第27話 アンデッド500000体vs俺とガルンドル

 空が急速に暗くなっていく。

 数分前までは青空が広がっていたのに、凄まじい勢いで黒雲に覆われていく。


 遠雷、そして低い地鳴りのような音もしている。

 ガルンドルが引っ張る馬車の中で、リリーチェが深刻な顔つきを作る。


「……世軋りが起きていますね」

「ヨギシリ?」


「魔王のように強大な力を持った存在は、ただそこにいるだけで世界に影響を与えるのです。この黒雲も、遠くから聞こえている地鳴りも、世界が軋んでいる音なのです」

「へぇ、そうなんですね! さすがは魔王ってことですね!」


 重い物言いをするリリーチェに、対照的に瞳キラキラのルクリア。

 自分が知らないことだから興味津々じゃん。ワクワクしすぎじゃん、このギルド長。


「さて、まだお話しててもいいが、準備はしとけよ。そろそろ見えてきたぜ」


 御者の座る場所に立って、俺は先を見渡す。

 風吹きすさぶ平原の果ての果て。そこにあるものが、そろそろ見えてくるだろう。


「うひょぉ~! こりゃあ壮観じゃのォ~!」


 馬車を引くガルンドルも視認したらしい。

 少し遅れて、馬車の中の面子も次々に「あっ」と声をあげていく。


「アンデッドの、壁……」


 呟いたのは、プロミナ。

 彼女がそう形容したように、俺達が向かう先にあるのはまさに死者の壁だった。


 ゾンビとスケルトンが、見える限り平原の端から端までを埋め尽くしている。

 ゆっくりと、だが土煙をあげながら進む様は、轟く雷鳴と相まってなかなかの迫力だ。


「ガルンドル、わかってるな?」

「応よ、大先生! このまま真っすぐ突っ込んじゃるわい!」


 声が弾んでるねぇ、竜人剣士殿。

 まぁ、わからんでもない。これだけの景色を目にすると、ちょっと高ぶるよね。


「あの、コージン様? 今、突っ込むとおっしゃられましたが、作戦などは?」

「俺とガルンドルがアンデッドを潰す。プロミナとおまえらが魔王を倒す。以上!」


 どうよ、この完璧な作戦。

 これ以上なく緻密。これ以外にないほど最適。最善とはまさにこれと言わんばかり!


「いえ、ですから作戦は?」


 …………あれ?


「今のが、作戦……」

「はい。作戦の担当割り振り、ですよね。それは理解いたしました。で、具体的には?」


 具体的には。

 具体的……、え、具体的にって、何が? 他に何か必要なのか……?


「リリーチェちゃん、先生も基本脳筋だから、そこまで深く考えれる知能はないよ」


 プロミナ、それ全然助け船になってないんだけど!?


「だって先生だよ? 何の考えなしでも大抵の状況どうにかできる人だよ?」

「ああ、なるほど。なるほどですわね……」


 ねぇ、二人して俺にぬるい視線を送ってくんのやめてくんね?


「だから、ここはきっぱり先生に任せよ」

「はい。コージン様ならば、わたくし達を魔王のもとまで送り届けてくれるでしょう」

「魔王♪ 魔王♪ どんなツラしてるのかしら~。楽しみ~。ンフフ♪」


 こっちに全幅の信頼を寄せてくれる二人に、冒険脳全開ウッキウキのルクリア。

 ま、俺に任せてもらえるならそれでいいんだが、その上で言っておこう。


「いいか、プロミナ」

「何、先生?」


「君は世界を救わなくていい」

「コージン様、それは……」


 リリーチェが俺に言いかけるが、それを手で制し、俺は続けた。


「君は優しい子だ。自分以外の誰かのために自分を駆り立てることのできる人間だ。が、同時に君はまだ気功の基礎を身に着けたばかりのひよっこ未満でしかない」

「うん、それはわかってる……、つもり」


「わかっていても、言わせてもらう。君如きが他人を救えるなんて、かけらも思っちゃダメだ。驕るな、自惚れるな、まずは君が君を救え。これから迎える死地の中から」

「私が、私を救う……」

「今日まで身に着けた全てを駆使して、ディスロスを狩れ。『勇者』としての責務じゃなく、気功を学ぶ剣士プロミナの修練の一環として、だ。いいな?」


 俺がそこまで言うと、プロミナは緊張を露わにしながらも、深くうなずいた。


「ガルンドル、馬車を停めろ。気楽な馬車旅もここまでだ」

「応ともよ、大先生ッ!」


 景気よく突っ走っていた馬車が俺の一声によって急停止する。

 そして俺達は馬車を降りて、改めて迫りくるアンデッドの大群と対峙した。


「地鳴りが大きくなってる……」

「魔王が起こす世軋みに加えて、あの群れの足音も重なってるのでしょう」


 ここまで来ると、地面の揺れも体感できるくらいになっている。

 アンデッドの群れもはっきりと目に見える状況で、こりゃあ、何体くらいいるかな。


「あ~、十、二十、いや、四、五十万ってところか?」


 目視に頼った適当な概算だが、大きく外れてはいないだろうと思われる。


「ごじゅっ!?」

「ウハハハハハハハハ、そいつは剛毅な話じゃのぉ、腕は鳴るわぁ!」


 驚くプロミナのそばでガルンドルが豪快に笑っている。

 そうかそうか、腕が鳴るか。そりゃあ丁度いい。おあつらえ向きってやつだ。


「じゃあ、ガルンドル、いっちょ真っすぐ突っ込んでみようか」

「応よ、行かいでかぁッ! ……って、大先生は一緒に行かんのですか!?」


 チィッ、気づかれた! だが、しかし!


「そうだ。ここはおまえが一人で突っ込むべき場面だ。……切り込み隊長として!」

「き、切り込み隊長ォォォォォ~~~~ッ!」


 ガガァ~ンと衝撃を受け、その身を大げさにのけぞらせるガルンドル。


「うわぁ、いかにもガルンドルが好きそうな単語……」


 ボソリと呟くプロミナの声が聞こえた。さすがは剣を交えた相手、わかってる。

 俺は内心にほくそ笑みながら、ガルンドルに向かって大声で続ける。


「そうだ! この危機的状況を打破できるのは、おまえ以外にいない!」

「おおッ、おおおおおおおおおお……ッ!」


 目を見開き、全身を興奮に打ち震わせるガルンドル。

 そこに、俺はさらにダメ押しをする。


「それに、なぁ、ルクリアさん?」

「うん? ……ああ、はいはい。いいよ。ここで活躍したら負債を減額してあげる」

「ぬおおおおおおおおおお、ワシにお任せじゃああああああッ!」


 ルクリアさんが負債の棒引きを告げた瞬間、ガルンドルがはじけた。

 背負っていた巨大曲刀を尾で掴み、止める間もなくアンデッドの群れに突撃敢行!


「ゥおおおォォォォ、どけどけどけェェェェェェイ! ワシこそは『真武』の二番弟子にして『勇者』一党が切り込み隊長、ガルンドル様じゃああああァァァァァァ!」


 乱舞する曲刀と竜人の十爪が、緩慢に動くアンデッドを紙のように蹴散らしていく。

 おまえの師になった覚えはないけどな!


「私達のパーティーに入れたつもりはないけどね!」


 俺が思うのと、プロミナが抗議したのは、ほぼ一緒のタイミングだった。


「さて、ガルンドルが道を切り拓いてくれるので、俺達はゆっくり進みましょう」

「千年お会いしない間にかなり厄介払いが御上手になられましたわね、コージン様」


 リリーチェにそんなことを言われたが、甚だ心外である。


「いや、ガルンドルもあれで色々と見込みはあるんだよ?」

「それでは、弟子入りを許しますの?」

「それはあいつが負債を全額返済してからの話だなー!」


 元々、条件としてもそれを提示してあるワケだし。

 ま、ルクリアがあんな使い勝手のいい奴隷を手放すとは到底思えないんだがね。


「じゃ、俺達はこのまま真っすぐ魔王のところまで行くぞー」

「真っすぐ、って……」


 プロミナが、俺達の目の前に広がる光景を再度確認する。


「全然減ってないけど、アンデッド」

「ふふ~ん。さて、ここで問題です。この先、全員が無傷で魔王のもとまで着くことができてしまいます。それは何故でしょうか? 歩きながらお答えください!」

「えーっ、何で急にクイズ!?」


 俺は「何でだろうね~」とプロミナに返しながら、先頭を歩き始めた。

 数秒も経たず一人がサッと手を挙げる。ルクリアだった。


「もしかして、リフィル湖でコージン君が見せてくれた、あれ?」

「ほぉほぉ、何でそう思ったのかな、ルクリアさん」

「ずっと違和感があったのよね、あそこにいるアンデッド。あれ、本当にアンデッド?」


 へぇ、さすが。まだ接触してないのに、早々にそこに気づくか。


「何それ、ギルド長、どういうこと?」

「いや、何ていうか違和感がね……。アンデッドっていう割に、魔力の質感が――」


 そう言われても、プロミナは首をかしげるばかりだ。

 これについては魔術に秀でたルクリアの方が感覚として掴みやすいのだろう。


「ほぼほぼ正解だよ。あそこに見えてるのはアンデッドであり、アンデッドじゃない」

「……肉体の組成、ですわね」


 リリーチェが補足をくれる。そういうことだな。


「ディスロスはアンデッドを召喚・使役するが、召喚するのは核となる死霊や悪霊だけで、それを土に憑依させることで、即席の肉体を作り出し、操ってるんだ」


 つまり、俺達に迫りつつあるアンデッドは、半ばゴーレムにも近しいってこと。

 ディスロスは魔王だ。

 魔王とはその名の通り王であり、戦いを個ではなく軍単位で考える存在だ。


「核となる霊体だけを召喚し、肉体の素材にどこにでもある土を使う。これなら肉体を破壊されても、また新しい肉体を作れば復活できる。不死身の軍団の完成だ」

「あの、コージン君、アンデッドの群れを維持してる魔力の供給源って……」


 ルクリアが俺に尋ねてくる。さすがに魔法関連については彼女が聡い。


「そう。霊脈と龍脈。ディスロスは自らの軍団の維持に『天地人の法』を使ってんだよ」


 そして、俺は皆の前で実践することにする。

 丁度アンデッドの群れも目前にまで迫っていることだし――、


「これは気功の高等技術の一つで、地鎮法ちちんほうという」


 言って、俺はタンと右足の爪先で地面を鳴らした。

 それだけで、迫りつつあったゾンビやスケルトン達の実体が一斉に崩れ、砂と化す。


「うわぁ!」

「地面に俺の血気を叩き込んで、龍脈の流れを狂わせた」


 説明の間にも、どんどんと周りのアンデッド達が形を保てず崩壊していった。


「龍脈を一時的に乱すことで、魔法の効果を無に帰す。それが地鎮法だ」


 先頭に立って、俺は歩き続けた。

 その一歩一歩に地鎮法を用い、周りにいる大量のアンデッドを土に還していく。


 上から見たら、アンデッドの海が真ん中から二つに割れていくような感じかもな。

 そして――、


「感じる、すごい力の圧……」


 地は激しく鳴動し、天には黒雲が渦を巻き、雷が降り注ぐ。

 世軋みの中心、数多のアンデッドを生み出す死者の王。


 かつて千年前に世界を襲った『十二天魔』が一人、骸魔王ディスロス。

 その御前に、俺達はついに辿り着いた。だが、そこに立っていたのは……、


「え、ラズロ!?」


 間違いなく、ラズロ本人だった。

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