第28話 勇者の挑戦

 魔王は人の形をしていた。

 だがその姿は、人とはおよそかけ離れていた。


 上半身は裸で下半身はズタボロのズボンをはいている。

 その服装こそ、人間にはありうるものだったが、肌の色が濃い鉛色をしていた。


 さらには顔、腕、胸、と見えている範囲の肌全体に亀裂のような赤い紋様。

 しかも目を凝らして見ると、それは静かに明滅を繰り返していた。


 額の左右から反り返った鋭く長い角。腰まで届く真っ白い髪。

 大きく見開かれた瞳は血走って、ギョロギョロとせわしなく辺りを見回す。


 耳はエルフのように長くて、左右に大きく裂け牙が覗く口から垂れるよだれ。

 背には、蝙蝠を思わせる形状の真っ黒い翼が生えていた。


 人の形をしているが、人の姿をしていない。

 まさに異形としか呼びようのない容貌をしている。


 ――だがそれは、ラズロだった。


 頬がこけて、だいぶ印象が変わっていたが、顔は間違いなくあいつのもの。

 そして、それが示す事実に、俺は思わず眉間にしわを寄せて渋面を作る。


「よりによって封印を解いたのはおまえか、ラズロ」

「…………。ラ……、ズ……、ロ……」


 白い髪の向こう側にある血走った瞳が、俺を見据える。


「そうか、この素体の名は、ラズロというのか」


 低い声。ラズロの声。だが、あいつとはまるで違う、異質な響きを含んだ声。

 ああ、この声には聞き覚えがある。千年前にも聞いた声だ。


「――ディスロス」

「久しいな、黒い雨の氏族のリリーチェ、そしてコージン・キサラギ」


 ラズロの肉体を乗っ取ったディスロスの全身から、闇の魔力が放出される。

 それは、遠目に見れば立ち上がる巨大な人影に映るかもしれない。


「クハッ、クハハハハハハハハ! よもやよもやだ! まさか、我にとって最大の憎悪の対象たる貴様らが、揃って我が前に現れてくれるとはな! 手間が省けたぞッ!」


 裂けた口をいっぱいに開けて、ディスロスが哄笑する。

 その周囲に無数の黒い陰が展開し、それは全て地面へを解き放たれた。


「クハハハハハハハハハッ、いでよ我が不死なるしも――」

「アホが」


 俺は、右足で軽く地面を踏み鳴らす。気功・地鎮法。

 地面に沈んでいった黒い影が、それですべてはじき出され、そのまま虚空に霧散する。


「ヌゥ!?」

「ここに俺達が立ってる時点で、その召喚は通用しないってわかれや」


 今の黒い影が、ディスロスが召喚した死霊や悪霊。

 土くれに宿すことで、半ゴーレム型のアンデッドを作ろうとしていたワケだ。

 さすがにそいつは考えが浅すぎるってモンだ。


「今さら雑兵揃えて数で攻める、みたいなセコい戦法に頼るなよ、魔王様」

「グググギギィィィィィィィィィィ! ならばァァァァァァァァァァァァァッ!」


 再び、ディスロスが魔力を閃かせ、何かを召喚する。

 鎚を突き破って表れたのは、見るからに古めかしい錆びだらけの鉄の棺だった。


「……あれは!?」


 リリーチェが激しい反応を見せる。

 あの棺が何なのか、もちろん俺も知っている。あれはディスロスの切り札だ。


「一つだけだと、思うなァ――――ッ!」


 という叫びの通りに、棺はさらに増えていく。

 五つ、六つ、七つ――、そして形の違う鉄棺は十を超え、二十近くにまで達する。


「先生、あれは何?」

「あれは鉄棺近衛騎士団。骸魔王ディスロスの英雄コレクションだよ」


 ギギギという軋み音と共に棺が開かれ、中から棺の主が姿を現す。

 それは、ディスロスと同じ闇の魔力をまとった、朽ちた鎧姿のアンデッドだった。


「まさか、ナイトリッチ……?」


 ルクリア、正解。

 非業の死を遂げた英雄がなるとされる、最上位の戦士型アンデッド。

 生前の実力を保持したまま、闇の魔力によってさらなる能力を得た厄介な相手だ。


「ディスロスは自分の眼鏡にかなった英雄の死体をコレクションして、アンデッド化させて自分の身を護る近衛騎士団にしたんだよ。千年前は結構苦労したぜ」


 ナイトリッチ一体でも、都市一つを壊滅させられる力を持つ。

 それがニ十体。小国であれば十分に滅ぼせる戦力だ。


「我が近衛騎士団の力、忘れたとは言わせんぞ! クハッ、ハハハハハハハハハ!」


 自慢げに腕を振り回して叫ぶディスロス。こいつ笑うの大好きだな。

 プロミナが、ボソッと俺に尋ねてくる。


「先生、さっきのアレは?」

「地鎮法? 無理。あの騎士団は龍脈の力で維持されてるワケじゃないから」

「じゃあ、あのゴツイのは私達で潰さないとダメ?」


 不安に思っているワケではなく、あくまでも事務的な確認。

 しかし俺は、首を横に振った。


「いや、そうでもないよ。だってそろそろ――」


 言いかけたそのとき。聞こえた。


「ヌオオオオォォォォォォォ! 決戦の場に到着じゃああああァァァァァァァあ!」


 尾と両腕をブン回し、巨躯を誇る竜人がその場に飛び込んでくる。


「うちの切り込み隊長が到着するだろうし。っていうか、到着したな」


 俺はニシシと笑って、アンデッドの海を越えてきたガルンドルに向き直る。


「よくぞ独力でここまで辿り着いた、ガルンドルよ!」

「おぉ、大先生! 待っとってくれたんかァ!」

「うむ!」


 待ってたぜ。

 さらなる露払いをおまえにお願いするためにな!


「ガルンドル、早速だがあれを見ろ!」

「ぬぅ? ……な、何じゃあ、あの陰気な連中はァ!?」


 鉄棺から歩み出てきた近衛騎士団を目にして、変なポイントで驚くガルンドル。


「おまえも知っているはずだ。あれこそが、骸魔王の鉄棺近衛騎士団だ!」

「う、うおおおお!!? 知っとります、知っとりますとも! かつての戦いの折、人類側に多大な損害をもたらした、最凶にして最悪の騎士団ですからのう!」


「そうだ。そしてあれこそが、おまえが乗り越えるべき壁だ!」

「なななな、何ですとォォォォォォオ!!?」


 ガッビ~ン、とばかりにショックを受けるガルンドルに、俺は畳みかける。


「おまえは、俺に憧れたんだろ。だったら超えてみろ。俺の遺した伝説を。今、目の前に立つ塞がってきた過去を。乗り越えて、おまえは未来の『真武』になれ!」

「うぉぉ、おおぉ、ぉぉぉぉぉぉぉぉ……」


 俺の煽りに、ガルンドルは全身を小さく震わせる。そこに、もう一つダメ押し。


「今を生きる戦士のおまえが、死を望みながらも死なせてもらえず、この瞬間も辱め続けられている誇り高き英雄達に最後の引導を渡してやってくれ」


 こればっかりは、多少ながら俺の本音も混じっていた。


「う、うおおおおお! いにしえの英雄達よ、聞きませェい! ワシこそは『真武』の二番弟子にして、貴殿らに引導を渡す者。一刀十爪のガルンドルじゃあぁぁい!」


 ガルンドルが、一刀十爪を繰り出しながら敵陣へと突撃する。

 ディスロスを囲うように展開していたナイトリッチの右翼側がそれに巻き込まれた。


 いやぁ、スゲェなガルンドル。

 アンデッドの海をかき分けて進んできたはずなのに、まだまだ元気いっぱいだ。


 その巨体がナイトリッチ数体を吹き飛ばし、戦場を別にする。

 他のナイトリッチもガルンドルを脅威と見なしたようで、武器を手に追っていく。


「何だ、何が起きている!?」


 自分の周りを離れたナイトリッチを目で追って、ディスロスが戸惑いの声をあげる。

 が、わざわざそれを教えてやる義理はない。

 ついでに言えば、すでに開戦している事実だって、教える必要はない。


「――ぬぐぉ!!?」


 ディスロスが、視線をあげて声を荒げる。

 自分を十重二十重に囲む空中の魔法陣にようやっと気づいたようだ。


「気づくのが一秒遅~い!」


 楽しそうに叫び、その声をそのまま発動のトリガーにして、ルクリアが魔法を放つ。

 四方八方から、火球や氷柱、岩の弾丸に真空の刃がディスロスへと降り注いだ。


 俺達が見ている前で、派手な爆発が生じる。

 ちょっとしたクレーターを生み出すほどの威力だが、ルクリアはすぐに警告を発した。


「ダメだ、効いてない。来るよ!」

「ヌガアアアアアアァァァァァァァァァァァァァアッ!」


 闇の魔力が膨れ上がり、立ち上る煙を吹き飛ばした。

 そして現れたのは無傷のディスロス。その身を走る紋様が、怒りに呼応して赤く輝く。


「王たる我の玉体を、くだらぬ術で汚しおってェェェェェェェェ!」


 そう吼え狂いながらも、ディスロスが狙ったのはルクリアではなく、俺。


「何だよ、こっちに来るのか?」

「我が怨敵は昔も今も貴様一人だ、コージン・キサラギィィ――――ッ!」


 鋭く伸ばした鉤爪を振り上げて、ディスロスが躍りかかってくる。

 しかし、俺はその場から一歩退き、魔王に小さく笑みを返す。


「そうかよ。だったら悪いな。俺が相手をしてやれなくて」

「何を……ッ」


 俺が退くと同時、俺の脇をすり抜けて大きむ前に踏み出す、赤い髪の彼女。


「あんたの相手は私だァ――――ッ!」


 振り下ろされたディスロスの鉤爪を、プロミナが自分の剣でガッチリ受け止める。

 対魔王決戦、いざ開幕!

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