異世界に飽きた神を名乗るもの

イルカ尾

異世界に飽きた神を名乗るもの

 目が覚めると先の見えない真っ白な空間にいた。これほどベタ始まり方をする異世界転生の物語を、最近はあまり見なくなったが、僕は異世界転生と言えば代表的なイベントだと思う。


 なぜいきなりこんなことを考えたか。それは言うまでもなく、今自分がそのお約束とも言える状況にあるからだ。


 気が付けば、そんな状況にあった。空間全体が明るく、地平線の先まで続いていた。


 ふと周囲を見回すと少し離れたところに光が見える。


 それに近づくとそこには向かい合った二つの椅子とその片方に顔が光に包まれたこどもが座っていた。


 変わった状況ではあるが、お約束通りの物語の流れだとこのこどもは神様のような存在なんだろう。


「あの……」「まずは座るが良い、人間」


 僕が声をかけるのとほぼ同時に、そのこどもは向かい合った椅子を指さしながら言った。その声は声変わりのしていない子どものようであった。


 とりあえず言われた通りに椅子に座り、前の存在と顔を合わせようとするがやはり正面で見ても光の中から顔は分からなかった。目が合ってるのかさえ分からない。


 自分のそんな相手を探るような動きがおかしかったのか、そのこどもは笑い出した。


「――ははっ。そんな固くなるなよ、人間。俺はお前たち人間が神と呼ぶ存在ではあるが、敬う必要などない。お前がお友達と話すくらいの距離間でいい。堅苦しいのは嫌いなんだ」


 十歳にも見えるこどもの姿からは考えられないほどいかつい喋り方に僕は驚いた。


「分かったか?」

「ああ、はい……」

「そうか。まあリラックスしてくれ。俺はお前と話をしたいだけだ」

「――話ですか?」

「そうだ。俺は神だから世界を作ったりするのだが……」

「え、いや、ちょっと待って下さい」


 僕は耳を疑った。会話の初めでまるで嘘の様なことを言った。世界を作ってるなんて。神様だからと言われたら、そうなのか?


 話の規模が神様スケールだとついていけるか分からないのだが。


 続けていいか? と神様はをした後言った。話のスケールについていける気はしないが続けてもらうことにした。



「なに、ただ俺の気まぐれさ。世界を作るのがマンネリ化して飽きたから、人間に俺が作りたくなるような世界のアイディアを出してもらおうかと思ってな」


 僕はまた耳を疑った。世界を作るは、神様だからそうゆうものだと理解しようとしたが、それ自体、飽きたなんて、僕はとんでもない話を聞いてしまったのではないか?


「僕がお力になれることはないと思いますが」

「なあに、ただ参考にするだけだ。どんな考えでもいい。お前達の世界の人間は創作の発想が素晴らしくてな。俺のような神でさえ、舌を巻く発想をお前の世界の人間は多く作り出しているのだよ」


 神様は前のめりになって言った。この神様が人間を高く買ってくれているのは、誇らしく思う。


 だが、ここまで聞いてなお一つ疑問がある。


「なんで僕なんですか? 実際に物語の作家に聞いた方が良いのではないですか?」

「……ああ、その手があったか。すっかり抜け落ちていたよ。しかしまあ、また呼ぶのも面倒だし。お前でいいよ」


 言葉を失った。僕は特に理由もなく巻き込まれただけだった。神様は大雑把なものという認識は現実だったらしい。


「別にいいだろ? 人間であれば話せるのだから」

「そんな、必要最低限の理由でなんて」

「まあ、お前が選ばれた理由は他にあると思うがな」


 何か意味深なことを言われた気がするが、神様はすぐに手をパチンと合わせ、関係ないことだ、と話を切り替えた。


「そうだ、俺のお気に入りの世界を見せてやろう。作り始めて246個目の世界だ」

「お気に入り……ですか?」

「そうだ。いきなり新しいアイディアなど出てはこないだろう?そこで俺が作った世界を少し覗けば、そこで新しい発想が生まれるかもしれん」


 そうしよう。と神様は言い、椅子から立ち上がった。


 そして指を鳴らした瞬間、真っ白な空間はさらに強い光に包まれ、目がくらみ、僕は目を腕で覆った。


 しばらくして空気が変わるのを感じた。気が付けば、僕はたくさんの人が行きかう大通りに立っていた。


 中世のような街並み。派手ではない素朴な服装の人々。そして、耳の尖った人種。どう考えても、エルフなのだろう。


 僕は異世界に来たのだと実感し、胸が熱くなる。


 僕は今、本当に物語で読んでいた世界にいる。まるで夢みたいだ。この空気も人の熱気も確実に本物だと感じる。


「どうだ。その目で見る本物の異世界は」


 神様の声だ。しかし、あたりに神様はいなかった。


「しばらく歩いて見てまわるといい。その国はこの世界の中心的な国だ。お前の考える異世界に一番近いと思うぞ」

「俺はさっきいた空間にいる。戻りたいと考えれば、この空間に戻してやろう。見る分には不自由ないようにしておいた。気の向くままにその世界を楽しんでくれ」


 太っ腹な神様だ。

 人や物はすり抜けてしまい、幽霊のような状態だったが、今の僕の服装はこの世界では目立ってしまうのだろうから、これで我慢しようと思う。


 こんな経験なかなかできないからなと、僕はその世界を時間をかけて見てまわった。


――しばらくこの世界を見て分かったことがある。


 この世界は魔法で発展している世界だ。生活に魔法を使い、魔法が道具の代わりとなる。王道の異世界だ。


 そして、僕が驚いたのは危険と思えることが何も起こらなかったことだった。モンスターも、犯罪もいない。何一つ戦いに飢えたような人もいなかった。


 酒場の店先で角の生えた者、人型の獣、エルフ、そして人間が仲良く酒を飲んで笑っている。


 まさに平和。平和が具現化したような世界だ。


 僕は、日が暮れ、大通りの人通りが落ち着きだしたくらいに、僕はもと居た空間に戻った。


「どうだった。俺が作った世界は?」


 僕が戻り椅子に腰かけるとすぐに神様は聞いてきた。

 僕は放心したようにぼうっとしていたが、神様は僕の心を読むようにうんうんと頷いた。


「さてさて、感傷に浸っているところ悪いが本題について話を進めよう」


 そうだ。今までのは全て目の前に座る神様に、次の世界についてのアイディアを出すためのきっかけでしかなかったのだった。


「実を言うとあの世界は失敗作だと思っている」

「え?」

「お気に入りだが、失敗作。あれを作ってしまったからこそ俺が世界を作るのに悩み出したと言っていい」

「その理由って、やっぱり……」

「そうだ」


 神様は頷きながら言った。僕も感じた、僕の生きる世界でも感じたことのある感覚。


「あの世界はあまりに平和すぎるのだ」


 平和。絶対的な悪が存在しない、争いも起こっていない。誰もが笑って暮らしている。それは良いことのはずなのに、僕にはどうしようもなく退屈に感じられた。


「あの世界がそれまでに作られた245の世界と違うのは、たった一つ。一切の人種による差別が生まれないようにしただけだ」

「差別が生まれない世界……」

「簡単に言えば、すべての人類が誰かを陥れることなく、手を取り合って生きている世界だ。」


 僕が異世界にあれだけドキドキしたのは、体験したことのないような刺激を体験できると思ったからだ。だがあの世界はあまりに平和で、つまらない。


 安定した世界を作るのは難しくてな、と神様が口を開く。


「俺は、お前の世界に魔法の要素を足しただけの世界が作れると思っていた。だがそれは違った」

「なぜ急にお前の世界の話をしたか分からないと思うが、お前の世界はだ」

「何度戦いが起こり、争いが起ころうが、お前の世界は。生き続けている」

「…‥っと。暗い話のようになってしまったな。ただ遊びにガチになってるだけだ。こんな俺に、良い世界を作るアイディアはあるか?」


 僕は考えた。こんなところで世界について考えるなんて、思いもしなかったけど。


 しかし、僕は人間として、人として、譲れない唯一のものがあった。


「では、一つ意見として」

「ほう。それはなんだ? 魔法についてか? それとも……」

「人の性質を操作するのはおススメしません」

「……なるほど。それはなぜだ」

「人は考える生き物です。色々な考えを持ち、色々な考えに触れ、成長することが人が人たる所以だと思います」

「先ほど見た世界は、とても平和で、生きやすいと思われます。でも僕にとっては退屈です。いくら異世界の要素があろうとも」

「人は一人ひとり考えて生きています。それを操作するなんて人の成長を止めているようなものです」

とは人が欲望を実現するために泥臭くて、どす黒い世界のはずです。だから僕はそんな異世界があれば行きたいと思いますね」

「……」


 神様は僕の意見を黙ったまま聞いていた。僕が一通り話終わると静寂が流れた。神様はないも言わないまま腕を組んでいる。


 自己中的なことを言ってしまったと思った。人間を全部理解したようなに。まずい怒らせてしまっただろうか。と、思ったがそんな心配は杞憂に終わった


「……ふっ、ふふっ……っは、はははは!ははははは!」


 神様は突然笑い出した。軽快に、明るく、吹っ切れたように。


「人間が人を語るか。こんな面白いことがあるか。ははっ」

「そうだったな。人は考えて生きている。神ですら予測できないように。まるで意味のない、不合理的な行動ばかりする生き物だ」


 どうも人間について、まだ甘く見ていたらしい。と神様は言った。


「考えががらりと変わってしまったよ、人間。お前が俺の話に付き合ってくれたおかげだ」

「別に僕は思ったことを言ったまでですよ」

「そう謙虚になるな。お前はすごいぞ。そうだ。お礼に異世界に飛ばしてやろうか?」

「……いえ。遠慮しておきます。異世界はまだ僕には早いらしいです。神様が本物の生きる世界を作ったら行きたいと思いますがね」

「お前からは来れないのだから、結局俺が呼ぶことになりそうだがな」


 僕たちは友達のように笑い合った。


 そして、しばらくの間異世界についてアイディアを出し合った。彼の話だと面白い世界のネタができたらしい。


「そろそろ時間だ」


 神様は立ち上がりそう言った。ずっといるわけにもいかないので僕も立ち上ろうとすると、まだ座っていればいいと、神様は言った。


「ありがとう。お前の発想はとても良かった。新しく作りたい世界もできたしな」


 神様に感謝される経験なんて誰もしたことがないだろう。とても誇らしい。


ふと、視界がぼやけだした。瞼が重い。


「お別れだ。人間。またどこかで会おう」


 ここで僕の記憶は途切れた。



――気が付くといつものベッドの上にいた。


 何か長い夢を見ていたようだが思い出せない。しかし、何かが抜け落ちたかのような喪失感がある。


 今日は何やら気分が明るい。


 今日もまた、刺激的ではないが、退屈もしない普通の生活が始まった。

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