第3話
「当日のタイムスケジュールとかは、先生方と相談してからになるの。だから今日は2人の顔合わせね。譜割の話も有ると思うから、ここ使ってて大丈夫よ。何かあったら声かけてね」
シスターはそう言うと衝立の向こう側へ戻って行く。
残された優香と古賀の間に沈黙が流れるが、最初に口を開いたのは古賀だった。
「はじめまして、男子部三年の古賀 恭平です」
古賀は傍らに黒い楽器ケースを下ろして、先ほどシスターに応えたような、優しそうな声色で挨拶をした。
「はじめまして、女子部三年の金村 優香と申します。よろしくお願いします」
優香も同じように挨拶を返す。そして古賀の『座りましょうか』という言葉に従い、お互いに椅子に腰を下ろした。
「譜面、読みましたか?」
古賀は楽器ケースから譜面を取り出すと、優香にそう聞いてきた。
「はい、一応一通りは読んできました。譜割、どうしましょうか?」
「どちらを取っても、アレンジ部分が難しいので……。一旦合わせてみて決めましょうか」
え?と優香が驚いている間に、古賀は立ち上がってシスター達がいる方へと行ってしまう。シスターと二言三言話すと、そのまた優香がいる一角に戻ってくる。
「シスターに伺ったら、聖堂を使って良いそうです。行きましょうか」
古賀は楽器ケースと取り出した譜面を持つと、優香を促してくる。慌てて譜面を鞄に仕舞うと、優香も鞄と楽器ケースを持って立ち上がった。
「聖堂を使わせて頂きますね」
シスターにそう告げると、古賀の後を追って聖堂に繋がる扉へと足を向ける。
身長差があるため、脚の長さも違う。つまり、歩く速さも古賀のほうが速い筈だが、先導して行くだけで、優香が追い付けない速さではなかった。
聖堂内で、いつもの席……右ブロック前から五列目に荷物を置くと、マリア様へ祈りを捧げてから、ヴァイオリンを出す。
古賀も優香と同じように、短いお祈りをしてから楽器ケースを開けていた。
「えーと、金村さん?譜面台ってある?」
おそらく自前の譜面台であろう黒い塊をカシャンカシャン、と音を立てながら古賀は組み立てている。
この人、なんで自分の譜面台なんか持ってるの?
「ごめんなさい、持ってないです……」
「まぁ、普通持ち歩きませんからね、スコアで一緒にみましょうか」
高さ、このくらいで大丈夫ですか?と調整してくれている。
正直、一緒に使うのは気乗りがしないのだけど……。
「金村さん?」
困った顔をしていた優香を見て、古賀が声をかける。
ハッとして顔を古賀に向けると優香は
「身長違うから、大丈夫です。会衆席にケース置けば見えるので!」
と、慌てて言う。
男子と長い時間、隣同士は避けたい。
古賀は特に食い下がる事なく、そうですか、とだけ言って、自分の高さに合わせ直している。
古賀が譜面台を置いた近くの席に楽器ケースを開いて置く。蓋部分が背もたれになって簡易的な譜面台代わりになるケースだ。
それぞれ簡単なチューニングをした後に、調和を取るためのチューニングを行なう。それぞれの音に、それぞれが合わせていくのだ。
「じゃあ、始めましょうか。とりあえず、僕がファースト弾くから、金村さんはセカンドで。テンポは……」
このくらいかな?と古賀は自分の腰あたりを叩いて拍を取る。
ワン・ツー・スリー・フォー……
古賀に合わせる形でデュオを始めた。
予想通り、というか、実際古賀は上手い。合わせるにしてもきちんと目線を送ってきたり、拍が取りやすいようにしてくれている。
問題のアレンジ部分に差し掛かっても、特に詰まる事なく弾き終える。
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