第11話 就職

「なぜ音楽をやめたんですか?メンバーが抜けても音楽はあるじゃないですか。」

白髪の面接官が訊いた。「バンドはそんなものじゃないんです。」私はこたえた。


会社の面接。5人の面接官を前に私は1人でパイプ椅子に座っていた。


この会社はどんな会社か知っているか。何をつくっているか知っているか。


知るわけない。新聞に入ってた求人広告を見て来ただけ。

一度興味があった会社の求人に応募したが返事がなかった。どうしようかと思っていたとき、母親が行ってみたらと勧めたのがこの会社だった。会社は家から近かった。この時は、この会社が世界的な大企業とは知らなかった。


音楽しかしてない人にモノづくりができるのか。眼鏡の面接官が質問する。よく通る声。大人の迫力。「何かをつくるという気持ちは音楽でもモノでも同じだと思います。」私は思いつくままこたえた。


帰郷して2ヶ月後。私は運良くこの会社に就職することができた。クリーン服で体を覆い機械相手の仕事も当時の私には助かった。まともに人と接せられないのだから。


止まらない思考、叫び声を上げて座り込みたくなるような症状と闘いながら、普通を装って日々を過ごした。〝もしピストルと弾が一発あれば〟こんな想像が頭をよぎる中、閉じ込められた本当の自分が〝俺はいつか挽回できる〟と励まし続けていた。


こんな状態に陥ったあの〝何か〟がわかればきっと元の自分に戻れる。何か探しは続く。

ただ、この時にはもう、それで解決するレベルの症状ではなくなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る