ナイフ男と女の雑談

シカンタザ(AI使用)

ナイフ男と女の雑談

ポケットからナイフが取り出された。刃渡りは15センチほど。刃に毒々しい色の塗料を塗ってある。

「さて、どうしようか?」

男が言った。

「あんた、おれたちの仲間にならないか」

「仲間? わたしとあなたが?」

「そうさ。今、おれたちは人手不足なんだ。それに、あんたがいればいろいろ便利だ」

男は笑った。歯並びの悪い白い歯が見えた。

「……何のために?」

「金のためだよ」

「お金ならあるわよ」

私はハンドバッグに手を入れ、財布を取り出した。

「いや、そういうことじゃないんだ。あんたにはこの世界がよくわかってないようだな」

「よくわからないけど、要するにお金で解決できる問題ではないということね」

「そうだ。おれたちが欲しいのは、金じゃなくて情報なんだ」

「情報?」

「ああ。世の中のことを全部知りたいんだよ」

「でも、それは無理でしょう?」

「どうしてだい?」

「だって……あなたたちのような人たちは、世の中のことなんて何も知らないんじゃないのかしら」

「そんなことはないぜ。例えば……」

男は右手を挙げて、私のほうに向けた。

「これ、何だと思う?」

「ナイフね」

「そうだ。だけど、ただのナイフじゃないぞ」

男はそう言うと、刃先を私に向け、手首を動かした。

シャッ! という鋭い音がして、私の頬に血が流れた。

「これでわかっただろう? ただのナイフじゃないことが」

「ええ。わかったわ」

「まだあるぜ」

男はそう言いながら、再び手首を動かし、今度は逆側の頬を傷つけた。

「こうすればもっとわかるかい?」

私は黙っていた。

「どうだ?」

「ええ。とてもよくわかるわ」

「そいつはよかった」

男は満足げに微笑み、それからまた話し始めた。

「今のも、ただのナイフじゃないことがわかったろう?」

「ええ。よくわかったわ」

「これはね、特殊な形状記憶合金で作られたナイフなんだ」

「へぇー」

「その昔、アメリカの科学者が、『どんなものでも切断できるナイフ』という発明品を作ったらしいんだ。だが、材料費が高いうえに、使い道がないということですぐにお蔵入りになったそうだ。ところが、1980年代に入ってから、フランスの研究者が同じものを作ろうとした。そして、見事に成功したんだ。ただし、そのときにはもう、別の会社によって『万能包丁』という名前の製品が発売されていて、特許の問題もあって結局、商品化には至らなかったそうなんだけどね。それが今回、日本のある企業が技術協力することになって、ようやく完成したんだ。まあ、もともと特殊金属加工の分野では有名な企業だから、ノウハウがあったんだろうな。もっとも、実際に使ってみると、なかなか使い勝手はいいらしいぜ。切れ味もいいし、錆びないし、熱にも強い。それでいて軽くて丈夫だし、おまけに安いときてる。こりゃもう、革命的としか言いようがないよな」

「ええ。そうみたいね」

「ちなみに、これはフランス製のモデルでね。ほら、ここに製造元のロゴが入っているだろう? これがちょっと変わってるんだなぁ。このロゴは、一見すると普通の丸の中に星があるマークに見えるけど、実はそうじゃないんだ。この星の部分に注目してほしい。これ、何だと思う?」

「何かしら?」

「正解はこれさ!」

男は得意げに言って、自分の左手を見せた。そこには腕時計のようなものが装着されていた。しかし、文字盤はなく、代わりに大きな液晶画面がついている。そこに表示されているのは数字ではなく、記号だった。

「これ、どういう意味なのかしら?」

「もちろん、フランス語で書かれているんだ。つまり、フランス語で書かれた文章の頭文字を順番に並べていくと……」

男はそこで言葉を切った。私は黙って続きを待った。

「答えになるってわけだ」

「あら、そう。でも、それだと少し時間がかかりすぎじゃないかしら」

「心配はいらないさ。こういうときに便利な方法があるんだ。まず、この時計の文字を読む。次に、その順番通りに頭の中で読み上げていけばいい」

「なーるほど」

「簡単だろ?」

「ええ」

「で、そのあとで、このナイフを使う」

男はそう言うと、ナイフを振り上げた。

「あなたはナイフを使わないの?」

私が聞くと、

「いや、使おうとは思ってたけど、あんたの顔を見て考えが変わったんだ」

「どうして?」

「顔に傷をつけるといろいろ問題が起こるからな」

「それは大変ね」

「ああ。特に女の場合はね」

「どうしてかしら」

「そういうことにうるさい連中がいるからさ」

「へぇー。でも、あなたは気にしないのね?」

「おれか?」

男はナイフを持ったまま腕組みをして、しばらく考えていたが、やがて、

「そうだな……。おれもあんまり気にはならないけど、一応、用心しておこうかな。やっぱり、人前で刃物なんか振り回すもんじゃないよ」

と言って、ナイフをしまった。そして、

「それにしても、今日は暑いなぁ」

と呟きながら上着を脱ぎ、ワイシャツの袖をまくりあげた。

「ところで、あなたの名前は何ていうの?」

「名前?」

「ええ」

「別にないぜ」

「ない?」

「ああ。みんな番号で呼ぶからね」

「じゃあ、わたしが決めても構わない?」

「好きにしな」

「うーん。じゃあ、ポチでどうかしら」

「犬の名前みたいで嫌だよ」

「ダメ? じゃあ、タマ」

「猫じゃないのか」

「ネコ? じゃあ、ミケ」

「それも違うような気がするなぁ」

「うーん……困ったわねぇ」

「もっと普通なのはないか?」

「それなら、クロちゃん」

「シロとかモモよりはまともだけど、それでも微妙なところだなぁ……」

「だったら、チャッピー」

「……」

「チャッピーがだめなら、チャコ」

「どれも同じだと思うぞ」

「うーん。なかなか思いつかないわね」

「もういいよ。適当に呼んでくれれば」

「わかった。それじゃあ、ポチでどう?」

「まあいいか。それじゃあ、これからよろしく頼むぜ、ご主人様」

「えっ? なんのこと?」

「今の話の流れからすると、おれをペットとして飼ってくれるんだろう?」

「そんな話はしてなかったと思うけど……」

「そうか。じゃあ、捨てていこう」

「待って!」

「冗談だよ」

「もう! 驚かさないでよ」

「悪かったな」

「それで、あなたはどうしたいの?」

「とりあえず、謝りたいと思ってる」

「誰に?」

「あんたに」

「なぜ?」

「おれのせいで、あんたがひどい目にあったからだ」

「まぁ……。でも、あれはあなたのせいじゃないでしょう?」

「そうかもしれないけど、そうじゃないとも言える」

「どういうことかしら?」

「あんたは覚えてるかい?」

「何を?」

「おれと出会ったときのことをさ」

「もちろん、忘れるはずがないわ」

「そうだろうな。あんたにとっては忘れられないことだから」

「どういう意味?」

「そのままの意味さ」

男はそう言うと、私を見つめたまま目を細めた。

「あのときは本当にすまなかった。まさか、あんなことになるなんて思ってもみなかったんだよ」

男は神妙な面持ちでそう言うと、深々と頭を下げた。

「いいのよ。もう気にしないで」

「ありがとう。でも、やっぱり、このままじゃいけないと思ったんだ。あんたには借りがある。それを返さなくちゃならない」

「いいのに。そんなこと考えなくて。あなただって被害者なんだから」

「いいや、違うね。あんたは被害者なんかじゃない。あんたは何も悪くないんだ。悪いのはすべてこのおれだ」

「どうしてそこまで自分を責めるの?」

「あんたのためを思って言ってるんだ」

「わたしのために?」

「ああ。あんたにこれ以上つらい思いをさせたくないからね。それに、おれ自身も納得できないし」

「そう。それじゃあ、ひとつだけ約束してくれる?」

「いいぜ。何でも言ってくれ」

「あなたが責任を感じているのはよくわかったわ。でも、そのことで自分を責めるのはやめて。それから、わたしのことは心配してくれなくても大丈夫。わたしは今までずっとひとりぼっちだったから慣れているの。だから、何も怖くないし、寂しくもない。あなたはどうかわからないけど、わたしはこれで満足しているの」

「嘘をつけよ。本当はすごく怖いんだろ?」

「それは否定しないわ。でも、我慢できる程度よ」

「強がりを言うなって。それに、もしそうだとしても、これからはおれがいるじゃないか。おれがそばにいる限り、絶対に安全を保証するぜ」

「でも、それじゃあ、あなたが危険にさらされることになるんじゃない?」

「かまわないさ。おれは自分の身を守る術くらい心得てある。少なくとも、あんたよりはうまくやる自信はあるぜ。だから、安心しろよ」

「…………」

「おれを信じてくれないか?」

男は真剣な表情で言った。私はしばらく考えてみたが、やはり彼の申し出を受ける気になれなかった。

「ごめんなさい」

「どうしてだい?」

「どうしてもよ」

「おれじゃ頼りにならないか?」

「そういうわけじゃないわ」

「それじゃあ、どうして?」

「あなたの気持ちはとても嬉しいわ。だけど、やっぱり、誰かに迷惑をかけることはできないもの」

「誰も迷惑だなんて思っちゃいないさ」

「いいわ。無理強いするつもりはないから」

「そうか。それなら仕方がないな」

「ええ。残念だけど……」

「おれが嫌いになったのか?」

「違うわ。ただ、あなたの気持ちに応えることができないの」

「なぜ?」

「わたしは他人に迷惑をかけながら生きていくのが嫌なの。たとえそれが一時的なものだとしてもね」

「おれのことなら気にすることはないぜ」

「ダメよ」

「そうか」

男は去った。

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