第9話 ギリギリ

何もない部屋。着替えと地図とわずかなお金が入ったバックパックを枕にフローリングの床で寝た。明日、俺は故郷に帰る。


殆ど眠れなかった朝、バイクに跨り住んでいたマンションを後にした。国道1号で故郷に帰る。5月の気候はネルシャツの上にライダースでちょうどいい感じだった。


東京と神奈川の境目。〝東京から出た!〟という感じがした。まるで異空間を突き破って外に出たような不思議な感じ。神奈川には電車や車で何度か来たことはあるが、こんな風に感じたことはなかった。


その日は深夜まで走り、愛知県まで来ていた。クタクタだった。この辺りで一泊しよう。

車のない信号待ち。隣に大型トラックが並んだ。「1人でツーリングか。」トラックの運ちゃんが話しかけてきた。東京のナンバープレートが珍しかったのだろう。「東京から故郷に帰るとこです。」「そうか。気をつけてな。」ほんの一瞬だったが孤独が癒えたような気がした。


1人でモーテルに入った。シャワーを浴びて、冷蔵庫にあった瓶ビールを飲んだ。明日は大阪まで走る。そこでフェリーに乗る。


翌朝、外は雨だった。天気のことは考えてなかった。雨具なんて持ってない。そのまま行くしかない。5月の雨は体温と体力を奪っていく。寒さで体が震え〝ここで事故に遭って死んだ方がいいかもしれない〟そんなことが頭をよぎったときフェリー乗り場の看板が見えた。


フェリーの切符売り場。雨に濡れないようにナイロン袋に入れてた切符の代金を取り出した。売り場の上に書かれてる料金を見て、唖然とした。〝お金が足りない!こんなことあるのかよ、、〟前日に料金が変わっていた。これ以上手持ちはない。ATMも閉まってる。凍える体で外で一夜を過ごす気力は無い。知らない人にお金を貸してくれと頼むしかないのか。

〝そうだ!〟私はガソリンのおつりの小銭で膨れた財布を思い出した。ジャラッと左手に小銭を出す。百、二百、、、ギリギリ足りる!

私はフェリーに乗った。


フェリーの中、あまりの空腹に営業が終わってるレストランに足が向かった。生まれてこんな空腹を経験したことはない。〝あまり物でもいいから食べたい〟度を過ぎた空腹は理性を壊す。理性よりも生きる為の本能の方が強い。ただ今回はギリギリ理性が勝った。残り少ないタバコに火をつけたことで、なんとか持ち堪えることが出来た。


寒さと疲れでクタクタなのに、空腹で全く眠れなかった。暑いシャワーを浴びて、腹一杯ご飯を食べたかった。そんな中、フェリーは徐々にスピードを落とした。薄っすらと明るくなる空。故郷の土地が見えてきた。

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