第2話 お茶会を開く理由

 翌日の夕暮れ時。

 俺は早めに塾を出て駅前広場へ向かった。

 広場では今日も、サクラザキさんとアオさんがお茶会を開いていた。


「やはりまた来たか。さあ、席に座って」


 促されるまま、サクラザキさんの向かい側に座る。

 席はひとつ。椅子は二つ。カップも二つ。

 アオさんは厄介そうに目を細めていたが、俺のために席を空けてくれていたようだ。


「サクラザキさん達は、どうしてこの場所でお茶会を開いているの?」


 先日の一件、冷静に考えるとおかしなことばかりだった。

 どうして、夕暮れ時の駅前広場でお茶会を開いているのか。

 アオさんが淹れてくれたホットミルクティーを飲みながら、単刀直入に訊いてみた。

 すると、サクラザキさんはカップを手にしたまま右に左にと目を泳がせた。


「えっと……もうすぐ桜が咲きますからお花見しようかなと」


「桜はまだ三分咲きだよ? お花見するならあと数日は待たないと」


 それに時間が悪すぎる。

 日が落ちかけた黄昏時に花見をしても、桜の魅力は半減するだろう。

 夜桜としゃれ込むには灯りの数も少ない。

 この辺りにある唯一の光源は、駅の看板を照らし出すスポットライトだけだ。


「他に理由があるんでしょ」


「そ、それはその~」


「春子ちゃんを虐めるのはそれくらいにしてあげて」


 サクラザキさんが冷や汗をかきながら困っていると、駅舎の方からアオさんが姿を現した。

 その手にはスコーンが乗せられた大皿を持っている。


「お茶けのスコーンだよ。日が経ってちょっとパサパサしてるけど、食べる分には問題ない。ありがたく頂戴しよう」


「いただきます」


 クロさんに促され、俺とサクラザキさんは同時にスコーンに手を伸ばした。

 しっとりとした生地を噛んだ瞬間、歯の上で干しぶどうがプチリと潰れて、甘い匂いが口いっぱいに広がる。

 乾燥してパサパサしているとアオさんは言っていたが、十分に美味しかった。

 アオさんの淹れる紅茶もお菓子も、俺はすっかり気に入ってしまった。


「美味しいね、このスコーン」


 目を輝かせながらサクラザキさんに話を振る。

 サクラザキさんは我が事のように喜び、はにかんだ笑顔を浮かべた。


「ふふっ。よかった。私もこれ好きなんです。気に入ると思ってお供えを……」


「お供え?」


「あっ! なんでもありませんっ」


 サクラザキさんは誤魔化すようにカップに口を付ける。

 嘘が下手な子だな。だけど、お供え物ってどういう意味だろう?

 俺が首を傾げていると、アオさんが説明を始めた。


「先ほどの質問だけどね、広場でお茶会を開いていたのは駅とお別れをするためさ」


「お別れ、ですか?」


「トオルくんは掲示板を見ていないのかな。この駅は4日後に取り壊されるんだ」


「ええっ!? そんな急に! 何も知らなかったですよ!?」


「トオルくんはいつも急いでいたからね。張り紙が目に入らなかったのだろうよ」


 アオさんはそう言って、駅舎の入り口脇に掛かっている掲示板を指差した。

 近づいて確認してみると、4日後に解体業者が取り壊し工事を行うことが書かれた張り紙が貼られていた。

 嘘だと思いたかったが、いくら目を擦っても掲示板の張り紙は消えなくて。


「そんな……」


「トオルくん……」


 サクラザキさんは狼狽する俺を心配してか、そっと近づいて声をかけてくる。

 肩を撫でようと手を伸ばすけれど、首を横に振って項垂れた。


「駅の取り壊しは決定事項みたいです。地元でも反対意見は少なくて……」


「この駅は利用者がまるでいないからね。人を呼べるような観光スポットもない。終電を使うのもトオルくんくらいなものだ」


「取り壊しが決まったことを知り、お別れをするために顔を出したんです。アオさんもこの駅には思い入れがあるから、一緒にお茶をしようと誘われて」


「そこに偶然、俺が現れたわけか」


「そういうことさ。偶然かどうかはさておきね」


 俺の言葉を受けて、アオさんが意味深に片目を瞑る。


「一人寂しくお茶を飲むより、思い出を語る相手がいた方がいいだろう。だから二人を誘ったのさ」


 アオさんは俺とサクラザキさんの間に入り、二人の肩を優しく叩いた。


「取り壊しまで日も短いが、他愛もない話でもしながら昔をしのんでくれたまえ。それでこの子も浮かばれるだろう」


「そうかもしれませんね」


 俺だってこの駅の利用者だ。

 このお茶会が駅舎の別れを惜しむものであるなら、俺が参加することにも意味があるだろう。

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