第7話 24時間の紳士協定

ああ、生きた心地がしないとは、まさにこのことだったんだ。

船上での勝久とのやりとりが今もリアルに感じる。

「君の沙耶への恋心は、わかってるし、その気持ちが自然に生まれてきてしまうことを止めることができないのもわかってる。だから、それに対して何かを言うことは今後もない。でも、人の関係に入ってくるのは、別だ。それは、選択できる。幸来君が、もしもこのまま縁がなかったんだと引き下がるなら、俺は何も言わないし、何もしない。むしろ友人として仲良くしていってもいいかなって思える。今年から大学受験勉強に大きなエネルギーを費やさなくちゃならない。お互い不要な体力消耗は、避けるべきじゃないか。どうだろう、ここはひとつ、『紳士協定』を結ぼうじゃないか」

「うん、そうしようか。勝久君」


夜の波音を聞きながら、ついさっきの出来事を思い返す。

佐藤勝久、180cmくらいはあった。顔もハンサムだった。ちょっと濃い系で暑苦しさがあったけど、モテ系であることは、間違いない。

「紳士協定か。。」

彼の言ってることは、何も間違っちゃいない。これから大学受験だ。恋に現を抜かして、突破できるほど受験は甘くない。順調な恋愛ならまだしも、人の彼女を奪うなんて、、、

でもなんか納得できない。好きな気持ちが湧き出るのは、自然のこと。じゃあその気持ちを諦めることは、自然なこと?不自然ではない?諦めることが不自然なんじゃないか。

外の空気を吸いにベランダに出た。

倫理に反すること、なのか?

「恋ってなんなのさ」

独り言をフィリピンの夜の海に吐く。

夜の海は、美しい月に照らされ、とても美しい。

時より澄んだ夜空を流れ星が横切る。

「ああ、諦めるなんて、できないわ」

沖合には、2匹のイルカが仲良く泳いでいる。

「紳士協定、そんなものごめんだね」

全力でアプローチして、僕の勘違いだったらそれでいい。

それで振られたら大人しく諦める。

でも、そうでないならまっすぐに前だけ見て、彼女に気持ちを伝えよう。

僕の恋の決心に応えるかの様に、沖合のイルカが高々とジャンプした。

でもその決心は、あまりにもおぼつかないものだった。


家までの帰路の中、沙耶さんへのお土産に貝のブレスレットを買った。

「彼氏でもないのに身に付けるものを贈るなんて、自意識過剰だな笑」

そんなことを呟きながらおしゃれな露店で買い物をした。

と言うよりも、もはや宣戦布告だ。


家には夕方の17時に到着。

母とアルテアさんが夕飯の支度をしながら楽しそうにリビングで話してる。

父さんも珍しくその手伝いをしてる。

そんな暖かさを横で感じながら、僕は沙耶さんとLINEをしていた。

もう学校が終わって帰宅してるらしい。直ぐに既読がついて返信が来る。

「私も今度の家族旅行、クラブノアにしようかな。ウサギ大好きだし」

「フロント近くのカフェがとってもオシャレで飲み物も美味しいから、そこも必ず立ち寄ってね」

「うん、そうする!家族で楽しい思い出作れてよかったね」

「うん笑 父さん、家族で記念写真撮る瞬間背中向けるんだよ、意地悪だよね〜」

「何それおもしろい!いい父さんじゃない」

「そうかな〜」

「私の父さんなんてめちゃめちゃ喋るけど、結局言いたいこと一つだけなんだよ笑 もっと短くていいっちゅうねん」

「それこそ、おもろいね笑」

僕は勇気を出して言った。

「明日二人でアラバンの日本人住宅街を散歩しない?」

「それは、大丈夫」

「夕飯できましたよ」

「おっ!びっくりした!」

「うふふ、失礼しました」

アルテアさんは、時より音もなく近くにいる笑

「うん、直ぐにいくね、ありがとう」


夕食後にアルテアさんが僕の部屋にアイスティーを持ってきてくれた。

「ありがとう」

「いえ。」

アルテアさんが何か言いたげだ。

「どうしたの、アルテアさん?」

「余計なことを言う様で迷いましたが、幸来さんが思いの外悩んでいる様に見えましたので、少しお話をできればと思いまして」

「えっ、悩んでる様に見えた笑?」

「それはもう、明らかに。」

「わお、すごいな。。」

「先日のお話もありましたから、恋の類かと察します」

「まあ、そうだね、お恥ずかしながら。。」

「悩んで苦しみ続けることは、心に毒です。これは、間違いありません。」

「そうだよね。。」

「心を毒し続ければ、いつか必ず、様々な形で自分自身をマイナスの方向へと導きます。これもまた確か」

「でも、この気持ちを伝えたら、もしも相手が本当はそんな気さらさらなくて、困らせちゃったら、そんなの最悪じゃないか?」

「そうですね、、」

「そうだよ、そんなことにだけは絶対にしたくない。」

「でも、ですよ」

「ん?」

「相手がそんな気さらさらないかどうしてわかるんですか?」

「いや、わからないけどさ。」

「相手が幸来さんからの猛烈アプローチを待ってるかもしれない、それは考えないのですか?」

「いや考えたさ。でも現実はいつだって甘くない。大抵のことは、嫌な想像の方に転ぶ、そんなもんさ。わかってるさ。」

「確かに現実は厳しいです。私も今までにいろんな失恋を経験してきました。その度にいっぱい傷ついていっぱい泣いてきました。でもそれがなんです。それこそが人生であり、人間をしているってことじゃないですか?」

「でも。。」

「何も恥ずかしいことではありません。それは、十代であっても二十代であっても関係ありません。人ならば、恋をします。失恋は想像以上の苦しみをもたらします。でも、どんな時も忘れてはいけないこと。それは、後悔しない選択をしていくこと。それにつきます。先日のアドバイスですは、伝えきれなかったことを今、全部言いました。もしも幸来さんの今後の人生の役に立ててもらえればとても光栄です。」

「。。。」

「それでは、失礼いたします。最後にもう一つ言います。常に、後悔しない選択を。今告白して、振られて、半年か1年、学校で気まずい思いをすることが怖いですか?」

「とてもとても怖いですよ」

「もっと怖いことがあります。」

「えっ、なんですか?」

「それは、自分が棺に入る瞬間、走馬灯の様に過去を振り返った時、過去の自分の行動選択を後悔することです。そして、それは大概、あの時あれをしておけばよかった。行動してたらどうなっていたんだろうか?こういうことが大半を占めます」

「。。。」

「だからこそ、今という瞬間を本当に本当の意味で真剣に生きてください。失恋がなんですか。気まずさがなんですか。それが、恋というものであり、それが人生ですよ。」

「アルテアさん、あなたはいったい何者なんで」

「それでは、おやすみなさい」

僕の言葉を遮る様にしてウィンクをしてアルテアさんは、部屋を出ていった。


人生を後悔しないでき生きることが、最善の選択。

それはスポーツや勉強だけじゃなく、恋愛もまた同じ。

アルテアさん、あなたは一体どんな人生をしてきたんだ。

うん、僕頑張るよ。自分の気持ちに素直に生きる。

何十年先に後悔しない行動選択をする。

振られて初めて、引き下がることにするさ。

「今晩のアラバンの夜空は、昨晩よりずっと綺麗だ」

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