第2話
「うーん……。ちょっと弾いてみようかな」
譜読みを始めて約三十分が経った頃。優香は楽器を出して、実際に弾いてみる事にした。
弾いてみないと分からない事あるもんね、といそいそと簡単にチューニング、ト長調の音階を弾いて、指慣らしをする
さて弾きますか。
実際に弾くと、一般に知られている部分は弾けた。聖歌なので、ゆったりとした曲調のため運指が間に合わない、と言った事も無い。問題はアレンジされている部分のソロだ。
追いかけっこのカノンが長く続いていて、相手をきっちり聴かないと、合わせられないアレンジになっている。
「え、これ完全に相手との相性ない?」
ぼやきながら一通り両方の譜面を弾き切ると、変なところに力が入っていたのか腕が痛い。
「今日はおしまい!明日、打ち合わせだから程々にしておかないと」
優香は楽器を片付けて始めて、鞄に楽譜を仕舞う。マリア像に向かって、お祈りと聖堂を借りたことに対するお礼を言う。
ついでに、相手の人が合わせやすい人でありますように!
マリア様に向かって、お願い事は非常識な気がしたが、気がつかなかったフリをする事にした優香だった。
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翌日の放課後、本来であれば部活動の時間に優香は聖堂にいた。すでに部活動自体は引退しているため、授業が終わったら帰宅して良いのだが、聖歌の打ち合わせの為に残っている。
聖堂、と言っても普段使っている会衆席ではなく、今日優香がいるのは事務室の一角にある来客用のスペースだった。来客用、といっても、衝立で間仕切られた場所に、視聴覚室にあるような長机とパイプ椅子が置いてあるだけの簡素なものだ。
「古賀君ももうすぐ来ると思うわ」
若い子ってお茶で良いのかしら?と老齢のシスターが来客用の湯呑みに日本茶を淹れてくれている。
古賀君、というのが相方(仮)の名前なのだろう。
どうか……どうか合わせやすい人でありますように!!!
神に祈る気持ちで優香は心の中で手を合わせた。
優香は待っている間、手持ち無沙汰なので楽譜を出してイメトレをする。右手を指板の代わりにして、運指の練習をしていく。
時折、顔を上げてお茶を飲み、周りに視線を走らせる。神父様は不在、シスター達は奉仕活動の一環なのか、レースを編んでいる。
「シスター、すみません、遅くなりました」
事務室の扉を開けて入ってきたのは、男子部の生徒だ。チラリと見えたのは大きめの楽器ケースを背負っている男子学生。
相方(仮)だろうと見当をつけて優香は背を伸ばして待つ。
「古賀君いらっしゃい。奥に金村さんいらっしゃるわよ」
「金村……先に着いてたんですね、申し訳ないな」
シスターと話しながら古賀が近付いてくる。話し声を聞いている限りは、優しそうな好青年のようだ。
「すみません、遅れてしまって……」
衝立の隙間から入ってきたのは、学ラン姿に楽器ケースを背負っているだけの男子学生。
え、男子部って通学鞄持たなくて良いの?
女子部との違いに驚きつつ、優香は席を立つと相手に向き直って挨拶をした。
「そんなに待ってないから大丈夫です」
「古賀君、日直だったみたいなのよ」
後ろからお盆に湯呑みを乗せたシスターが続いて入ってくる。若い子向けのお菓子が無いのよねぇ、と言っている。
「シスター、大丈夫ですよ。お茶も、ありがとうございます」
相方(仮)が柔らかな声色で応えると、シスターは嬉しそうに破顔した。
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