第2話 二人の夏期講習
これは、無意識にサクラギがカナメに告白した後の話である。
(詳しくは『未確認戦闘員 ユーシア』第32話 復活)
彼が自分に消極的なのは小学校の頃のいじめが原因であった。大人しい性格に加え、友達作りが下手くそだったサクラギは男子からはからかいの的だった。最初はそんな程度だった。仲良くしてくれる子もいて、それなりの小学校生活を送っていたのだ。しかし、クラスのマドンナ、しかもプライドの高い女子に告白されてから小学校生活は大きく変化した。
「別にアンタなんか本当は好きじゃなかったわよ!勘違いすんな!罰ゲームよ、罰ゲーム!」
と、顔を真っ赤にして逃げて行った彼女を見て、幼いサクラギは怖くなった。罰ゲームでこんなことをして、更に本気にして断ったら罵倒されたのだ。そして、さらに恐ろしいことが起きた。彼女の告白を断った理由から女子に、告白をされたことから男子にいじめられるようになった。仲の良かった子達でさえ、いじめるのだ。そのせいで自信はなくなっていき、前髪とマスクで顔を隠す日々。それがサクラギの小学校高学年の思い出だった。
中学生になり、知り合いのいない中学校に入学した。それでも、前髪とマスクはやめられなかった。誰もが遠巻きにサクラギを見る中、幸運にも能力者だったので友人も好きな子もできた。
これらの歴史を経て、今のサクラギがいる。
「知り合いがいないのは嫌だな」
そして、今、サクラギは塾の夏期講習に来ていた。入塾していなくても夏期講習だけ受けることができるということで受けることにしたのである。しかし、勉強するためだけとはいえ、知り合いがいないのはやはり寂しい。視線を感じながらも、サクラギは教室に入った。
「えっ」
教室に入った瞬間、窓際に座る女の子が光る。
「か、カナメ」
激しく動く心臓を身体の外に出さないように、サクラギは席で教科書を開くカナメに近づいた。
「え、サクラギ?」
中学校の頃にはなかった隈のある目がサクラギを捉える。
「カナメも夏期講習?」
「うん。じゃなきゃ、勉強が遅れる。ただでさえ、今年の夏は忙しかったから」
「俺も、夏期講習なんだ。後ろ、座ってもいい?」
顔を真っ赤にしながら言うサクラギに、カナメは頷く。席に座ったサクラギは嬉しさのあまり、手で顔を覆った。話すことさえ未だに緊張するサクラギの片思い歴はもう五年目になる。これまで二人っきりになることはあまりなく、ましてやプライベートで会うなんて全くなかった。珍しいカナメの制服姿にサクラギは胸を躍らせる。鞄から教材や筆記用具をだし、無意識に愛しい後ろ姿を見つめた。
「あー、サクラギ?あたしの髪に何かついているの?」
後頭部を触りながらカナメが振り返る。
「え!いや、ついてないよ!」
「そう?なら、いいんだけど」
見すぎてしまったことにサクラギは恥ずかしさを感じつつ、まるで同じ学校に通っているようなシチュエーションに嬉しさを感じた。同じ学校だったらカナメとはどのように過ごせるだろうか、そんなことを考えるだけで胸が高鳴る。頬杖をついて、穏やかに微笑むサクラギに見惚れた女の子達の声さえサクラギには聞こえなかった。
目の前に左右に振られた手が見える。
「おい、おーい、お昼だぞ」
同じ高校だったら妄想に囚われたサクラギは気づけばお昼までボーッとしていたらしい。ノートはきちんと書いてあるし、問題も解いているのに何も覚えていなかった。
「ボーッとしてたけど、夏バテ?」
不思議そうに尋ねるカナメにサクラギは曖昧な返事をして笑う。
「そ、そんなにボーッとしてた?」
「休み時間、色んな子がサクラギに声をかけてた。気づかなかったのか?」
「え、気が付かなかった」
妄想に囚われてから、サクラギの耳に確実に届いた声はカナメのみだった。
「本当に大丈夫なのか?」
「うん、それより、お昼だよね?カナメ、どうするの?」
「タエさんからのお弁当を貰ったし、ここで食べようかと」
「ならさ、お、俺も一緒に食べていい?」
「いいけど、いいの?」
サクラギは首が外れるくらい何度も深く頷くが、カナメの顔はあまり晴れない。
「あそこにサクラギと食べたがっている子がめちゃくちゃいるけど」
カナメがサクラギから視線を外し、廊下の方を見る。サクラギも見ると、確かに人がたくさんいるが今はカナメの方が大事だった。
「俺は、その、か、カナメと食べたいなって」
「まぁ、サクラギがいいならいいよ。早く食べて予習したいし」
カナメがサクラギと向き合うように座る。向かい合って食事などしたことがなかったので、サクラギは母の手作り弁当の味がわからなかった。それでもこの時間がサクラギには幸せだった。
夏期講習中はずっとサクラギはカナメといた。カナメもサクラギしか知り合いがいなかったから、自然とサクラギに声をかけるようになった。やがて、イケメンと隈の酷い少女の組み合わせは女子の不満を買うようになる。
「アンタ、サクラギ君の何なのよ」
「もさい恰好で近くにいるんじゃないわよ。サクラギ君がかわいそうだわ」
「そうよ!独り占めして!」
カナメは自分を囲む女子達の顔を一人ずつ見る。女子トイレで捕まり、囲まれたのは数十秒前。今は五人ほどの女子がカナメに罵詈雑言を浴びせている。
一方のカナメの心境はというと、この状況に困っていた。手を出してくるならやり返せるのだが、生憎言葉の暴力をやり返す術は持っていない。
「うちらだってサクラギ君と話したいのに!」
なら、話せばいいじゃないかとは言えなかった。ヒロが所持している漫画の場面でこんなことがあったような気がし、下手に刺激するのは危険だと判断したためである。判断したはいいが、ここからどうすればいいのかはわからない。
「さっきから黙ってないで何か言えよ!」
リーダー格の女子に詰め寄られる。カナメは考えることを諦めた。リーダー格の女子の腕を掴む。
「こっち」
腕を掴んで騒ぐ女子をサクラギの元まで連れて行った。
「サクラギと話したいんだって。まだ、休み時間あるから話しな」
そう言ってサクラギの前に座らせた。カナメは空いている席に座って早く話さないかと女子とサクラギを睨む。混乱するサクラギと赤面する女子、その二人を睨む女の子。この異様な光景に誰も突っ込むことができない。挨拶だけ交わした女子は耐えられなくなったのか、顔を真っ赤にしたまま教室から出て行った。
「あの、カナメ、なにあれ」
「知らない。サクラギと話したいらしいから連れてきた」
あれだけ自分に詰め寄ったくせにとカナメは不機嫌な様子で席に着いた。
色々あって、とうとう夏期講習最終日、サクラギはカナメと並んで帰っている。今日で二人っきりになる時間は終わりだ。サクラギは肩を落とす。
「あたしさ」
カナメは前を向いたまま口を開いた。
「サクラギはあたしのこと、苦手だと思っていたんだ」
「えぇ!?何それ!?」
あまりにもあり得ないことにサクラギは声を上げる。
「だって、あたしと話す時だけ、はっきり話さないだろ?あと目線とかも合わないから。あたしはサクラギのこと、良いやつだと思っているけど」
「いやいや、苦手じゃないよ、本当に」
まだ告白できそうにないサクラギは必死に首を横に振ることしかできなかった。
「あのさ、過去形だから。今は思っていない」
カナメはサクラギと目を合わせて、眉を下げて微笑んだ。
「うっ」
「なに?」
サクラギは思わず目を逸らす。
「カナメってずるいよね」
「あたしはいつも正直なはずだけど」
「うん、そうだね」
「なにいってんだ?」
「わからない」
カナメは首を傾げ、また前を向いて歩く。そんな彼女の背中をサクラギは夕焼けに負けないくらい赤くなった顔で追いかけた。
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