第3話 満開の桜の下で
それから3日が経過して、いよいよ桜の花が満開となった。
不思議な出来事だって毎日のように経験すれば、それが”普通”になる。
気がつけば、終電前に広場でお茶をするのが俺の日常になっていた。
「サクラザキさんはこっちの町に住んでるの?」
さくらぎ駅があるこの路線は単線で、上下線ともに1番ホームに電車が停車する。
最終電車にもかかわらず、サクラザキさんはいつも俺を駅から見送っていた。
地元に住んでいて、電車に乗る必要がないからだろう。
そう推理して話を振ってみると……。
「実は私、一度もこの町から出たことがなくて」
サクラザキさんは苦笑を浮かべながら、こくりと頷いた。
「ウチの親は厳しくて。独り立ちできる年齢になるまで、町の外に出るなと言われてたんです」
「ウチと同じだね。卒業してもウチから大学に通えって言われてる。そんなの無視して一人暮らしするつもりだけどさ」
「トオルくんはお強いんですね。私にはそんな勇気ありません」
「別に強くないよ。親が怖くて秘密にしてるくらいだから」
サクラザキさんは目を輝かせながら、真摯に俺の話を聞いてくれる。
だから、ついプライベートなことまで喋ってしまった。
サクラザキさんとは、いろいろなことを話した。
駅に関する思い出話の他にも、進路や学校での悩みなどを打ち明けた。
これまで人に悩みを打ち明けたことはなかったのだけれど、サクラザキさんが相手だと不思議と口が軽くなった。まるで旧友を相手するみたいに。
けれど、ひとつだけどうしても訊けなかったことがある。
――サクラザキさん、キミの正体は?
それを訊いてしまったら、この居心地のいい場所が永遠に失われるような気がして……。
「私、この駅が好きだったんです」
サクラザキさんは空のカップをテーブルに置くと、オンボロな駅舎を見上げながらぽつりと呟いた。
「誰もいない夕暮れ時、ホームにあるベンチに座ってよく本を読んでいました。昔から空想するのが好きで、数時間おきにやってくる電車にもう一人の自分を乗せて旅をさせるんです。それがこの土地に縛られている私の唯一の楽しみで……」
「サクラザキさん……」
「私だけの時間はもうすぐ終わりを迎えます。でも、最後にもう一度だけ逢いたくて。だから、アオさんに頼んでお茶会を開いてもらったんです」
「もう一度逢うって、誰に?」
「それは……」
サクラザキさんは正面から俺の目を見つめる。
涼やかな風が吹き、俺達の頭上に咲く桜の木がザワザワとざわめき出した。
気がつけば空は薄紫色に染まり、太陽が落ちて月が顔を出していた。
逢魔が時。昼と夜の境界の時間。
薄紅色の花を咲かせているはずの桜は、すべての花弁が蒼く染まっていた。
「うっ……!」
ズキリ、と頭に激痛が走る。
痛みと共に、脈絡もなく目の前に浮かび上がるモノクロの景色。
――人気のない駅のホーム。ベンチに腰掛けている誰かの姿。
その人影は、風に髪をなびかせながらこちらを振り向く。
どこか不安そうな、だけど嬉しそうな控えめな笑顔。
やがてホームに電車が入ってきて、その子は――
「トオルくん?」
春子ちゃんに声をかけられて我に返る。
「春子、ちゃん…………」
桜崎春子――そうだ。俺は前からこの子を知っていて。
「…………」
春子ちゃんは俺の顔をじっと見つめて。
「少し……付き合ってくれますか?」
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