愛しいあなたへ

@ss9

第1話

 ありがとう……あなたに出会うことができて本当によかった。


 私は、幼い頃から歴史ある名家に生まれたことで、家を守る事を義務付けられた人生を送ってきた。


 いつ勝手に決められるかわからない優秀な婚約相手と釣り合う人間であるために、一日中家の中で、家庭教師によるつきっきりの勉強、その他の習い事。


 さらに、父は会社を経営していてほとんど家にいない。たまにいたと思ったら私がちゃんと勉強をしているか確認に来る。テストの点が悪い時は、頬をよく叩かれ、怒鳴られた。


 母は、私を使用人たちに任せきりにして、常に旅行に出掛けており、家にいることはほとんど見かけたことがなかった。


 私に愛を注いでくれる人は誰もいなかった。私の心の中は空っぽで心の擦り切れる日々だけがあった。


 そんな日々の中で、唯一心を擦り切れずにいられたのは、習い事や家庭教師が休みの日曜日だった。その日だけは、1日何もなく、何時に起きてどう過ごそうと誰にも何も言われなかった。


 はじめは他にやる事を知らなかった私は、自主的に勉強していたが、心が壊れていくにつれて、部屋のベッドで天井をボーッと眺めるようになった。


 ただ、なんとなくそうしていると心が落ち着いた。


 そうして過ごすうちに私は小学校を卒業する日を迎えた。


 相変わらず、父は仕事で、母は旅行で、家にいることはなかった。卒業式も、使用人に学校まで送られ、1人で参加した。


 なんの思い入れもない学校を眺め、使用人の運転する車に揺られながら帰った事を覚えている。


 卒業と同時に、父の経営する会社が新しいオフィスに移ることもあり、別の家に引っ越すことになった。


 新しい家に引っ越しても、相変わらず続く忙しい日々。


 やはり、心がやすらいだのは日曜日のボーッとする時間だけだった。


 そんな日常が死ぬまで続くと思っていたある日、私の前にあなたが現れた。


 その日も、私は自室の天井を眺めて過ごしていた。ふいに、窓を叩く音がした。


 音のした方を見ると、引っ越してきた時に見かけた隣の家の男の子がいた。


 使用人たちに外の人に失礼があってはいけません!と言われ続けていたわたしは、その事を思い出し、挨拶はしなかったが、窓を開けることにした。


 あなたはわたしが窓を開けると「何でずっとベッドから動かずにいたの?」って聞いてくる。


 そんなことよく考えたことのない私は返答に困ったのよ。ただでさえ、人と話したことがなかったのに……


 わたしが固まっていると、あなたは気にせずに別の話をしてくれたわね。


 話し方の分からなかったわたしは、どう話返したらよいか分からずに、あなたの話を聞いていることしかできなかった。


 それでも、嬉しかったわ。話しかけられることと言えば、父からのテストの点数くらいだったから……


 その日から日曜日になると、私の部屋の窓が鳴るとあなたが現れるようになった。相変わらず私は話を聞くだけだったけど……あなたの日常の話を聞くのがとても楽しかった。


 あなたが、恥ずかしそうにしながらも笑って話す姿につられて私も笑うようになったのよ……


 笑ったことなんてなかったからちゃんと笑えていたかしら……


 あなたが楽しそうに話をするもんだから、そのうち、あなたと話してみたいと1人で話す練習をするようになったのよ。


 最初は、辿々(たどたど)しかったけど、あなたと話せた時は楽しくて、時間が過ぎるのが早かったわ。もう1日が終わってしまうって名残惜しかったんだから……話すことがなくて、私の家についてしか話せなかったけど……


 だんだん、日曜日が待ちきれなくなったの!


 そんな楽しい春休みもすぐに終わってしまった。


 でも、不安はなかったわ。あなたは、学校が違っても日曜日は話に来るからって約束してくれたから……まあ、話の中であなたがわたしと同じ中学に行く事をわたしだけが知ってたけど。


 案の定、入学式では、いい顔で驚いてくれたから笑いが止まらなかった。


 日曜日だったから、家に帰って、あなたと話す時のことを考えると、帰る車の中で、また笑ってしまったのよ。


 家に帰ってからは、あなたと中学生活について話した時は、あなたと学校生活が送れるとワクワクした気持ちがおさまらなかったわ。


 学校が始まると、わたしは本を読んで過ごして、あなたは友達と過ごしていたから話すことはなかったけど、代わりにノートの切れ端に短いメッセージを書いて、廊下ですれ違う時に、渡し合った時は、他の人にバレなかったかドキドキワクワクしたわ。


 ノートの切れ端でやりとりした日は、お昼休みに学校の屋上で会った時もそんな話をして笑い合ったわね。


 中学に入って一年が経つと、受験が近づいてきたこともあり、より一層勉強が厳しくなって、学校では、お昼休みも勉強をしていたから、ノートの切れ端のみでのやりとりになってしまったわね。


 あなたには言わなかったけど、学校のお昼休みに勉強をするようになったのは、さらに成績を上げるために日曜日も自主的に勉強をするようにと父から言われたことがあったの。


 でも、私は、あなたと会いたかったから成績を上げるために、お昼休みも勉強するようになったの……あなたが少し寂しそうにしていたことは知ってたわ……ごめんなさい……でも、わたしは、1日話せる日曜日にあなたと会いたかったから……

 

 勉強が厳しくなって、辛かったけどあなたと話せる日曜日があったから、わたしは頑張ることができたの。


 月曜日から土曜日は勉強を頑張って、日曜日にあなたと楽しく話す……そんな日々がずっと続くと思っていた……私は、あなたと出会ってあまりにも楽しい日々を過ごすうちに忘れてしまっていたの……自分がなぜ存在しているかを……


 その日は、突然きたわ……


 父がテストの点以外で私を初めて自室に呼んだ。


 呼ばれた私は、父の自室に行くといきなり婚約相手について必要事項のみを伝えられたわ。


 相手は、全国有数の会社社長の息子で、県内有数の進学校に通う4歳年上の人。写真を渡されたけど、実感が湧かなかったわ。


 部屋に戻って、その時が来た事をふつふつと実感した……


 この時だった。婚約相手の写真を渡された時にあなたの顔が頭に浮かんで、私が一緒にいたいのはあなただって実感したのは……


 それから、自分の存在理由を思い出した私は、あの頃のように心が空っぽになった。唯一、あなたとノートの切れ端でのやりとりと日曜日に話す時だけは、心が温かくなった。


 ただ、自分でも気づかなかった。あの頃と違い暖かい場所ができた事で、我慢できずに、あなたにポロっと婚約者の事を話してしまった。

 

 婚約者の話をした事で、あなたは戸惑わせてしまったのは今でも後悔してるわ……ごめんなさい……


 この日を境に、さらに勉強や習い事が厳しくなって日曜日も話せなくなってしまったわね……学校でのノートの切れ端でのやりとりだけになってしまった……だけど、それだけでもあなたとノートの切れ端の中で話せたことはとても嬉しかったわ……それが唯一の心の支えだったから。


 中学を卒業する前日は、あなたと話がしたくて眠れなかったわ。


 あなたと話がしたいと思っていると、窓を叩く音がしたからビックリしたわ!でも、とても嬉しかった!


 カーテンを開けると、そこには、愛しいあなたがいたから……


 久しぶりにあなたと話が出来て時間を忘れて笑った時は、誰か起きてくるんじゃないかってドキドキしたわ。


  あなたと話す時間は、楽しすぎてこのまま時間が止まってしまえばいいのにとどれだけ思ったか……


 そう思うと涙が止まらなくなった……春休みが終われば別々の学校で離れ離れになってしまう……つい、離れたくない!ずっと一緒にいたい!とあなたに抱きついてしまったわね。


 あなたはそんな私を優しく「大丈夫!」と言いながら抱きしめてくれた。


 あなたに抱きしめられると、なんだか心が安心した。


 あなたはしばらく抱きしめてくれた後に、「言ってなかったけど、君と一緒の学校に合格することができたんだ!」と言ってくれたわね。


 その言葉を聞いた時に、また3年間一緒に居られるんだと思ったら、嬉しさのあまりに涙が止まらなくなってしまったの……


 あなたは、私が泣き止むまで抱きしめてくれたわね。


 次の日、私達は無事中学を卒業した。


 春休みは、入学準備などで話すことができなかったわね。


 でも、私の部屋からたまにあなたを見かけた時は、必死で勉強してたわね。


 そんなあなたの姿を見て、私も勉強を頑張ることができたの。


 忙しい春休みが終わると、入学式の日がすぐにやってきた。


 入学式の日は、ノートの切れ端におめでとうと書いてあなたに渡したわね。あなたに渡された切れ端の内容もおめでとう!だったからお互いに笑い合ったわね。


 高校に入ってからは、勉強で忙しくてなかなか話せなかったわね。でも、中学の時みたいにノートの切れ端でやりとりできたことがとても嬉しかったわ。


 さっきも同じことを書いたわね笑


 勉強しすぎで、あなたとわたしでテストのランキングで1位と2位を独占したなんてこともあったわね。


 忙しかったけど、たまに日曜日に話したわね。


 お互いに楽しく話していると不意にあなたが私を抱きしめるから、最初は驚いたわ。


 でも、あなたに抱きしめられると嬉しくて、つい、私も抱きしめ返したわね。


 そうしていると、あなたは私に「好きだ!」と伝えてくれたわね。


 嬉しかった……ただただ嬉しかった。


 嬉しくってわたしも、ずっと好きだったことを伝えたら、あなたが突然キスしてくるからドキドキが止まらなくて、心臓がおかしくなるかと思ったわよ!


 でも、あのキスは生涯で1番幸せな瞬間だったわ!


 この時、どれほどあなたと結ばれたいと願ったことか……でも、現実は変わることはなく。私には、勝手に決められた婚約者がいて、本当に結ばれたいと願う、愛しいあなたと結ばれることはないと本気で思っていたわ。


 そんな現実に、引き剥がされるないようにあなたをキツく抱きしめてしまったわ……苦しかったかな?ごめんね。


 思いは通じ合ったけど、相変わらず学校では勉強で忙しかったわね。


 全国模試の時は驚いたわ!あなたが、全国1番になっていたから。


 ノートの切れ端に「おめでとう!」って入学式の時と同じことを書いて渡したわね。


 あなたは、次に廊下ですれ違った時に照れくさそうにありがとうって言ってくれたわね。


 高校生活が終わるまで、こんな日々が続くとずっと思っていた矢先に、父から呼び出された。


 父からは、相手が早く結婚したいからと要望があり、予定よりも早く結婚することが決まった。当然高校は退学だ。当日までにわたしの娘として恥ずかしくないようにしっかりと準備しなさい。と業務連絡のように伝えられた。


 突然のことに、わたしは頭が真っ白になった。


 真っ先に思い浮かんだのは、あなたのことだった。


 あなたと結ばれたかった……あなたと人生を一緒に歩んでいきたかった……しかし、現実は私に婚約者がいて、どんなにあなたを想っても結ばれることはなく、あなたを傷つけるだけ。そんな私よりも、素敵なあなたなら、ずっといい女の人と幸せになることができる。


 そう思った私は、あなたの前からひっそりと消えることを選んだ。


 学校では、これまで通りに過ごした。


 退学する日が近づくと、先生がみんなの前でポロっと話してしまった。


 そのことを聞いたあなたは、私にどう言うことか聞いてきたけど、私はあの頃のようにただあなたの話を聞くだけだったわね……ひどい態度をとったわ。悲しい想いをさせてしまってごめんなさい。


 次の日、あなたは、他の人の目を気にせずに私の手を取って学校の屋上まで連れて行ったわね。


 屋上に着くと、「先生から事情は聞いたよ」とあなたが言った。


 私は、その言葉を聞いて、また、あなたを傷つけてしまったと悲しくて涙が止まらなかった。


 そんな私を、あなたは告白してくれた時のように優しく抱きしめてくれた。


 思い出してしまうとあなたの前では泣いてばかりだったわね。


 でも、あなたに抱きしめられると心が温かくなったから、泣いて良かったわ。


 それから、私は、結婚することを聞いた時にどうすればいいか分からなくなったことや幼い頃のこと、本当はあなたとずっと一緒にいたいことを話したわね。


 話を聞いたあなたは、私を強く抱きしめてくれたね。あなたは「苦しくなかった?」って心配してくれたけど、私はとても嬉しかったわよ。


 あなたの私に対する離れたくないって気持ちがすごく伝わったから……


 私は、再びあなたがどれだけかけがえの無い離れたく無い存在なのか実感すると強くあなたの手を握ったわね。


 あなたも強く握ってくれて覚悟が決まったわ。


 このどうしようもない現実を変えて、あなたと歩む人生を掴み取ってみせると……

 

 私達は、手を握ったまま、父の経営する会社に向かった。


 会社の人には、どうしたの?って顔で見られたけど、そんなことは気にならなかった。


 私達は、手を握ったまま、父と対面した。


 父は私たちの顔を見て「絶対にダメだ!」と言う。


 驚いたが、覚悟していた私達はお互いの気持ちを父にぶつけた。


 時間はかかったが、最終的に父が折れる形で、あなたにいくつか条件を出してきたわね。


 全国模試で1位を取り続けること、生徒会長になること、卒業したら我が社に入って自力で役員にまでなること。


 条件を達成するために、時には体を壊してしまう時もあったけど、あなたはすごく頑張ってくれたわね。本当にありがとう……私のために無理をさせてしまってごめんね。


 その甲斐もあってお互いに29で結ばれたわね。


 あなたは、「12年も待たせることになってごめんね」って謝ってくれたけど、その間もあなたと少なかったけど、幸せな時間を過ごすことができたわ。それだけで、どれだけ私が幸せだったか……


 あなたの結ばれてからは出かけた初めてのデートは楽しかったわね。


 初めてあなたとどこかに出かけられると思って前日から着て行く洋服を選んだりしていたら朝になってしまったほどだったわ。


 あなたとの子供ができた時なんて、幸せすぎて涙が止まらなかった。本当にあなたと一緒になれて良かったと思ったわ!


 その後も子供たちと一緒にいろんな場所に出かけたわね。


 今でも昨日のことのように思い出すわ!


 子供たちといったキャンプであなたがお米を焦がしてしまったこと、子供たちとびしょ濡れになって楽しそうに遊んでいたこと、

海に行った時は、ビーチの中なのにクラゲに刺されて年甲斐もなく泣きそうになっていたこと。


 でも、1番幸せだったのは、あなたや子供たちと一緒に過ごしたかけがえの無い日常。本当に幸せだったわ!


 幼い頃からは考えられないほどの幸せだったわ!


 それに、孫ができたらそれまでまともに話したこともなかった両親と話すことができたわ。


 時間が経ってしまったけど、両親と一緒に笑い合えるようになれたのはあなたのおかげよ……本当にありがとう!!


 子供が大きくなってからは、あなたと2人の生活に戻りましたね。ちょっと寂しかったけど、あなたと2人で家事をしたり、買い物に出かけたり、旅行に行ったりしたのは、とても楽しかった。


 特に、あなたと2人で話すのはいつになっても楽しいわね。


 歳をとってしまったけど、まるであの出会った頃の春休みに戻ったみたいよ。


 子供の結婚式では、私たちの昔話をされてしまい恥ずかしかったわね。


 参列者からは、素敵!っていってもらえたけど……


 あなたが会社を引退してからは、さらに2人の時間が増えて幸せだったわ!


 特に、息子夫婦や孫たちが泊まりにきた時なんて、料理の作りがいがあってとても楽しかったわ。


 息子のお嫁さんも綺麗で素直でいい子で良かったわ。


 まるで、本当の娘のように仲良くならて良かった。


 幸せな日々がずっと続くと思っていた。


 私があなたを看取るからねって言ってた矢先に、私に末期の癌が見つかってしまったわね。


 ごめんね……あなたともっと一緒にいられなくて


 それでも、わたしは幸せだわ。あなたと2人で話す時は、体の痛みなんて吹っ飛ぶんだから!


 それに、可愛い息子夫婦と孫と過ごせたからね。


 あなたからは、いろんな幸せな時間をもらったわ……本当にありがとう。


 わたしは先に逝ってしまうけど、あなたはしばらくこないでね。

あなたがきた時に、孫の結婚式のことや息子夫婦たちとの面白い話をあの出会った頃のように聞かせてね。


 あなたは、私に出会えたことが一番幸せだったって言ってくれたけど、私の方こそ、あなたに出会えて良かったわ。


 本当に幸せだったわ。ありがとう!!


 生まれ変わってもあなたとまた一緒になりたいわ!


 今度は、私が男であなたが女の子として出会いたいわね!


 そしたら、私が今度は強く抱きしめて、好きだ!愛してるって言ってあげるからね!


 じゃあ、先にあっちに逝って、あなたがくるのを楽しく待ってからね!


 あなたとは、手紙に書いていても書ききれないほどの思い出があるから、あなたの両親に伝えてあげるからね!


 あなたと出会えて本当によかった!!!


 愛しいあなたへ……

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