 さらにいえば、攻撃魔法や自己再生で多大な魔力を消費しているはずだ。

 しかし、魔力こそが本体の魔王からすれば、それは微々たる量に違いあるまい。


 このまま戦っていてもジリ貧。長期戦はこっちが不利か。

 だが、明確にこっちが優っている点もある。


 それは、ほんの一瞬の隙だった。

 プロミナの横薙ぎを避けようとした魔王が見せた、刹那にも満たない隙。


「――今ッ!」


 そこに、ルクリアが魔法を叩き込んだ。

 熱光線と猛吹雪。ディスロスには通じるはずのない魔法だが、それでいい。

 反応した二つの魔法が、場に大量の水蒸気を発生させる。


「ぬおお!?」


 驚きの声をあげるディスロス。

 これこそが、こちらの優っている点。数の差と、勝機を作り出せる仲間の存在だ。


 同じく水蒸気に包まれたプロミナだが、その動きに淀みはない。

 だって彼女には見えている。

 ディスロスの姿も、動きも。自らが体得した『究観きわみ』によってはっきりと。


「魔王、覚悟ォ――――ッ!」

「な、何故我が見え、ッ、ガァァァァァァァァァァァァ!!?」


 プロミナの放った刺突が、ディスロスの腹を深く抉った。

 魔族は精神に特化した生命体だ。

 ゆえに肉体はさして重要ではない。それは強みであり、同時に弱みでもある。


 実際に過去に魔王と戦った俺だから知っている。

 魔王も含めた魔族という連中は、肉体を用いた戦い方が元来得意ではないのだ。

 だから、そこを突かれると、今のディスロスのような脆さを見せる。


「あ、ァ、が……ッ」


 何とも苦しげなうめき声が聞こえてくる。

 水蒸気が晴れると、右手に剣を携えたプロミナと、膝を折るディスロスが現れた。


 両手に抱えた腹から大量の黒い血が溢れ、魔王は口からも血を垂らしていた。

 傷が再生しないのは、体内にプロミナの血気が叩き込まれたからだ。


 魔力は体の外に作用し、血気は体の内に作用する。

 剣を介し、彼女の内から魔王の内へと。

 そうして注がれた莫大な量の血気は、ディスロスを内から食い破る致死毒にも等しい。


 これは、勝負あったな。

 あとは肉体を完全に殺して、魂を滅ぼせば終わる。


 プロミナが無言でディスロスを見下ろし、長剣を振り上げた。

 その首をはね飛ばせば決着だ。俺はそう思ったし、ルクリア達もそう思ってたろう。

 しかし――、


「ぅ、ああ……」


 ディスロスが、弱々しく声を漏らしてプロミナを見上げた。

 その顔は、涙と鼻水でグシャグシャになっていた。


 魔王が、泣いた?

 まずその事実に、軽く驚く。そして次のディスロスの言葉に、さらに驚く。


「ゃ、やめろぉ……、やめてくれよぉ、ぉ、俺を、殺さないでくれよぉ~……!」


 ――ラズロ!


「い、ぃ、いやだァ! 死にたくない、死にたくなぁぁいぃぃぃ~~~~!」


 死におののき、泣き喚いているのはディスロスじゃなかった。

 ディスロスの野郎、肉体の主導権をラズロに戻しやがった。――マズい!


「プロミナ、殺せ! そいつはディスロスだッ!」


 一瞬なりとも呆けてしまったプロミナに、俺は檄を飛ばす。

 だが、死の恐怖に歪みきっていたラズロの顔面に、魔王の笑みが戻ってきた。


「もう、遅いわッ」


 声と共に、ディスロスとプロミナの間に、爆花が咲いた。


「ぅ、あああああああああああああッ!?」


 炎に包まれながら、吹き飛ばされたプロミナの体が大きく宙を舞う。


「プロミナちゃん!」

「いけません、急ぎ、回復を……!」


 ルクリアとリリーチェが顔を青くしてフォローに入ろうとする。が、これも遅い。


「させると思うてかァッ!」


 ディスロスの瞳が怪しく輝き、目を合わせてしまった二人の体が半ば石化する。


「くっ、これは……」

「石化の呪い、こんな……!」


「ほぉ、一回では石化しきらなかったか。なかなかの抵抗力よ」

「ちくしょ、ぉ……!」


 毒づくルクリアから目線を外し、ディスロスは倒れたプロミナに手を伸ばした。


「小娘如きが、随分と無礼を働いてくれたものよ」


 ディスロスは右手で彼女の首を掴み上げ、宙に吊るす。


「ぁ……、ぅあ……ッ」


 首をきつく絞められ、プロミナの半開きになった口からくぐもった声が漏れる。


「ク、ヒヒヒッ、俺様を殺そうとするからこうなるんだ、雑魚剣士!」


 プロミナを見上げながら魔王が紡いだその声は、だが魔王のものではなかった。


「ディスロス、今の声は……」

「そうとも、コージン・キサラギ。この素体の主は、我が協力者よ!」


 ディスロスがけたたましく笑いだす。

 高らかに響くその笑いには、ラズロの声も混じっているように感じられた。


「さぁ、コージン・キサラギ、我と戦え」


 プロミナを右手に吊るしたまま、ディスロスが俺に言ってくる。


「この小娘の命惜しくば、今こそ我と戦え。そして雌雄を決しようぞ。千年前は不覚を取ったが、今度こそ、今度こそは貴様を我が手で八つ裂きにしてくれる……!」

「…………」


 俺は、プロミナを見た。

 気絶している。意識が戻るまで一分もかからないだろうが、完全に無防備だ。


「……コージン君」

「申し訳ありません、コージン様」


 体の半分を石に変えられたルクリアとリリーチェが、俺を呼ぶ。


「さぁ、我と戦え、コージン・キサラギ! 我と戦うのだ!」

「……いいんだな?」


 風が吹く。


「本当に、いいんだな? 本当に、おまえは俺と戦うんだな?」


 地鳴りがする。


「どうして俺が戦わないのか、その理由を、おまえは考えたか? それを理解しないまま、俺と戦っていいんだな? おまえがそこまで望むなら、俺はやぶさかじゃないぜ?」

「貴様……」


 空には黒雲。

 雷鳴が数多に重なる。


「普段、俺は『厄除けの加護』によってこの世界に法則を付与してる。それは『あらゆる攻撃は俺に当たらず、俺の攻撃はあらゆるものに当たらない』。そういう法則だ」

「え、コージン様のルール権能は『攻撃が当たらない』だけでは……」


 違うんだ。

 違うんだよ、リリーチェ。それじゃ半分でしかないんだ。


「何で俺がそんな法則を世界に付加してるかわかるか、ディスロス?」

「な、コージン・キサラギ、貴様は何を言っている!?」


 ああ、これは言うより行なうが早い。実際に見せてやろう。

 俺は右手に印を結び、告げる。


「――ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン」


 瞬間、世界の一部が壊れた。

 俺を中心に地面に亀裂が走り、地表が盛り上がって覆り地割れが起きる。


 空は雷のみならず雨が降り出し、雲は黒さを増してほとんど暗闇。

 吹き荒れる風は渦を巻いて竜巻となり、アンデッドの群れを飲み込んでいく。

 光の亀裂が空を砕き、轟音は絶え間なく聞く者の耳をつんざき続ける。


「何だ、何だこれは、何が起きているのだ……!!?」


 瞬く雷光に照らされながら、ディスロスがその顔をを右往左往させる。

 今、この場に何が起きているのか、それを言い当てたのはリリーチェだった。


「……これは、魔王のものよりもはるかに強烈な、世軋り」


 そうだ。そういうことだ。

 俺が使う『厄除けの加護』は、俺自身を世界から隔離するためのもの。


 普段ならば、俺は絶対に戦わない。

 その理由は実に単純。俺が戦えば、世界が滅ぶからだ。

 だが、ここまで熱烈に望まれたのなら仕方がない。ああ、実に仕方がない。


「来いよ、ディスロス。俺がおまえを揉んでやる」

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